掃除

男は黙々と掃除をしていた。掃除をしながら掃除は極めて瞑想的な行為だと感じていた。男が払う埃は男がそこに立つより前からその場所にあった。どこから来たのか、あるものは壁の一部が剥落したものかもしれない。長い年月をかけて石で形成されたその壁は少しずつ剥がれ落ちていく。その細かな破片が少しずつその床に積もっていく。あるものはその通路を使った人間の靴についていた石片かもしれない。その石片はある人間が別の場所でその人間の靴に何らかの形で引っ掛かり、その通路まで運ばれそこに落とされ置き去りにされたのかもしれない。誰もそんな細かな石片を気にするものはいない。しかし、男はそんな風に運ばれた石片ともこの掃除の時間を通じて向き合わされるのである。自らが汚したものもあるだろうがその大部分が別の人間、あるいは、時間の経過によって、エントロピーの増大という自然現象の中で現れてきた埃の数々。それらを一つ一つ丹念に拾っていき、まとめ、塵箱というそれらの塵を一つの場所にまとめるべく作られた場所に移すのだ。大きな世界という規模から見たらその行為は無でしかない。あるものの場所をほんの少し移したというただそれだけの行為である。そうするなかで舞い上がった塵に男の鼻は敏感にその塵をキャッチして、男はくしゃみをした。閉塞した空間で掃除をする際にはマスクが必要であったことを男は改めて思い出した。この場所に来る前に準備しておくべきだったが、男はくしゃみをするまでそんなことにさえ気づくことを忘れていた。1年に1度しかしないそのルーティンワークに男は面倒を感じながらも、一息ついてその場所に再び戻っていく頃にはきちんとマスクを用意して再度その埃が舞う閉塞空間に自らの身を置くのだった。

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