『せかいのはじめ』台本公開

●公開にあたって

 こちらの戯曲は、2018年2月に、ロームシアター京都ノースホールにて、第3回全国学生演劇祭の参加作品として上演されました。こちらを公開することになったのは、年末にこの戯曲を4人の演出家で上演する企画をやることになったからです。この企画では、脚本の改編も自由です。作者である私自身も、結構書き換えています。それにあたって、元の戯曲を事前に読んだ方が、それぞれの演出家がこの戯曲にどう向き合ったか、どんな違いがあるかを、より楽しめるのではないか、と思いました。
 なお、本作品には引用文が数ヶ所含まれておりますが、上演においては引用箇所・引用元が観客の方に分かる形で上演しています。中村奏太

無隣館若手自主企画Vol.26 中村企画『せかいのはじめ』
2018年12月22日-30日 東京・アトリエ春風舎にて
公演詳細 http://www.seinendan.org/link/2018/11/6803
ご予約 https://komaba-agora.com/ticketsell/

●あらすじ

せかいのはじめ、そこにはなにもなかった。
俳優という身体が舞台という空間に飛び込んだとき、そこにひとつの世界が作り上げられる。
きっとわたしじゃなくてもよかった。でも、この世界にはわたしが立っていて、あなたが見ている。

はじめという女の子は、胎内で死んだ兄の生まれ変わりとして名付けられた。
それならわたしはいつから始まったんだろう。生まれるのはわたしじゃなくてもよかったんじゃないか。
それでもわたしが生まれて、こう考えるわたしがいて、世界はここにある。

はじまりとおわりをめぐる、世界と人生と演劇のはなし。


●せかいのはじめ 年表

2015年12月  金井達(コン劇)主宰 読み合わせキャス へ書き下ろし

2016年9月  東京学生演劇祭2016にて上演 団体:水道代払いたい 演出:杉原綾乃
友田健太郎氏より審査員個人賞を受賞

2017年3月  兵庫県立加古川東高校演劇部が上演

2017年9月  第4回大阪短編学生演劇祭にて上演 団体:元気の極み 演出:中村奏太
         最優秀賞を受賞し、全国学生演劇祭へ推薦。

2018年2月  第3回全国学生演劇祭にて上演 団体:元気の極み 演出:中村奏太

2018年12月 無隣館若手自主企画Vol.26 中村企画にて上演予定
演出:山内晶、木村恵美子、中村奏太、平田知之




わたしは客席に居る。他の団体の上演を観る。

色んな世界がそこで始まって終わっていくのを見つめる。

舞台上には白いテープで四角く大きく区切られた空間が作られていく。その枠の外に上演台本がひとつ置かれる。枠の中に、写真や本が散らかっていく。真ん中にはイスがあり、その上に『太田省吾 劇テクスト集(全)』が置いてある。

開演のアナウンス。

少しの間。

【(会場の写真が映し出されていく)】

ゆっくりと立ち上がる。

えー、本日はご来場いただき、まことにありがとうございます。元気の極みの中尾多福といいます。

ゆっくり歩き始める。今はまだ同じ世界に住んでいるひとたちの隣を通り過ぎていく。

えっと、この全国学生演劇祭なんですけど、今年で第3回目になるそうです。第0回も含めると、2015年から始まりました。そのころ、私は高校1年でした。第0回、第1回は8月に閉館された劇場、アトリエ劇研で開催されていたそうです。第2回からは、ここ、ロームシアター京都ノースホールで開催されていて、各団体45分以内の作品を上演しています。

この辺りで舞台と客席の境目あたりまで来る。客席に背を向ける。

それで、今から上演させていただくのは、せかいのはじめという作品になります。えっと、この作品は……

何を言ったものかと悩んだ様子をしてから、客席の方へとふりかえる。首から下げたストップウオッチを、首から外し、手に取る。

あ、じゃあ今から始めまーす。

そのまま少し後ろへ下がり、舞台と客席の境目を超える。ストップウォッチのスタートを押す。それとともに溶暗。ストップウォッチは枠外に置く。

5・4・3・2・1 せかいのはじめ

明かりがつく。

そこには、なにもなかった。

白いロープの枠外をそろりそろりと周る。

宇宙。……太陽。太陽系、惑星。

上演台本を拾う。

なにも、なかった。

少しスピードを上げて、ぐるぐると周る。ふと何かに気づく。

地球ができた。

枠内に小さくジャンプして入る。

枠内で動く。上演台本を置く。落ちている写真とか本を見たり見なかったりする。

水、空気、植物、砂、森、山、雲、大陸、土、生命、酸素、花、人間、石、文明、哲学、鳥、砂漠、宗教、川、馬、剣、傘、雷、畳、父の形見、屋根、文学、キス、沈黙、学校、窓、セックス、喧嘩、鉛筆、占い、掃除機、食器、布団、トイレ、フライパン、冷蔵庫、テーブル、イス……家。

