第1章 ターゲット その2


リーマンショック後、燃費最優先の顧客に、BMWはどんなDMを打ったか?

 2008年9月15日の「リーマンショック」を覚えているでしょうか?
 アメリカの証券会社「リーマン・ブラザーズ」の経営破綻に端を発し、株価が大暴落した事件ですよね。世界同時不況が引き起り、私も海外のファンドに大きく投資した後だっただけに、一時はどうなるかと思いました。
その頃、在籍していた広告代理店でも、急にクライアントからの発注が減っていき、今までたくさんの協力会社に外注しながら制作進行していたのが、仕事量の激減した関係で、代理店のクリエイターが自らすべてを制作するという内制(内部で制作する略語)にシフトしていきました。

 そういう中、自動車の販売においても苦戦が続いていき、さらに2011年3月11日に発生した東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故も強力なインパクトとなり、売れるクルマは低燃費の軽自動車や、プリウスなどのハイブリッドカーへと消費者心理が変わっていったのです。
 この状況下でプレミアムカーBMWを売るのは至難の業でした。しかし、こういった消費者心理の中でも、BMWの「駆けぬける歓び」を熱く支持するファンはいますし、クルマ好きにとってプレミアムカーへの憧れは変わることなく残っていたのです。

 問題は、「低燃費・至上主義」に凝り固まった消費者の心でした。その心理を少しでも緩めることが課題だったのですが、自動車の燃費性能を変えてもらうことはできません。そんな中、私たちは低燃費といわれるクルマの実燃費(実際に一般的な使い方をした時の燃費)が、カタログの数値とかなり異なっていることに注目しました。また、BMWのようなドイツ車は高速走行になると燃費が良くなる傾向があり、走り方によってはカタログの燃費数値と変わらない実燃費を計測できることも分かっていました。
このことを顧客に対して、上手にメッセージできないかと考えたわけです。
 そこで、私たちは「実証。BMWの燃費力 ~カタログ値には表れない、真の実力とは?」というタイトルで、自動車雑誌風のDMを送ったのです。まず最初のページで、権威あるモータージャーナリストに、「実は燃費とは計測方法によって数値が大きく変わり、日本車はカタログ燃費と実燃費が異なりやすい」一方で「ヨーロッパ車は、カタログ燃費と実燃費が比較的近い」ということを語ってもらいました。
 さらにこのDMの目玉として、広告代理店の制作スタッフやBMWの担当者が、実際にBMW3シリーズで約370kmを走り、その実燃費がどうなるのかを検証する記事を掲載したのです。その結果は、制作サイドでも想定外でした。カタログ燃費10・15モード8.9km/リットルに対して、今回の検証によって出た数値は15.07km/リットルという低燃費を実現したのです。このDMによって、直ぐにクロージングに結びついたという報告はなかったのですが、ボディーブローのようにターゲットには確実に効いたパンチだったと思っています。

 ここで言いたいのは今まで売れていた見込み客でも、時代によって、そして競合商品との関係によって彼らの考え方は変わっていき、セールスが難しくなるということです。
 今回の例で言えば、リーマンショック、東日本大震災での省エネ意識の高まりなどを背景に、プレミアムカー離れが起こり、その一方で、プリウスやインサイトなどのハイブリッドカーという、時代の受け皿になるような自動車が開発されていた。このことによって、BMWの販売が低迷したのです。さらに言えば、もし、軽自動車もハイブリッドカーもなかったとしたら、消費者はクルマを買い替えるという選択肢ではなく、エコ運転ということが意識の中心にしていたかもしれません。

 これは、自動車業界だけの話ではありません。
 例えば、携帯音楽プレーヤーという商品はどうでしょうか? かつて、ウォークマンという画期的な商品を世に出したソニー。あの頃は音楽を聴くと言えばラジカセや、ステレオコンポといったものが主流でした。それを、ウォークマンは「歩きながら音楽を聴ける」というカルチャーショックを与えた、まさに革命的な製品でした。私も、高校生の頃、お小遣いをはたいて買ったことを覚えています。そし、時代はカセットテープからMD、そして、CDとメディアは変わっていきましたが、ソニーのウォークマンは健在だったと思います。

