はじめて119番通報をしたときの話


部屋いっぱいに、黄色い煙がただよっていた。


当時住んでいたのは六畳一間のオンボロアパート。風呂も換気扇もついていない。

ドアと窓を開けるも、まっ黄色の煙はどんどん充満していく。刺激臭。鳴りやまない火災報知器、「敷金礼金、火災保険」と妙にテンポのいいワードが頭をぐるぐる回る。季節は真冬。23時55分。パニック状態で部屋を飛び出し、寒さに震えながら、スマホで119、とタップしていた。

なんでこんなことになってしまったのか。それを説明するには、まず、当時の食生活について話をしなければならない。



◻︎1日3食・食パン生活



2年前、私は高円寺のボロボロアパートに住んでいた。フリーター生活を送っていたため収入が少なく、生活費をギリギリに切り詰めていたのだ。


※当時の部屋


そのときの主な食事は、



朝・食パン、マックシェイク
昼・食パン
夜・食パン



冗談抜きで、週に6回くらいはこの献立だった。食パンは何もつけずにそのままかじっていた。バイト先にも簡単に持ち運べて、いっぱい量があり、腐りにくく、100円~140円と安かったから便利だったのだ。


(ちなみに「マックシェイク」の理由は、マックでwi-fiを使いたかったから。仕事でパソコンからデータを送らなければならないとき、家にwi-fiがなかったので、マックに行くしかなかった。アイスなんて滅多に買えんからシェイクを買っていた)



◻︎業務用激安スーパーを発見、食パンの値段は……



そんなある時、高円寺の駅前商店街を歩いていたときに、とあるスーパーを発見した。

業務用激安スーパー」だ。


業務用激安スーパーは価格設定が狂っている。そば・うどん・焼きそばが1玉29円で売ってたり、飲料水が19円で売ってたり、菓子パンが49円だったり、メッチャクッチャだった。どうやって利益を出しているのかが意味不明だ。


こんな優しい世界があるのか、と感動しながら商品を見ていると、食パンコーナーの棚があった。どれくらい安いんだろう、とワクワクしながら覗く。




「食パン:69円」




値下げ価格ではなかった。いつも買ってるものの約1/2の値段で、食パンが売っていたのだ。
すごいな。ガリガリ君と同じ値段で食パンが買える時代なのか。ずっとこれを食べてれば、1週間の食費は500円切れるな。

わたしは意気揚々と食パンを3袋買い、激安スーパーを後にした。



◻︎やっぱりおいしくなかった



帰宅して、早速、食パンを1枚食べてみた。



パッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッサパサだった。



わたしが1番好きな「耳」は、革製ベルトのような味がした。白いところはモサモサモサモサしていて、スポンジを食べてるみたいで、我慢して噛んでると酸っぱい味がしてくる、「ヤバい」食パンだった。ベルトもスポンジも食べたことないですが。


食べれないことはないんですよ。
ただ、今まで食べてたのが「超熟(140円)」とか「セブンイレブンのもちっと食パン(135円)」だったのだ。(※ちなみにもちっと食パンは、コンビニ・スーパーで売られている食パンの中で1番美味しいので食べてみてください。)


ギリギリだからせめて美味しい食パンを食べよう、と思ってそういうものばっかり食べてたので、その『味の落差』は衝撃的だった。


そんな「ヤバい食パン」を3袋も買ってしまった。

さあどうしよう。



……そんなときに、目に飛び込んできたのが、「電子レンジ」だった。



◻︎電子レンジで温めたらおいしいラスクになった



実は、部屋に電子レンジはあった。ただ、何も温めるものがなかったからただのオブジェになっていたのだ。


とりあえずこの「ヤバ食パン」を電子レンジであっためてみよう。そしたらなにか変わるかもしれない、と願いを込めて、スイッチを入れた。




ジジ……

ジジジ……(モクモク)

ジジジ………(モクモクモクモクモク)



温めている途中で、電子レンジが完全に曇った。パンから出た水蒸気のせいである。
中が見えないのは不安なので、1度とびらをあけた。


食パンは、やや、硬くなっている。
パンの外側(表皮?)は「やわらかい部分」が残ってベチャッとなっていた。そして、パンの内側は……完全にパンの水分が抜けて、「カッチカチ」になっていたのだ。



「これ、もしかしたら、このままあっためたらラスクになるんじゃないか?」



素晴らしいアイデアが浮かび、「ヤバパン」を電子レンジであたため続けることにした。



ジジ…

ジジジ………パチパチ…………

ジジジジ…………………キュウウウウ!!!!

ジジジ………………



水分が抜けることで、パンが縮み、だんだん中央部分に茶色の焦げ目ができる。
その瞬間にレンジを止めた。

フタを開けると、水蒸気がブワッと吹き出す。

電子レンジの床部分に、食パンがへばりついている。引っぱがして出してみると……




完全にラスクになっていた。




すみからすみまでカリッカリの「食パンラスク」になっていた。水分が完全にぬけて、カラッとしてめちゃめちゃ美味しそうなラスクが完成していた。

「これは発明してしまった!」と1人で喜びながら、「食パンラスク」を1口かじる。



おいしい。



メチャメチャおいしかった。食に関する幸福度がめちゃくちゃに下がっていたからかもしれない。だが、焼きたてのトーストをかみしめたあの味と、ザクザクゴリゴリした歯ごたえが完璧で、最高においしかった。

