マガジンのカバー画像

Shiho & Yuki Relay Essay

週2回(月8回)、物書き女子・小澤志穂とユキガオのエッセイをお届けします。エモく、柔く、ぴりりと生きたい。
¥600 / 月
運営しているクリエイター

記事一覧

ずっと住むわけじゃない、そう決めた日のこと

ずっと住むわけじゃない、そう決めた日のこと

新しい部屋、家具、知らないまち並み…新しい生活がはじまるときは、期待で胸がふくらむ。

愛知県から出たことがない私は、それなりに引っ越しを経験していた。

大学進学で、地元豊橋から車で2時間の知多半島の先っちょへ。初めての引っ越しに一人暮らし、興奮して前日の夜は眠れなかった。その後の引っ越しは、大学卒業と共に地元豊橋へ、そして、転職を期に豊橋から名古屋へ…地元から出ては帰ってくることを繰り返してい

もっとみる
もう二度と戻らない場所があるとすれば

もう二度と戻らない場所があるとすれば

引っ越しほど、人を感傷的にさせるライフイベントはないと思う。

これまであったものを自分の手でひとつずつ片付けて、空っぽにして、もう二度と戻らないであろうその場所にさよならをする。

ただそれだけの作業なのに、やけに名残惜しくて、寂しくなる。

ここに初めて来たときは空っぽだったのに、もう一度空っぽにしてみると妙に物足りない感じがして。

「そこにあるべきものがない」という違和感を、無理やり拭い去

もっとみる
卒業式に泣いたことは、一度もなかった

卒業式に泣いたことは、一度もなかった

ざらざらと無骨な木の枝に、ぷっくりとふくらんだ蕾。

小学生の頃、職員室で先生たちが桜の花を温めていたのが記憶に残っている。私は愛知県豊橋市出身、もう10年以上も前の話になる。その頃は、まだ平均気温が低くて、3月に地元でソメイヨシノが咲くことはなかった。

職員室に入ると、むわっとするような温かい空気が流れてきた。

「早く、扉を締めて!」

もっとみる
卒業式で泣いたあの日は間違ってなかった。

卒業式で泣いたあの日は間違ってなかった。

「卒業式で泣いてるやつの気が知れない」

たかが式典。たかが通過儀礼。校長先生が定型分のような挨拶をして、卒業生は順番に卒業証書を受け取る。校歌を歌う。

新たな門出を祝う空気と、これまでの学校生活を省みる言葉に溢れた、まだ少し肌寒い体育館。

たしかにただの儀式でしかない。作られた空間でしかない。

それでも私は泣いていた。

悲しいわけじゃない。悔しいわけじゃない。嬉しいわけでもない。寂しさと

もっとみる
ホワイトデーのおかえしは、ほとんど記憶がない

ホワイトデーのおかえしは、ほとんど記憶がない

ホワイトデーの思い出、何かあったかしら?と記憶を思い起こしてみる。

そして、はたと気付くのだ。

「あれ?ホワイトデーの思い出って特にない。」

本当にこれって思い出がないのだ。年のせいなのか、最近は「あれ?これって何年前の出来事だっけ?」と記憶があいまい。ボケはじめたのか、いや早すぎると自分に言い聞かせる。

本当にホワイトデーの思い出が…どこにいったのか。

もっとみる
ホワイトデーの「おまけ感」が嫌なんだ

ホワイトデーの「おまけ感」が嫌なんだ

バレンタインデー当日に向けて街中が桃色のムードに包まれるのは、あんまり嫌いじゃない。だってなんだかドキドキするじゃないか。

誰かにチョコレートを渡す予定もなければ、当然もらう予定もない。それでも渡す側のドキドキを知っているし、その後の展開を想像するだけで胸がぎゅっとなったりするのだ。

バレンタインデーに一世一代の告白をする人もいれば、そんな告白をされるかもしれないとソワソワ過ごす男性もいるかも

もっとみる
三人官女のひな祭り

三人官女のひな祭り

物心ついたころから、三姉妹の末っ子の私には納得できないことがいくつかあった。

自転車は姉たちのお古。友達が新しくてピカピカの自転車を乗り回している中、私はさび付いて色落ちた自転車に乗っていた。三角定規にリコーダー…小学校で必要な文房具も6歳離れた姉の物をほとんど使っていた。