『太田省吾 劇テクスト集(全)』を手に取る。

【太田省吾「更地」より】in

“……一人の男と一人の女、何人かの子供、食べたり寝たりするためのわずかな家具什器、家庭に必要なものはこれだけのものである。世界創造のはじめは丁度そのようなものであった。そして、世界創造のはじめから今日に至るまで、常にこれだけのものが家庭に存在しているのである。すなわち、一人の男と一人の女、それに何人かの子供と幾つかの道具……「おはよう」、朝目覚めたとき夫は妻にむかって言う。するとその時、それは初めての朝のようだ。長い夜が終わったのちに現れた最初の朝のようだ。”(1)

【太田省吾「更地」より】out

本を閉じ、置く。

あるところに、二組の男女がいました。一組は男の子をさずかり、もう一組は女の子をさずかりました。その男の子と女の子はすくすくと育ち、なんとなく出会って、うっかり恋に落ち、なんやかんやあって結婚しました。そして二人は子どもをさずかります。

……そう、きっとわたしが生まれる前、世界はそうだった。んー……そのように、世界があった、らしい。

溶暗。

え、えっ。

【5・4・3・2・1 わたしのはじめ】

明かりがつく。赤ちゃんの泣き声のように、

えーん。えーん。……え、ちょっと待ってください、あの、まだ始まってないですよね。

間。観客に向かっては話していない様子。

ほら、まだ、わたしはわたしじゃないっていうか、その、まだですよね、わたし始まってないですよね、

観客の存在に気づく。しばらく見つめる。なにか、恥ずかしくなったように、怖くなったように、

あ……

しばらくすると、少しだけ落ち着く。

えっと……わたし?

ほんのりと人が変わったよう。上演台本を持つ。

えー、わたしの名前ははじめです。今から、はじめの一生を演じます。でもこれは、物語ではなくて、なんでもない想像と、色んな本からの引用と、少しばかりの本当です。あ、じゃあ今から始めまーす。

溶暗。

5・4・3・2・1 わたしははじめ。

少しうす暗く明かりがつく。

♪Happy birthday to you. Happy birthday to you. Happy birthday dear わたし。Happy birthday to……

ろうそくを消すような動き。

明るくなる。

今日はわたしの一歳の誕生日。お母さん、お父さん、おばあちゃんが祝ってくれています。

はじめ、三人の会話を聴きながら、笑ったり変な顔をしたりする。

【母 もう一年だね。】
【父 もう一年か。】
【祖母 まだ一年だよ。】
【母 お腹にいたときからも、はじめちゃんはいたね。】
【父 散々お腹蹴ってたもんなあ。】

【(ハッハッ、うふふふ、などの笑い声で埋め尽くされる)】

うるせーなあ。……あ、どうも、はじめちゃんです。いや、わたし、ねむいんです。誕生日だかなんだか知りませんが、寝かせてくれません。でも、ばぶばぶえんえんとしか言えません。ていうか、誕生日ってなんなんですか。わたしはそんなもの知らないのに、何年何月何日何時何分に生まれた、とか決まっててさあ。きっと死ぬときもそうですよねー。ええ。まあ、今のわたしには、“わたし”なんてものは存在しませんけどね。ということは、わたしは生まれていないも同義ではないかと、わたしは思うのです。あれれ、思うわたしは誰でしょう。知りません。おやすみなさい。

『ハイナー・ミュラー テクスト集1』を手に取る。

【ハイナー・ミュラー「ハムレットマシーン」(岩淵達治、谷川道子訳)より】in

“母上に穴がひとつ少なかったらよかったのにと思う、父上がまだ肉体を備えていた頃。そうすれば私もこの世に生まれないですんだのに。”(2)