ヤバ食パンをラスクに変えることに成功したわたしは、その晩、残りの食パンをせっせとラスク化し続けた。



◻︎ラスク製造に慣れはじめた、ある日



食パンのラスク化を覚えてから、わたしの主食は「食パンラスク」になった。


初めは「温めすぎて、炭にしてしまうのでは」とビクビクしながらラスク製造をしていたのだが、数をこなせば慣れてくる。大体の焼きあがる時間を予測して、ラスクが出来あがるまで、スマホを見たり絵を描いたりする余裕ができてきたのだ。調子に乗って「このコスパでこんだけうまいなら、売れるんじゃね」と思った。名前は間違いなく「ドクズのラスク屋さん」だろうなと思う。なんもうまくないですが。





そんなある日のことだった。

わたしはその晩、自分が出展する絵のイベントの準備をしていた。同時進行で、明日のお弁当用のラスクを作っていた。

レンジのめもりをいつもの時間にセッティングし、食パンを置いて、スイッチを入れる。後は待つだけ。わたしはイベントの準備作業にもどった。




(……ここで言っておきたいのが、「人間に個性があるように、食パンにも個性がある」ということだ。

太ってる人や痩せてる人、筋肉質な人やヒョロヒョロの人がいるように、食パンもパンごとに「含まれている水分量」が違う。ラスクになりにくい子もいれば、なりやすい子もいるのだ。つまり、みんな同じ時間でラスクになってくれるわけではない。)





作業中、なんか焦げ臭いな、と思った。パソコンから顔を上げる。するとなぜか、部屋がモヤモヤしていた。
なにこれ、と思ってラスク製造機を見た。




レンジが黄色い煙をめちゃくちゃ吹いていた。




「ウワーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

作業に気を取られて、全くレンジを見ていなかったのだ。急いでコンセントを引っこ抜き(パニックになってた)、元凶の扉を急いで開けると、黄色い煙がブフォーーーーーーーーーーーーーーッと吹き出す。


電子レンジの中を確認してみると、食パンは炭になっていた。きれいに食パンの形をしていた。


部屋の中の煙(ド黄色・ヤバい刺激臭)はおさまらず、パニックになりながら窓とドアを開ける。そのタイミングで、今度は火災報知器が鳴りはじめた。当たり前だ。


そのときの時刻は23時30分。深夜である。窓とドアが全開のため、アラームが深夜の住宅街に響き渡った。ちなみに火災探知機のアラーム音は「スマホの緊急地震速報」と似ている。


完全にパニックになったわたしは、パソコン(仕事用)とスマホを持って部屋を飛び出し、119番通報した。


(……当時、恥ずかしながらわたしは、火災報知器の止め方を知らなかった。というか、パニックになりすぎて「火災報知器を止める」という発想が頭になかったのだ。)



◻︎消防隊員が到着した


パニックになりながら119に電話をすると、受付の方は冷静に「炎は出ていますか」「火災報知器はまだ鳴っていますか」とか色々なことを私に訪ねた。


冷静な人と話をしていると、こちらもだんだん冷静になっていく。たしかに部屋から炎は出ていない。煙は相変わらずすごいけど。「あ、これ、もしかしたら大したことないのかも」と、そこでようやく気づいた。


電話を切った後、「わたしみたいな人が、本当に火事で困ってる人の妨げになってるんだな、クソパニック人間だな」とすごい罪悪感に襲われた。当然の報いだ。


パジャマ姿の金髪がドアの前にしゃがみこみ、部屋から煙を出しながら火災報知器を鳴らしている。絶対タバコの不始末とか思われてるんだろうな、と、チラチラこっちを見てくる近所の人々を見ながら思った。タバコじゃないんです。ラスク作ってたんです。私はおいしいラスクを作りたかっただけなんですよ。



20分後、消防隊員の方が3名ほどきてくださった。



◻︎優しい隊員さんに救われる


なんとわたしの家は、消防署のめちゃくちゃ近所だった。運命だったのかもしれない。

電話の時点で「大したことない」と判断していたのだろう。消防隊員さんは、半袖Tシャツの制服に、手ぶらでいらっしゃった。



モックモクになった部屋と、止まらない火災報知器を見て、隊員さんは「火災報知器の止め方知ってる?」と訪ねてきた。


しらないです、と罪悪感で死にそうな声で答えると、ここのスイッチを押して、こうすれば止まるからね、と優しくボタンの位置を教えてくれた。やっと、火災報知器が止まる。安心して、涙が出そうになった。自分の情けなさに。


隊員さんの帰り際、わたしは、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした、と謝罪した。「いえいえ、何事もなくてよかったです!」と笑う隊員さんの優しさに救われた。「なんでもねえのに気安く呼ぶんじゃねえ!!!!俺たちは暇じゃねえんだバカ野郎!!!!!!」と直接言われていたら、1日は立ち直れなかったかもしれない。完全にパニック状態の時こそ、落ち着くすべを知っていようと深く反省した。



◻︎ラスク職人廃業・さいごに


そんなわけで、わたしはラスクを作るのをやめた。というより、レンジがブッ壊れたので作れなくなった。作ろうとも思わないが。


現在でもたまーに、あの食パンラスクの味を思い出すことがある。あの食パンラスクに、お好み焼きソースかけて食べるのごちそうだったな、とか、8枚切りを全部ラスクにして袋に入れなおしてたな、とか。たまにめちゃくちゃ食べたくなる。でもあの日、部屋に煙が充満した時の恐怖はすごかった。2度と体験したくない。


繰り返すが、電子レンジで食パンラスクを作るのは本当に危険なので、やめたほうがいい。あと、火災報知器の止め方をマスターしておくべき。1人暮らしの方は特に確認しておいたほうがいい。実際になった時は確実にパニックになる。



最後になりますが、深夜にもかかわらず、親切に対応してくださった消防隊員さん。本当にありがとうございました。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。そして近隣住民の皆さん、当時はお騒がせしてすみませんでした。

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中村一般

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コメント1件

餅をレンジにかけ続けると、米菓ができます。やり過ぎると燃えます。
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