 しかし、AppleがiPodという商品を出して、時代は転換点を迎えました。iTunesで音楽をデータとして買いそのデータをハードディスクに保管して、音楽を聴くというスタイルが生まれたのです。これが、音楽業界にも転換期をもたらしたのは、先ほどの安室奈美恵さんの話でも語った通りです。
 そして、進化は止まりませんでした。iPhoneの誕生です。もはや、音楽プレーヤーという概念すら消えていったのです。スマートフォンさえ持っていれば、電話、音楽、動画、メールとなんでも一台で済ませる時代になってしまいました。ウォークマンで切り開いた「歩きながら音楽を聴く」というマーケットはここまで変わってしまったのです。

 しかし、先ほどのBMWの例とソニーとの例には大きな違いはあります。それは、BMWの場合、リーマンショック、東日本大震災という衝撃的な出来事によって、突然、マーケットの意識が変わったことにあります。当事者の私としては、本当に、「突然、変わってしまった」というのが実感なのです。

 今までの例は自動車業界やオーディオ業界といった大きなマーケットでしたが、街の商店だって、このようにお得意さんの意識が突然変わる可能性があります。
 例えば、同じ商圏にライバル店が現れれば、従来通りのビジネスは難しくなるでしょう。そして、これは大きな時代の流れの中で起こっていることですが、ECサイトの台頭です。アマゾン、楽天といったネットショップが勢力を強める中、街の商店にとっては、同じ商圏にあるライバル店よりも脅威になっているのは周知の事実です。

 「このままだと売り上げが落ちるばかりだ。早く新規顧客を開拓しなければ」と焦っているオーナーの方は多いのではないでしょうか。しかし、ちょっと待ってください。新規顧客の開拓は当然、必要ですが、いちばんの財産である顧客リストを使わない手はありません。
 街の電気屋さんが、「家電をネットで注文する顧客が多くなった」と嘆いているとしたら、例えば、顧客リストを使って、「夏がはじまる前に、エアコンの無料点検を承ります」といったDMを打つのはどうでしょうか? 顧客のご自宅でエアコンの点検はもちろん、冷蔵庫や洗濯機の様子を伺い、「お宅の冷蔵庫ですが、かなり型が古いですね。新しい冷蔵庫だと電気料金が半額になりますよ。そうそう、丁度、破格の洗濯機を仕入れたんですが、いかがですか?」というように、さりげなく訪問販売なんかも可能になります。これはネット家電業者では絶対に真似のできないセールス方法です。
 さらに新規顧客の開拓を行うのであれば、先ほどの「エアコン無料点検を承ります」の案内を折り込みチラシや、この後にご紹介する「かもめタウン」「年賀タウン」を使って、顧客リストなしに指定エリアにDM発送し、新規顧客の獲得を狙うことだってできるのです。
 大切なのは顧客リストを持っているからと安心するのではなく、常に変わっていく顧客の思考やニーズを考えて、それに適した戦略を打ち立てることが大切です。

本物のゴルフボールが入ったDMをなぜ作ったのか?

 リストの中に趣味の記載を入れるべきとお話ししましたが、それを活かした一例をご紹介します。

 それは、BMWのゴルフボールDMです。「なんだって?!」と、実物を見た方は驚いて、その後、微笑みながら「本当にゴルフボールが入っているよ!」とすぐに開封されたと思います。
 このDM、もともとプレミアムカーのオーナーにゴルフ愛好家が多いということから、BMWリストの中からゴルフ好きという方をチョイスしてDMを発送するという企画でした。リストを絞ることで、大量に配信するDMに比べて制作費を高くかけることが可能となり、今回の企画が実現したのです。
セールスの軸になるのは、ミドルクラスのBMW5シリーズです。このクルマは価格にして600~1100万円という、ちょっとサラリーマンには手の出しにくいランク。オーナーは中小企業経営者、大手企業の管理職、弁護士、医者などの専門職の方が乗られるという印象があります。こういうオーナー像ですから接待ゴルフや、趣味でのゴルフといったケースも多いと考えたわけです。

