自分で決断した、今までとこれからと。少し私自身の話をしたいと思う。

こんにちは。フリーライターの小澤志穂です。
はじめましての方や仕事で何回か顔を見たことがあるけれど…という方のために少し詳しい自己紹介をしますね。

私はフリーランスのライター。主にWEBサイトでインタビュー記事やイベントレポート、観光記事を執筆しています。新卒で病院のリハビリ職として5年間勤務。趣味ではじめたブログがきっかけで、フリーのライターに転職して、愛知県を拠点に国内の田舎を旅しながらリモートワークしています。

愛知県出身・在住で、1度もジモト愛知県から出たことがありません。進学や就職でかろうじて一人暮らしのために実家を出た程度。

ライターになる前の経歴

大学は福祉系大学の老舗へ進学。進学を決めた理由は、地元の社会福祉法人の理事長さんが、「日本で最初に社会福祉学部を開設した学校です」と紹介しており「そらいっとかにゃー!」と即決。

そもそも、なぜ福祉系へ進学したかというと、中学生の総合学習で市役所の生活福祉課の職員さんの話を聞く機会がありました。そこで、「福祉は特別な人のものではなく、全ての人が関係あることなんです」と聞いて「そら勉強しとかにゃー!」とこれまた進路を即決。

私は他人に影響されやすい、単細胞なんですね。

大学時代は部活にサークル、アルバイトを掛け持ちして、それはそれは多忙で楽しい学生生活を送っておりました。がしかし、大学3年生の時にリーマンショック。それまで真面目に学生生活を送っていた同級生が、就職活動で悪戦苦闘する様子を見て、「ぴえー、大学生活まともに勉強してこなかった私が社会人になれるわけないわ!」と震えあがりました。

そして、当時、自分が興味を持っていたことを総合的に学べる資格に「言語聴覚士」なるものがあると知り、大卒者専用の専門学校(2年制)に進学することにしました。

それまで勉強という勉強をまともにやった記憶がない私。専門学校では学科長に「なめてんじゃないわよ?」と笑顔で言われ、いつも赤点を抱える底辺学生でした。国家試験の勉強では、はじめてやった過去問題1問目から日本語がわからず(日本語なのに習ってきたはずの専門用語が理解できない!)…過去問題12年分を暗記してなんとか試験に合格したのでした。※私は第13回目の受験者

そんなこんなで、なんとか医療系の国家資格という切符を手にした私は、ジモトに就職。実家から車で30分という近すぎず遠すぎず、教員から「雰囲気が合っていると思います」とお墨付きをいただいた病院でした。ただし、入職1週間で「辞めたい!」と決意する事件が立て続けに起きました。ひとつめは、職場のヌシ的な女性を怒らせてしまったこと(これは不可抗力な内容だった)。ふたつめは、患者さんのご家族(チンピラ)に個室で「なめた目してんじゃねーぞ?」とすごまれたこと。本当に怖かったわー、トイレで号泣したことは今でも忘れません。

最終的には、リハビリの指示を出す医師と治療方針が合わず、「私は自分の家族や大切な人を任せられるような医療職でありたい」と3年で転職を決意しました。


あ、全然ライターとは関係ない話が続いてますね。
もう少々、お待ちください。


次の職場は、ジモトを離れて名古屋市内にある病院にしました。そこでは、「チーム医療ってこういうことなんだ!」「インフォームドコンセントって…以下同文」と自分の理想とする医療が行われている病院でした。その分、自分の言動やひとつの判断に対する責任の重さをひしひしと感じる職場。脳血管疾患の重度症例を担当することも多く、ひーひー言っていましたがやりがいはありました。

「仕事は慣れた頃に、面白くなるものだ」とよく聞きます。
ちょうど、医療職として仕事が楽しくなってきたのは転職後の社会人4年目からでした。

仕事に慣れてくると、プライベートでも何か新しいことをしたいと余裕も出てきます。それまで、「変わっている旅行の仕方だね」といわれていた“暮らすように旅するスタイル”を発信するブログを開始。

