疲れ

その時男はくたくたに疲れていた。立ち上がる力がなくなるほどだった。腰に弱い痛みを感じていた。それは緊張した状態で立ちっぱなしだったことが原因かもしれない。椅子に腰を掛けるとそのままもう立ち上がれないんじゃないかと思うほどの徒労を感じた。瞼の辺りも少し重たさを感じる。瞼を閉じるともう一度開けるために、瞼を開けようと意図的に決心しなければ開けられないんじゃないかという錯覚するほどだった。時計の秒針がカチカチと音を立てるその音を聞くともなしに聞いていた。今日は休憩が取れなかったのだから仕方がない。スケジュールの立て方自体が悪かったのだ。それは私のせいではなかった。しかし、今後同じような事態が生じた時に、私には何が出来るのか。そう考えると、今後また同じようなことが起こらないとも限らず、はっきりとした改善案は思い浮かばなかった。この思いをどこにぶつければいいのか。虚空を見上げ、少しぼーっと、何も考えないように、瞼を閉じる。一瞬間、世界は真っ白になり、その光の中に自分の存在が落ち込んでいく。肉体から解放されることはないが、眠りに落ちた時、一時的に重力や自らの身体の重みを感じない瞬間がある。その瞬間は脳が機能停止をしているのか、意識が途切れているのか、まさに仮死状態にあるのか、具体的なメカニズムについては詳しく調べたりはしていないのでよくわからないが、いずれにせよ、その瞬間、私は私の存在というものを忘れているのである。そんな短い死のような時間を経たのち、またこの世界に帰ってくる。いつもと同じ日常が待っている。それは別の世界のようでもあるし、そうではなく、寸分も違うことない以前と同じ世界であるような気もする。きっと眠りに落ち、数時間後に覚めたら、その時は、今感じている疲れはその大半が消化されていて、また違った感覚が戻ってくるのかもしれない。そういうことを少し想像して、男は、すぐに、まだその眠りに落ちる時間までは数時間ある今日のことを思った。色々なスケジュールが入っている。それは男にとって、楽しみではあったのだけれど、これだけ身体が疲れを感じている今になって考えると、失くしてしまいたいような、止めてしまいたいような、どことなくおっくうな感じがする、そんな予定になってしまった。そのことについて彼は誰に対しても申し訳ないなどという感情にはならなかったが、疲れを感じている身体と向き合う必要は感じていた。無理を押してその予定を全うするために今日の残りの数時間をかけてその予定のために身体を動かすことはやぶさかではなかったが、その後の自分の身体の状態が想像できなかった。そのことに男は一抹の不安を感じていた。むしろ、疲れが取れる方向にその予定が働くのではないかという淡い期待を同時に抱いていたのだが、その期待が裏切られた時のことを考えると、そのことが少し不安を進めていた。

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