“私は母上、あなたをまた処女に戻してあげましょう、あなたの王が流血の婚礼をあげられるように。女の胎は一方通行路ではない。”(2)

【ハイナー・ミュラー「ハムレットマシーン」(岩淵達治、谷川道子訳)より】out

本を閉じ、置く。水の中を泳いでいく。

はじめ ママ―。
母の声 えっ!?
はじめ え?
母の声 え、はじめちゃん、いつ喋れるようになったの。
はじめ うーん、いつか。
母の声 あれ、パパは?
はじめ さっき死んだじゃん。もうこの世界にいないよ。
母の声 え、うそ。
はじめ 気にしなくていいじゃん、人間はいつか死ぬんだからさ。
母の声 ……。
はじめ 生まれるのも、死ぬのも、自分じゃ決められないしね。
母の声 でも、はじめちゃんも、死にたくないでしょ。
はじめ わたしはまだ生まれてないよ。
母の声 え。
はじめ えへへへ。生まれてもないし、死んでもない。だから、ママしか知らないんだ。

作文用紙と『〈子ども〉のための哲学』を拾う。

「わたしははじめ」。私は、夏休みに永井均さんの「〈子ども〉のための哲学」という本を読みました。この本の作者は、国語の時間にこんな内容の作文を書いたそうです。

【永井均「〈子ども〉のための哲学」より】in

“「世界中のあらゆる出来事は、ぼくというただ一人のために上演されている芝居にすぎない」”(3)

【永井均「〈子ども〉のための哲学」より】out

私もそのようなことを考えたことがあります。でも、もしそうだとしたら、私が死ぬとこの世界は終わるのでしょうか。私が死ぬ前はこの世界はなかったのでしょうか。私にとってはそうかもしれません。でも、きっとそんなことはないのです。宇宙だって地球だってきっとあるだろうし、みんなはこれからも生きていくし、戦争はあったし、築地小劇場はあったし、お父さんもお母さんもいました。だから、私はむしろ、世界中のあらゆることが本当で、あらゆる人が本物で、ただ私だけが世界のために上演されている芝居にすぎない、と、そう思います。

作文用紙を投げ捨てる。少年時代を背に、大人になっていく。

あの、えっと、小学二年生ぐらいのときのことなんですけど、まあ、なんとなく仲良い男の子と、虫捕りにいったんですよ。そしたら、もうなんか、小さい虫カゴに10匹ぐらいセミ入れてて、いや、かわいそうじゃんって言ったんですけど、でもなんか、セミなんて一週間で死ぬんだからとか言ってて、いや、それはひどいって思って、というか、一週間ってそれほんとなのかよって、幼虫のときも合わせたらもっとずっと長いじゃんって話で、しまいには幼虫はセミじゃないとか言い始めて、いや、確かに幼虫と成虫って全然違うから、わかるんですけど、でも、そんなこと言ったらわたしたちだって赤ちゃんのころと全然違うわけじゃないですか、だから、セミが成虫からしかセミじゃないんだったら、わたしたちはいつからわたしたちなんだよって言って、まあ、それで、その男の子とは将来結婚するんですけど、あ、じゃあ今から初めてセックスしたときを二人で思い出してるシーンやります。

『太田省吾 劇テクスト集(全)』を手に取る。

【太田省吾「更地」より】in


男 落ちるみたいに鳴いていた。蝉は今日を鳴いていた。鳴いて鳴いて鳴いていた。おれの呼吸は荒かった。
女 鳴いて鳴いて鳴いていた。あたしの呼吸は荒かった。荒い呼吸で目を閉じると、蝉が身体の全部にしみこんだ。
男 蝉でおれはいっぱいだった。蝉の声でおれはあふれていたんだ。
女 蝉でいっぱいのあなたの呼吸が聞こえていた。あたしの身体はあやふやになった。
男 おれは、あやふやなお前の身体に触った。
女 ……子供が生れたわ。
“(1)

【太田省吾「更地」より】out

本を置く。

……あの、わたし、小さい頃、自分が生まれたってことが、よくわからなかったんです。わたしにはお兄ちゃんがいて、でも、お兄ちゃんは、お腹のなかで命を落としました。そして、お兄ちゃんにつけるはずだった名前は、わたしにつけられました。はじめ。生まれ変わりだから、とか、言われたんですけど、なんだか、そう言われると、わたしっていったいなんなんだろう、わたしっていつから始まったんだろうって、そんな気持ちが、ぐるぐると頭のなかを駆け回りました。