▽愛知県の奥三河地域でみつけた自分たちの「好き」を発信するブログ

ブログ「ガサゴソ旅女会」は、愛知県東栄町にあるゲストハウスで出会った友人とはじめました。ターゲットは自分たちと同世代の旅する女子(当時20代半ば)。最初は、半径5メートルにいる旅仲間に「私のジモトにはこんないいところがあるんだよー!」と発信しているつもりでした。

しかし、意外なことにジモトの方たちにウケがよく、喫茶店で「もしかして、ブログの人?」と声をかけられたり、「あのこたちは何者なの?」と知人を介していろいろな声を聞くようになりました。

なかには、「ブログは難しいけれど、Instagramならできそう」とブログの読者がSNSで発信をはじめるなど、「そういうの待ってましたー!」と喜びからさらに活動が激化。毎週末のように出かけては、深夜に帰宅後ブログを書く書く。アパートのある名古屋は平日の仕事と寝るためだけに帰る場所となりました。

自分が好きで勝手にやっていることが、誰かに喜んでもらえるなんて!

もっと、もっと!ライティングも写真も上手くなりたい!!そんな欲が出てきて、プロカメラマンの友人に写真の撮り方を教わったり、仕事終わりにライター講座に通ったり、興味のあるイベントに参加してみたり…自分の行動範囲が広がっていきました。

そして、「医療職は日進月歩、日々の積み重ねと勉強が重要だけど。実習生のバイザーが担当できる経験年数と協会の単位はとったし!一旦、お休み!!」と病院を辞める決意をしました。


病院を辞めて、何をするのか?
それは、もちろんライター・ブロガーとして働くこと。


ただし、何の準備もせずに病院を辞めたので、仕事はゼロ。3ヶ月内に1つ契約が取れなければまた転職活動をしよう!と、今思えば軽いノリでした。

全く何の準備もせずに、というと語弊があるかもしれません。
私には署名記事が数本とコツコツ書きためてきたブログがあったので、「これを元にライター応募すればいいじゃん!」と動きはじめました。

そして、病院を辞めて数日、「3ヶ月以内に1つ契約」が叶いました。

なんと、個人ブログにライター依頼のお問い合わせがあったのです。しかも、自分が半年前にライターコンテストに応募していた観光系のwebメディア。お問い合わせ内容も「ああ、私のこれまでのブログを読んでくれたんだなあ」と個人に当てた文章に飛び上がるくらいうれしかったのを覚えています。

▽念願のジモト豊橋市のおでかけ記事

ライターとして、本格的に活動を開始するも未経験からのフリーランス。取材依頼書や原稿確認、WordPress入稿などなど、分らないことはGoogle先生にお尋ねする日々。これが、会社員であればすぐ隣の席の先輩や同僚に教えてもらえるのになあ…そんな寂しさを感じて、Twitterではライターさんやブロガーさんと交流を持つようになりました。

仕事面では、クラウドソーシングサイトやWantedlyを経由してライター応募をする日々。自分の興味のないテーマのキュレーションサイトでの執筆は「これって私がやる意味ある?」と3ヶ月ほどもんもんしていました。

私は「これにはどんな意味があるのか?」「なぜ、やるのか?」ということを自問自答しながら物事を進めるタイプ。私じゃなくていいなら、誰でもいい、誰でもいいなら、私じゃなくていい!!

その考えは、病院で医療職として働いていたときも、趣味のブログも、今も昔も変わりません。

そんなもんもんを感じ取ってくれたのか、同じライター講座に通っていた先輩ライターさんから、「ここに応募してみたら?」とメッセージをもらいました。

ライターとしての方向性を切り替え

紹介してもらったのは、Webメディア関連事業を行うITベンチャー企業「名古屋スタートアップ株式会社」。現在もライターとして所属しています。

面談では金髪のCEOと緑髪のマネージャー(当時)が現れ、「おお。」といろいろな意味で衝撃的な出会いでした。懐かしー。

それまで、旅ライターとして記事を執筆してきましたが、なんとなく30歳を過ぎたら年齢的にビジネス系を求められるんじゃないか…インタビュー取材もできたら仕事の幅が広がるよなと悩んでいました。

