20180205 スリービルボード(2017;監督:マーティン・マクドナー)

ハムラビ法典の「目には目を」という文言を思い出す。戦争の世紀と呼ばれた20世紀から戦争のない世紀を夢見ていたが21世紀を2001年9月11日のNYでの”同時多発テロ”と呼ばれる事件からスタートさせてしまった。テロとテロに対する報復の応酬。暴力が恐怖と悲しみと怒りを産んでいる。

 ヨーロッパ圏におけるテロも北朝鮮が核爆弾使用をちらつかせ世界を相手に訴えている動きも一連のもののように思われる。テロリストも北朝鮮もアメリカという絶大な力に対する小さな抵抗と考えた方が良い。小さな抵抗が大きく感じられるのは、テロリズムがいつ自分の身に降りかかるかわからないという不安を感じさせるためであり、核爆弾が全世界に広がり、どこかで核爆弾が使用されると世界全体が無くなってしまうという最悪のシナリオがイメージされるためだろう。

 以前、「手紙」(2003;作:東野圭吾)を読み違和感を抱いた。実際に被害者にならないとわからない、綺麗事だと言われるかもしれないが、私が被害者になっても仕返しはしたくない。

 スリービルボードは報復の応酬を止める人の意志の力の可能性を感じさせてくれた。人と人とが助け合い思いやることの力を描いてくれた。この映画の志向する方向に共感した。二人の先に私は希望を見た。


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naho

映画

映画を媒介にして自分が何を考えているかについて気づくことがあります。映画同士の比較や、その映画が作られた背景である時代状況などにも踏み込んで自分が何故その作品に惹かれたか(あるいは惹かれなかったか)について考えてみたいと思います。
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