特に納得できなかったのは、ひな人形だ。

わたしたち三姉妹には、一人ずつ全く異なるひな人形がある。

一番上の長姉は7段

もっとみる
記憶の片隅に残る、雛人形の姿とあの日のこと

記憶の片隅に残る、雛人形の姿とあの日のこと

ひな祭りを祝っていた記憶がほとんどない。ただ、雛人形が飾ってあったことは覚えている。

実際にお祝いしていなかったのか、記憶が風化してしまったのか、はたまた記憶から消してしまったのか…今となってはわからないけれど、とにかくひな祭りに対して何も思い入れがないのだ。

そんな私が再びひな祭りを意識したのは、社会人になって随分経ったあとだった。当時住んでいた愛知県で「中馬のおひなさん」という祭りが開かれ

もっとみる
凍てつく寒さも忘れて、ただそのときを待っていた

凍てつく寒さも忘れて、ただそのときを待っていた

2、3年前の大晦日。

私は旅仲間とすごく無謀な年越しを計画した。

年越しを愛知県の山にあるゲストハウスで過ごし、そこから車で3時間の海辺で初日の出を見よう!それから、フェリーに乗って伊勢神宮に初詣をするというものだった。

今考えれば、絶対にしないような旅。

その時は、なぜかこの人たちとなら楽しそうというわくわく感しかなかった。年越しの旅の計画を話すと、誰もが「え、本当にそれやるの?」とドン

もっとみる
顔を上げれば涙はこぼれないんだって

顔を上げれば涙はこぼれないんだって

空を見上げると、やけに星がまぶしい。真っ黒な夜空に、オリオン座が大きく手足を広げて輝く。

頬も耳も痛い。そう感じるくらい、キンとよく冷えた日。空気が澄んでいるとこんなにも星が見えるのか、と少しだけ驚く。

「あぁ、上手くいかないなぁ。上手くいかない。なんでかなぁ」

誰もいない夜の駐車場に、私の声だけが響く。誰かに届けたいわけじゃない。心の中に収まりきれなかった思いが、声になって漏れた。

どう

もっとみる
拾ってきた小さな命は儚くて

拾ってきた小さな命は儚くて

小学生の頃、いつも学校が終わるとランドセルを家に置いて一目散に遊びに行く公園があった。何の変哲もない、滑り台とブランコ、砂場があるステレオタイプの公園だ。

いつものように学校の友人と公園で待ち合わせをしていると、ミーミーというか細い鳴き声が聞こえて来た。声がする方に行くと薄汚れた段ボール箱の中に、子猫が数匹いた。まだ、目も開いていない、ちまっとした子猫。

いつからここにいるのかしら?母猫は?

もっとみる
猫が大好きなんだとずっと思っていた。

猫が大好きなんだとずっと思っていた。

「犬派?猫派?」と聞かれたら、「ネコ派」と即答する。

◯◯派で分けてしまうことを無粋に感じる人もいる。それでも私は犬より猫の方が好きだし、それをごまかすつもりも隠すつもりもない。

もともと猫が好きだったけれど、その中でも特別に好きな猫がいた。私の心の中には、その猫がずっと住みついている。

私の腕の中でだんだん硬く冷たくなっていったあの子のことは、きっと一生忘れない。何度も名前を呼んだことも、

もっとみる
失敗して、痛い思いをして上手くなる

失敗して、痛い思いをして上手くなる

スキー、スケート、スノーボード…私はウィンタースポーツが苦手だ。ウィンタースポーツというより、寒い冬が苦手なのだ。

中学にあがるまでは、家族で毎年冬に岐阜県や長野県のスキー場に出かけた。寒がりの私は、スキーウェアの隙間から雪が入り込むのが憂鬱だった。ソリで勢いよく坂を滑ったときは、顔面に雪化粧をして号泣したのが懐かしい。

大学生になると、冬はみんなスノーボードをしに行った。

なんで、板に足を

もっとみる
白銀の世界で、恋に落ちる音を聞いた

白銀の世界で、恋に落ちる音を聞いた

「ゲレンデでは恋が芽生えやすい」

そんなことを最初に言ったのは誰だろう。

吊り橋効果ってやつだろうか?それとも、ウインタースポーツが上手い人はかっこよく見えるっていうゲレンデマジック?

とにかく、ゲレンデってやつは恋に落ちやすいシチュエーションらしい。

でもそれで恋に落ちちゃったりしたら単純明快すぎて、哺乳類どころかもはや単細胞生物なんじゃないかという疑惑が湧いてくる。

まるでDNAに「

もっとみる