思考性人類の声【考察】

人間とは考える葦である。パスカルの言葉だ。

思考とは人間の武器である。思考を言語化できるからこそ、人間は隆盛に至った。

だが、思考が行き過ぎれば人間は止まる。モデルケースは、俺だ。

心のざわめきに、心のときめきに。食指が全く動かない。

旅にはワクワクする。
料理で使いたいものが決まっているとワクワクする。

小説だってネタを思いついた時にはワクワクしている。
歌はいつだって、独り言じみて出てくる。

なのに、一人でないと思考はいつだってマイナスに動く。

嫌われないか?
失敗しないか?
他にできるやつがいるな?

そして自分は動かない。結果だけを見ている。成功なら良かった良かった。失敗なら失敗だなーと思うだけ。


どうやら、俺は人を気にすると死ぬらしい。

最近分かってきたが、どうやら俺は。一人でないと稼働できない生物らしい。

なんて酷い奴だ? 言え。俺自身そう思っている。

でも、悲しいことにそういう生き物なのだ。安心できる場でないと、力が出ないのだ。

事実、noteに書いたテキスト以外にも。俺には口をついたように呟くアウトプットがいくらかあったりはする。

だが、それは恐らく日の目を見ないだろう。

インターネットの世界に集う、幾百万の強者たち。

それにくらぶれば、俺が一人で、ウィキペディアとかで拾って来た知識なんて。きっと1%以下だから。

たぶん一蹴されて、終わっていくのだ。


3X年のこじらせは

今更言葉の一つや二つで解決するのか? 多分、解決する時はするのだろう。俺がそれを受け入れられれば。

こじらせにこじらせた思考の優位を。一つ一つとほぐして。一本の紐にする。恐らく、気の遠い作業になる。

今書いている文面のように、気の向いた時にだけ解析してるから。自分に甘いから。どんどん失敗を繰り返し、穴を掘っていく。

そしてたまに見上げて。深さに怖じ気ついてまた潜る。きっとこの繰り返しなのだ。

今、長期的には焦りを感じ始めた。親の介護が、現実味を帯びつつあるのだ。

まだなにもできていないのに、この上五年十年棒に振る。恐怖しかない。

……書けば書くほど、回答が『病院行け』になりそうなので。この辺りにする。

おわれ


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