当時、名古屋スタートアップでは浜松市のベンチャー企業に特化したオンライン経済新聞「Hamamatsu Startup News」でライターインターンを募集していました。私はビジネス系もインタビュー取材も未経験、いちから学ばせてもらおうと応募したのでした。

△はじめてのビジネスインタビュー。カチコチに緊張していましたが、インタビュイーの人柄と仕事に対する熱量に圧倒される。

△イベントの取材記事

名古屋スタートアップ株式会社にはインターンとして応募しましたが、ライターとしての採用。ここでは、ビジネスインタビューやニュース記事の書き方などをイチから教えてもらいました。ほぼ独学でやってきた私がライターとして飛躍的に成長したのは、この会社に所属してからだと思います。

ライターの仕事に限ったことではないのですが、何か新しいことをはじめるときは、自分のスキルの無さに絶望します。悔しくて悔しくて、Google先生にお尋ねしたり、先輩に教えていただいたり…最終的には自分でどうにかするしかありません。

私のレベルがどうとか、クライアントからしたら関係ありません。

プロはプロ、完成されたものを提示できなければミスマッチが起こります。それは私が関わっている全ての人に対する信用問題にもなりかねません。

これまで出会った方たちとの関わりが、その一言一言が私をプロに育ててくれます。なかには「分かっていない人間が書いた記事なんてすぐに分かるよ」と厳しいお言葉をいただくこともありました。実際、ライターではないその人の方が知識もあり、うまくインタビューもできるでしょう。

私は何のために記事を書くのか?それはくだらない自己顕示欲を満たすためではありません。私を通して、ターゲットに、より多くの人に情報が届くよう今日も記事を書いています。

読者が本当に求めている情報は何か?この記事構成でいいのか?常に考え、書いては消し、書いては消し…ああ、寝て起きたら何でもできる自分であってくれー!!と何度叫びそうになったことか。


そんな日々を繰り返していたら、病院を辞め「フリーライター」を名乗るようになって1年以上が過ぎていました。早っ!!!めっちゃ早い!!!


私のウェブのポートフォリオを見て、ライター依頼のお問い合わせをくださる企業・個人の方も増えてきました(SEOをバッキバキに鍛えてある)。最近では、自治体関係や企業のHP、会社案内のパンフレット、個人店舗さんのクラウドファンディングの原稿などなど、なかには「なぜ私に?」というお問い合わせも。

お問い合わせをいただいた案件で、「以前、取材されているようですね。我々は土地勘がないので頼もしいです」と言われることもあります。東京の会社の方とお仕事をするとき、地方在住ライターの強みは「土地勘」なんだ!と再確認です。

「がめつい」で定評がある私。ウェブサイトや編集者・ライターさんをネトストして、ライター募集をしていないか検索をする日々。

そんな中、Twitterで「うちもライターを募集していますよ」とツイートを発見!即応募して、素敵な編集者さんと出会うことができました。

△SUUMOタウンの記事は、私の知らない地元の方たちにたくさんシェアしていただいたようです。全く面識のない方にFacebookやTwitterから「ありがとうございます」とメッセージをたくさんいただきました。

ライターとして、人気のメディアで書けること。自分の書いた記事が誰かの心を動かす、こんなにうれしいことはありません。

これまでライターとしては、署名記事・ゴーストライターなど、個人のポートフォリオとして公開していないものも数多くあります。また、ライターの枠にとらわれず、さまざまなお仕事をいただいております。長くなるので省略。


私は業務委託契約で複数の会社とお仕事をしています。IT企業でウェブメディアを運営するところは、短期間で物事が変化していくなあと感じます。


ライターとして所属している名古屋スタートアップ株式会社は、映像コンテンツを中心に作成するチームどみにおん、デザイン会社の株式会社カチノデの3社からなるmics合同会社を設立。