チャイムの音。『現代文のトレーニング』を手に取る。

先生 あーい。起立、礼、着席。えー、現代文のトレーニング、やってきたかあ。第一章の一番はこれは太田省吾っていう劇作家・演出家の人の『演劇の時間』っていうエッセイね。……あー、はじめ、第3段落をドラマティックに読んでくれるか。
はじめ え、ドラマティック……って、え、まあ、はい、わかりました。

首をかしげながら後ろを向く。少しの間。大きく振りかえる。壮大な音楽。

【太田省吾「舞台の水」より】in

“劇場に人々がやってくる。そして幕が開き、芝居が演じられ、幕が下り、人々が散っていく。――あれは一体なんだったんだろう。演劇にはそう思わせるものがある。舞台を作る者と観客、その数百人の人々が劇場という一定の場所に集まり、一定の時間を共有する。これは何ごとかである。しかし、あとに残るものはなにもない。終わると同時にあとかたもなくなる。”(4)

【太田省吾「舞台の水」より】out

先生 はいはいありがとう。ところで、この授業はいつから始まったと思う。
はじめ え? えーと、チャイムが鳴ったときとか、先生が入ってきたときですかね。
先生 そうかそうか。そうすると、演劇ってのは、どうやって始まるよ。
はじめ うーん、始まりの音楽がなったり、幕が上がったり、役者が出てきたり、とか、そんな感じですかね。
先生 そうかな? じゃあ、これ、は、いつ始まったんだろうな。
はじめ これ、って?
先生 この劇場には幕はないし、始まりの音楽も鳴ってないし、役者だってずーっと前から客席にいたんだろう。
はじめ えっと、え、あ、でも、役者がほら、舞台に上がった時じゃないですかね。
先生 いや、お前にとってはどこからがどこまでが演劇の時間なんだってことを聞いてるんだ。稽古をはじめたときからかもしれねえし、お客さんにとってはチケットを予約したときからかもしれねえし、色々あんだろ。どうなんだ。
はじめ ……宇宙が誕生してから、ですかね。

チャイムの音。本を置く。少し歩き、『青い鳥』を手に取る。チャイムが鳴り終わると、ピッという音が鳴る。枠外にあるストップウォッチを見る。

【メーテルリンク「青い鳥」(堀口大學 訳)より】in

おばあさんチル (びっくりして)おや、あれなんだろう?・
おじいさんチル わしにもわからない。あの時計がなったものらしい。
おばあさんチル そんなはずはありませんよ。あれは今までに時を打ったことなんかないんですから。
おじいさんチル わしたちはもうずっと時間のことなんか考えなかったからねえ。だれかいま時間を考えたかい?
“(5)
【メーテルリンク「青い鳥」(堀口大學 訳)より】out

本を置く。ストップウォッチを手に取っている。

もう、あと○○分ぐらいなんですね。……突然なんですけど、わたしの将来の夢は、せかいせいふくです。せいふくといっても、力で人を支配するあれではありません。この、服の方の、制服です。わたしたちは生まれたとき、世界という制服を着ます。ですが、死ぬ時には、それを脱がなきゃいけない。私たち一人一人の一生は、世界が持つ長い時間からすれば、ほんの小さな存在に過ぎないのかもしれません。でも、少なくとも、そんなわたしが大きなこの世界という制服を着たことはきっと間違いなくて。わたしは世界を着て、世界はわたしに着られたんです。それはきっと、世界を征服したことになるんじゃないかな、って。夢はせかいせいふくです。元気の極み、第3回全国学生演劇祭参加作品「せかいのはじめ」只今より、開幕。

