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音楽と結婚した、その後


夫と買い物に行ったある日。食べたいと言うので煮物を作った。イカの方が食べたかったのかもしれないけれど、「里芋」というワードが彼から出てきたのに驚いた。食の好みって、変わる。



あなたが里芋食べたいなんて言うと思わなかったよ、と伝えると「結構好きだよ」と。今じゃチョコレートも生クリームも食べるし、私が知らなかったことも、知りえぬ変化も、まだたくさんあるようです。この調子で野菜も食べてくれるととても助かるんだけど。


音楽と結婚して、そして彼がYouTuberとして達成を成す頃、「ふたりの音楽」ともう一度向き合いはじめた。歌うことも弾くことも難しく、誰かに話すことはもっと難しいように感じた。結婚してしばらくそうだった。
彼が夫だと、「応援してくれた人」、特に大多数であった男性陣に伝えたことは、多少の後ろめたさが残る。ただ、今のわたしを100%で表現するにはこの選択肢しかなかった。彼はバンドメンバーであり、一時期は関係者でもあった。それから、活動の主たるユニットを辞めた理由が「シンガーソングライターとして活動する」だったのに、なにもできていないこともわたしの胸をつかんでいた。あの頃、たくさんの人の力を借りて芸能して生活が成り立っていた。これからは借りたものを少しずつ返していきたい。それはもう、あなたが応援していてくれたから、お金をかけてくれたから、とかではなくて、一人の人間として、時間がかかってしまったけれど、お返しをしたいのです。誰かの気持ちを変化させたり、真実に価値があったりはしない。わたしのための、未来のための告示。


久しぶりに音楽と向き合う。鍵盤をさわる気持ちにはなれない。アコギの音色を聞けばピアニカが欲しくなり少し遊ぶ。声が思うようにでない。自分たちの曲なのにね、と笑う。音楽は固まっていた頭を自由にさせてくれた。歌える幸せを思い出し、スタジオの後カラオケにも行ってしまった。歌えないけれど、「また歌えるようになる」過程が今は楽しい。少し前まで「もう歌えない」恐怖しかなかったから、楽しめることが嬉しい。わたしにもまだそういう気持ちが残っていた。自分の歌声が変わっていくのがおもしろい。
そうしていけば自然に、誰かに聞いてほしい気持ちは膨らむ。まだ見ぬ誰か?でもいちばんは、あのたくさんの夜に「ずっと応援するよ」「また歌を聞かせてね」と言ってくれた人たち。


あのたくさんの夜。そして最後の日。
満員のライブハウス。入り口の大きなスタンドフラワー。いつもの顔。久しぶりの顔。友達も。何をしてでも売れたくて、死ぬ気で、死ぬつもりで活動してきた。卒業の日はいちばんの景色を見ることができた。捧げた約3年が最後の光景で報われたと思っている。

何をしてでも売れたかったのに、辞めたら何もできなくなった。魂を売ることさえも。だからずっと未練があった。魂を売り続けたほうがまだマシだったんじゃないかと。現実と理想がズレていっても、求められているほうが幸せなんじゃないのか。演者としてなのか、表現者としてなのか。

この数年はアイドル時代を払拭するのに必要だった期間かもしれない。忘れてほしくないけど、一瞬でも忘れられることが必要だった。いわゆる「普通の仕事」をする中でどれだけ甘やかされて生活していたか知った。今はもう活動を一番に出来ない、それは自分で選んだことだから、言い訳にはしない。だから偽りない気持ちで言うよ、待っていてね。わたしにあの日をくれたあなたに、いまのわたしが届く。それが目標。

ユニットを辞め、一人で歌った最後のステージ。お客さんの目が怖かった。嘘をついてアイドルを演じたわたしが悪いように感じた。観客と演者という絶対的に交われない関係故の誤解だと後からわかった。(文章で残すには辛いものがある。気になる人は直接会えた時に話します)あの人は今もわたしを憎んで嫌っているのかもしれない。みんな精一杯生きている。嘘ついても。ずるくても。

お客さんの目が怖かった。出会った人の前ではもう歌えないと思った。新しくわたしを見つけてくれる人なんていないのかもしれないのに。だからもう歌う場所なんてないんだと。それなのにいまはまた、歌うことが楽しい。誰かの目を見て歌うことは遠いかもしれない。それでも音楽を作って歌うことは楽しい。きっといつかあなたの耳に届く。あの日背中を押してくれた人に、できるだけたくさんの言葉や音楽が届く。自分を信じることは難しくても、芸術の自由を信じる。

腐っていたわたしの心を癒やしたのは間違いなく夫の音楽だった。わたしはきっと最初からそれを知っていた。今のわたしは表現する力がない。音楽と結婚したのは、tonarimachiを失いたくなかったからだ。次の5年後、元アイドル、に頼らない功績があればいい。アイドルだったわたしを応援してくれていた人に「もう一度、夢を叶えたよ」と伝える。ステージに立つことが難しくても、今度はちゃんと、あなたの目を見て。

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