村弘氏穂の日経下段 #38(2017.12.16)

一音でドビュッシーだと聞き当てるあなたの耳にこの声残す
(常陸太田 加藤れいら)

 ソルフェージュによって磨き抜かれた音感を持つ「あなた」に、いったい作者はどんな声色で囁くのだろうか。ドビュッシーという固有名詞からは半音階を予感させる。「あなた」の耳に残したい「この声」のトーンは、きっと普段とは半音違う艶めかしい声色なのかもしれないし、初めて聴かせるような声質なのかもしれない。そしてそれは、たった一音であるのかもしれない。それでも「あなた」ならば、その音の周波数の比の違いをいち早く認識してくれるはずだ。その音声を単に届けたいのではなくて、あなたの耳に脳裏に焼き付けさせたいという思いが末尾の「残す」に込められているようだ。何か特別な日の特別なシチュエーションが自ずと浮かび上がってくる。もちろん背景には印象主義の音楽が淡々と流れている。ゆえに一読でそれを想起させてしまうこの作品も印象派の芸術と言っていいだろう。



ありがとうございますとは言うけれどその眼はどこか別を見ている
(東京 やすふじまさひろ)

 短歌を詠む者の瞳は普段はぼんやりとしているが、その眼光はときに鋭い。詠草化する対象への凝視力がその人間性をも見透かしてしまうこともあるのだ。これがもし、「毎度あり」とか「おおきに」くらいの威勢のよいお礼の言葉だったらそれほど気にはならないし、歌にもならなかったのだろう。「ありがとうございます」と丁寧に発しながらその有り難味が伝わらない所作をするから、短歌に詠まれ新聞歌壇の選者に通報されて全国紙にて暴露されてしまったのだ。企業名や店舗名が詠み込まれていないのは作者の優しさだが、経営に携わる読者は是非とも心して読んでほしい。人間だから伝わる温もりもあれば、人間だからこそ感じ取られてしまう冷たさもある。ネット通販の普及のみならず、オートメーション化されてゆく社会や街の中で、残された人間同士のコミュニケーションの重要性を考えさせられる作品だ。



手洗いをされたジーンズ星々に歓迎されてぶらさがる夜
(名古屋 土居健悟)

 比喩、擬人、倒置、反復、掛詞、修辞が満載の韻文だ。ハイブランドのデニムをやさしく手洗いして、裏返してから夜のベランダに乾している様子だろうが、この作品はそれだけの生活詠などではない。「手荒い」と「手洗い」は大違いだが、その同音がかえって大切な着衣への愛着を巧みに伝えている。そして「星々」という表現はそれがまるで輝かしい人々であるかのように訴えかけてくる。さらに「星」と「乾し」の掛詞は、それぞれの意を重ねるのみならず、果てしない宇宙とそこにあるベランダを繋いでしまう役割を果たしている。星々に歓迎されるほどのジーンズもやはり三ツ星のブランド品なのだろう。つまりは非凡であるそのジーンズこそがこの歌のなかに存在する世界の中心で、物干し竿には凡庸な夜がぶらさがっているのかもしれない。月や星がこちらを見ていたという詩歌は幾千と在るが、夜の星がベランダの洗濯物を見るケースは、昼間の太陽とは違ってその絶対数が少ない。そういった意味でもなかなか稀有な秀作だ。


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西中島東鳥

村弘氏穂の『日経下段』2017.4.1~

土曜版日本經濟新聞の歌壇の下の段の寸評
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