溶暗。

5・4・3・2・1 せかいのはじめ

ドンドンと音が鳴る。

【はじめです。】
【一人目のはじめです。】
【僕は生まれませんでした。】
【妹は生まれたんですね。】
【みなさんは、生まれたんですね。】

薄暗い明かり。『青い鳥』を手に取る。

【メーテルリンク「青い鳥」(堀口大學 訳)より】in


子供 (押されて)いやだ。いやだ。行きたくないんだ。生まれたくなんかないんだ。ぼく、ここに残っていたいんだ。
時 そんなことにかまっちゃいられん。もう時間だ。時間だ。さあ、早く前へ。
子供 (進み出て)ねえ、ぼくをやって下さい。ぼく、代わりに行きましょう。ぼくの両親は年をとっていて、随分前からぼくを待ちこがれてるんだって。
時 だめだ。それぞれ出ていくときは決まっているのだ。お前たちのいうことをいちいち聞いていた日にはきりがない。ひとりは行きたいというし、ひとりは行きたくないという。一方は早すぎるし、もう一方はおそすぎるのだ。
“(5)

【メーテルリンク「青い鳥」(堀口大學 訳)より】out

本を置く。

お腹のなかで死んだ赤ちゃんは、自分で、酵素を出して、溶けていくそうです。頭も、体も、ぐにゃぐにゃになって、ぐにゃぐにゃの、もう目を覚ますことのない赤ちゃんが、お腹のなかから、出てくる。自分で、酵素を出して、溶けて、いく。お兄ちゃんは、どうしてそんなことをしたのかなー、なんて、考えながら、死んだ後なんだから、お兄ちゃんの意思なんて、関係ないかー、って思いながら、そもそも、赤ちゃんには意思なんて、ないかー、って、思った。お兄ちゃんにとっては、せかいも、わたし、も、始まらなかったって、ことなのかな。

全国学生演劇祭のフライヤーを拾う。白い枠の上を歩いたりしながら、

中尾 せんぱーい!
先輩 どうしたー。
中尾 大阪短編学生演劇祭で最優秀とって、全国出ることになったんです!
先輩 え、すごいやん。
中尾 チラシ、これです。また観に来てください!
先輩 いくいくー。
中尾 やったー!
先輩 でもまさか全国とはなー。
中尾 いやー、びっくりでした。私高校のとき全国行けなかったんですよね。近畿までは行ったんですけど。
先輩 え、十分凄いやん。
中尾 えへへ。私が脚本書いて、役者もしてて、あ、作者の中村さんはその時に私の舞台観てくれてたんですよ。
先輩 へー、そうなんや。でもあれやな、その時の雪辱を晴らしたね。
中尾 はい! 高校のとはまた違いますけど、全国の舞台、なんて、そうそう踏めるもんじゃないですし。だから、今こうしてここに立つことができてるのも、凄いことなんかなー、って。
先輩 ん、ここって?
中尾 あ、えっと、あの、今のわたしの気持ち的にはっていうか設定的には大学で劇団の先輩に宣伝してるっていう感じなんですけど、からだはほら、今、本番真っ最中だから……

客席のほうを向く。

本番真っ最中に、わたしは、いる。わたしは、ここが、好き。ここは、劇場で、ここは、舞台で、光が照らしていて、音が鳴って、映像が映し出されて、役者が、動いたり、喋ったり、する。目の前には客席があって、お客さん、他の参加団体の人たち、審査員の方、演劇祭のスタッフの方、色んな人が、わたしを見ていて、そして、わたしが見ている。演劇祭が終わると、ここには、誰もいなくなる。あとかたもなくなる。そのあともこの劇場はここにあるし、きっと来年もこの演劇祭はあるだろうし、ここにいた人は生きていく。でも、形あるものは、いつか消えていくから……

【(アトリエ劇研の写真)】in

後ろを向く。

第0回全国学生演劇祭。相羽企画、劇団しろちゃん、劇団西一風、コントユニット左京区ダバダバ、劇団冷凍うさぎ、東北大学学友会演劇部。
第1回全国学生演劇祭。劇団未踏座、演劇ユニットコックピット、poco a poco、劇団しろちゃん、劇団サラブレッド、劇団ACT、かまとと小町、創像工房 in front of.、プリンに醤油。

【(アトリエ劇研の写真)】out

それぞれこの空間で上演されていたことに思いを馳せて、

第2回全国学生演劇祭。劇団宴夢、劇団西一風、南山大学演劇部「HI-SECO」企画、劇団カマセナイ、劇団なかゆび、一寸先はパルプンテ、シラカン、劇団マシカク、岡山大学演劇部、幻灯劇場。
第3回全国学生演劇祭。喜劇のヒロイン、ヲサガリ、砂漠の黒ネコ企画、三桜OG劇団ブルーマー、はねるつみき、LPOCH、劇団宴夢、フライハイトプロジェクト、楽一楽座、元気の極み。

