村弘氏穂の日経下段 #46(2018.2.24)

たくらみの雪が溶かしたカレンダーもう永遠に今朝だよ 行くなよ

(東京 櫻井朋子)

 『たくらみの雪』とは何だろう、雪に意思を持たせている。『雪が溶かした』とは何だろう、雪を溶かすものや雪に溶けるものはあっても『雪が溶かす』ものは現実的にはまずない。その雪が溶かしたという『カレンダー』とは何だろう。また『永遠に今朝』とは一体どういうことなのだろう。そして結句の「今朝だよ 行くなよ」は誰に対して云い放った言葉だろうか。難解で手強い作品だが、短詩の中にこれだけのフィクションを畳み込まれると逆に、恐るべきリアリティを読後に感じてしまう。そのリアリティの極みである末尾の『行くなよ』には、三回ほど読んだ時点でもう三通りの対象者が浮かび上がった。それは愛しい自分、愛しい恋人、愛しい妹だ。『たくらみ』からは、陰謀や計略をはじめとした比較的よくない企てが想起されるので、自ずとストーリーは悲運な印象のものになる。『雪』が影響を及ぼした『カレンダー』とは、何らかの予定もしくは年間周期を感じ取る体内カレンダーのことだろうか。『永遠の今朝』とはその予定へと進むことのない、止まってしまった時間だろう。もう行かなくていいと自分に言い聞かせているか、恋しい人にとどまる様に促しているのかもしれない。恋の悲劇を描いたドイツの詩人シラーの『たくらみと恋』の世界観だ。但し、この作品の下の句の『永遠』を勝手に『永訣』と変えてしまうと、この一詩は丸ごと宮沢賢治の世界へと一変する。病床の妹との永遠の別れの場面を描いた『永訣の朝』のワンシーンだ。すると一字あけて一拍ためてからの『行くなよ』は『逝くなよ』という叫びに変わり、切なさが込み上げてくる。妹の希望ある未来を雪が溶かしてしまったのだから。様々な解釈を勝手にさせてもらったが、この作品の中に揺るがずにある、矛盾めいた巧みな表現技法に引き込まれたのだから仕方ない。結句の『今朝だよ』には温もりがあるが、一字あけた後の『行くなよ』には、温もりのある冷ややかさが込められている。それこそが上の句の『雪が溶かした』に呼応するような効果を最大限に引き出してくれているのだろう。解くことは出来なかったが永遠に忘れることのない名作だ。

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西中島東鳥

村弘氏穂の『日経下段』2017.4.1~

土曜版日本經濟新聞の歌壇の下の段の寸評
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