インターンを含めると総勢50名以上、大学生を中心に若くて勢いのあるチームです。学業や複業と並行しているメンバーも多く、夜にSlackが活発になることも。彼らのスキルの高さと謙虚さには、腰の低さ海抜ゼロメートルで接していきたい所存です。

ウェブライターをしていると20代から30代前半の若くて優秀な編集者さん、ベテランの編集・ライターさんとさまざまな方と関わる中で、「人の評価は仕事をやるかやらないか。あと人柄、謙虚さ」と学びました。

△micsschoolでライター研修プログラムの講師を担当

これは1回3時間の全4回コースで、ライティングの基礎を習得する内容になっています。名古屋スタートアップ株式会社のマニュアルを元に講義を進めていくので、これをしっかりと身に着けてもらえれば一緒に働きたいレベルになるかも。なかには、ライター研修プログラムからインターンをしている方もいます。

Twitter上では「ちょっとかじったくらいの初心者が、素人からお金を巻き上げてセミナーや講座をやるなんて!」というツイートをみかけます。ただし、その人たちは「ちょっとかじった」以上であるはずなのに、後輩を育てている様子はありません。

私は、名古屋のアパートでブログをはじめたときから「ライターになるにはどうしたらいいの?」「ググりながらやっているけれど、体系的に学びたい」「ライター関係のイベントは名古屋にないなあ」と困っていました。名古屋でさえそんな状態なので、さらに地方ほど情報や機会に触れることが限られてきます。

私はめちゃくちゃお節介なところがあって、Twitterのプロフィールに「ライターになりたい」と書いてあると、「具体的にこうするといいよ。ライター募集しているメディアはここがあるよ。応募文はこんなことを付け加えるとよき」とDMしちゃいます。なかには、実際に「ライター採用されました!」という方たちもいるので、お節介は辞められません。ライター研修プログラムで関わった人たちのその後もSNS上で追っています。ネトストです。

「この人は有償・無償に関わらず、相手の意図をくみ取って120%打ち返してくれる人だ!」と発見するとロックオン。文字起こしや取材のお手伝いしてもらったり、私にお問い合わせが来た案件を紹介したり、あの手この手で一緒に仕事をしようと画策します。

そんなこんなで、一緒に仕事ができる仲間が増えるのはとてもうれしいし、常に探しています。


名古屋でフリーランスのクリエイターを集めてトークイベントを開催します。私はモデレーター。

スピーカ―はフリーランスのブロガー/ライター/イラストレーター。数年前は、職業も所在地もバラバラで、ごく普通の会社員だった彼女たち。

"好きなことを仕事にする働き方"をテーマに、SNS時代に自分らしく生きるヒントを探ります。

Q.人生設計はどう考えていた?フリーランスになってから変わった?
Q.会社を辞めるとき、上司にどう伝えた?
Q.会社を辞めてからの過ごし方、有休消化できた?フリーランス1ヶ月目の月収は?
Q.ずばり、会社辞めるときの貯金額は?フリー1年目の税金・保険料は驚いたよね。

などなど。


1年前に仕事ゼロで病院を辞める!と決断する前に私が知りたかった情報満載の内容になっております。


Twitterでよく見かける彼女たちの、普段は聞けないようなぶっちゃけトーク。彼女たちの過程は、根掘り葉掘り聞いている方だと思っていたんですが、そんな私でもイベントのミーティングで質問していたら「そんなことが!?今まで聞いてなかった!!」という驚きの連発でした。

フリーランスも会社員も、アラサーもそうじゃない人も!ぜひご参加ください!!(女性8割くらいになるかなーと思っていたら以外に男性の参加者も多いです)


▽イベントの詳細はこちらからどうぞ。
http://ptix.at/apU5Nt


以上、長い文章にお付き合いいただきありがとうございました。

ここまで読んでくださったあなたは私のこと相当好きだと思います!!

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小澤志穂

ウェブライターのあれこれ

ウェブの仕事で得た情報まとめ。 クラウドソーシングに登録した会社員時代の自分が知っていたら良かったなという情報を中心に。
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