 さて、DMを制作するうえで、いちばん重要なのは、そこにストーリーがあり、読み手に行動を起こさせるところまで、そのストーリーを貫くこと。今回のDMは、まずゴルフボールを入れたことで、100%の開封率を目指していますが、それだけで終わっては意味がありません。重要なのは、ターゲットの気持ちを高揚させて、思わずショールームに行きたくなるストーリーにすることが大切だからです。
 DMの中身は[BMW5シリーズの魅力を紹介した小冊子、ショールームへの招待状、招待状の裏に来場者への特別オファ、プライスリスト]というシンプルな構成です。
 まず小冊子ですが、表紙には「ゴルフとBMW。スポーツする歓びを、BMWショールームで」というキャッチフレーズが書かれていて、扉ページには「BMW5シリーズとゴルフ。このスポーツには共通点がある」という書き出しではじまっています。つまり、ゴルフの話の中で、BMW5シリーズとの類似点を紹介して、結果としてクルマの良さをアピールするという作戦です。
 例えば、「ドライバーのヘッドはウッドからメタル、チタン合金へと変化し、より遠くへ、正確にボールを飛ばすように進化した。一方、BMWも絶え間ない技術革新によって、より低燃費で遠くへと航続距離を伸ばし、さらに正確なコントロール性能を生んだ」というように、コピーにもストーリー性を重視したのです。

 ショールーム当日は、有名なゴルフメーカーのパターを用意し、試し打ちをしながらパターゴルフのゲームが楽しめ、さらにゲーム成功者には同ゴルフメーカー製の「BMWロゴ入りのゴルフボール」をプレゼントしました。さらに、同ゴルフメーカーのゴルフセットの無料貸し出しとともに、ゴルフ場への移動用として、BMW5シリーズも無料でレンタルできるという特典まで用意したのです。
 「なんと豪勢な特典だ!」と思われるでしょうが、もちろんこれはクロージングのための戦略です。ゴルフメーカーにすれば商品の貸し出しによって、BMWリストから有望な顧客を紹介してもらえ、さらに自社の製品を試してもらえるという、得難いメリットがあります。そして、BMWからすれば、一流のゴルフメーカーとタイアップすることで顧客に今まで以上の高揚感を与えることができ、さらに新しいBMW5シリーズを試乗してもらうことで、製品の魅力をダイレクトに実感してもらいクロージングへと結びつけることができるわけです。
 
 ここでまた誤解してしまうかもしれないのが、「BMWのような一流企業だからできるんじゃないの?」という疑問です。確かに、一流のゴルフメーカーとタイアップできたのはBMWという一流ブランドだからでしょう。しかし、今回のDMの戦略は街の商店にだって応用することができるはずです。

 例えば、街でマッサージサロンを経営しているとします。タイアップ相手はヘアカットサロンとしましょう。ターゲットは専業主婦で、時々パートタイムで働く女性だとします。趣味は、一般的にこのターゲットが考えがちな「アンチエイジング」としましょう。こう考えると、あなたの近くでもいそうな人物をイメージできるのではないでしょうか?  DMでは、「アンチエイジングに効果があるフェイスマッサージを特別価格でお試しになりませんか? 」という表現で、DMのビニール窓から「フェイスマッサージオイルのサンプル」が見えているという寸法です。そして、来場者には「ヘアカットサロンのアンチエイジングカット(若く見える髪型)がお試し価格になる特別クーポンをプレゼント」といった感じでしょうか。もちろん、ヘアカットサロンにも、マッサージサロンへ誘導する仕組みをつくり、交互で顧客を紹介しあうという戦略が考えられます。
 このように考えれば、決してこのDMの戦略は手の届かないものではないとお分かりいただけるのです。


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