わたしは、1998年11月23日生まれです。ここ、ロームシアター京都は2016年にリニューアルオープンしたそうです。

カランカランと玄関の扉が開く音。

ただいまー。

この家って、あなたって、わたしが生まれる前からあったのよね。だから、あなたは、ぜんぶ知ってる。わたしがどうやって生きてきて、どんなことを考えて、今、どんなふうに生きているか。そりゃあ、わたしが誰かといた時間は、その人が知ってるかもしれない。でも、わたしが一人になってからの生活は、あなたしか知らない。ぜんぶ、知ってるのよね。わたしがもうすぐ、終わっていくことも。

掃除機、食器、布団、トイレ、フライパン、冷蔵庫、テーブル、イス……

ふと、「〈子ども〉のための哲学」を見つけて、手に取る。何かを思い出したかのように、劇場を見まわして、客席を見つめて、

ぜんぶ、知ってるんですよね。わたしがもうすぐ、終わっていくことも。

ゆっくりと後ろへ歩いていきながら、

【太田省吾「更地」より】in

男 ……オシメしてたんだ、な、おれたち。おもしろいな、な、おもしろいだろ。
女 ちょっとね、おもしろいわね。
男 いや、かなりおもしろいよ。なかったんだからな、生れてくるまで、この世は。
女 あたしたちにとってはね。
男 うん……そりゃあることはあるんだが、なかったんだから。
女 ……うん。
男 手伝ってくれるか。
女 なに。
男 なにもかも、なくしてみるんだよ。
“(1)
最初と同じように、椅子の上に『太田省吾 劇テクスト集(全)』を立てて置く。

【太田省吾「更地」より】out

溶暗。

5・4・3・2・1 わたしのおわり

私一人を照らす灯りがつく。会場の写真をめくっていきながら、

随分と長い間生きてきました。何十年もの時間であったのか、それとも、たった数十分にも満たない時間であったのか。もう、はっきりとは、わかりません。……わたしは、もうすぐ死にます。このわたしという存在は、まるではじめからなかったかのように、この世界から消えていきます。そのときもまた、はっきりはしないのでしょうね。きっと、眠るときのように、気づいたときには眠っていた、というふうに。もちろん、もう気づくことなんて出来ないのですが。……というと、生まれた時も、はっきりしないものですね。いつどこで生まれたのか、それは分かっています。でも、わたしは気づけばわたしになっていて、わたしを担っていて、それから、わたしとして生きていくわけですね。

後ろを振り返り、

いえ、生きてきた、わけですね。

客席の方へ顔を戻す。ここで役者の写真か舞台写真が一番前になる。

もうすぐ私は終わります。それでも世界は続きます。

自分の写真以外が床に落ちていき、自分の写真を破る。それとともにゆっくりと溶暗していく。

ストップウォッチを拾い、白ロープの枠外へ出る。明かりがつく。カーテンコールのよう、おじぎをする。

えー、本日はご来場いただき、まことにありがとうございました。僭越ながら、キャスト紹介をさせていただきます。えー、中尾多福。ありがとうございました。

もう一度おじぎをする。

あの、みなさん、演劇って、面白いと思いますか。

客席にいるひとりひとりを祝福するように、

だから、わたしは演劇が好きです。

間。

せかいのはじめ、わたしはそこにいましたか。

ストップウォッチを見て、

それではそろそろお時間です。……あ、じゃあ今から終わりまーす。

溶暗。舞台と客席の境界を超えながら、

5・4・3・2・1 せかいのおわり

明かりがつく、とともに、

おはよう。

ストップウォッチを止める。

○○分○○秒。

会場の外へと去っていく。

(引用文献)
1. 太田省吾(2007)『太田省吾劇テクスト集(全)』の『更地』より(早月堂書房)
2. ハイナー・ミュラー著 岩淵達治、谷川道子訳(1992)『ハムレットマシーン』(未來社)
3. 永井均(1996)『〈子ども〉のための哲学』(講談社)
4. 太田省吾(1993)『舞台の水』(五柳書院)
5. メーテルリンク著 堀口大學訳(1960)『青い鳥』(新潮社)

中村 奏太(なかむら かなた)著
連絡先 kanatakanata2002@yahoo.co.jp

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