悔しくて泣きました

どうも。ご無沙汰でした。
大阪から瀬戸内海の離島家島に移住した中西です。

今日は島の高校で授業をしてきました。これまで、おそらく100回以上は話してきた島での取り組みについてお話しました。
プレゼンで失敗したことも、コンペでスベったこともありましたが、これほどまでに伝えることが出来なかったのは初めてで、その悔しさに、家に帰ってきて泣きました。

担当の教員の方からお題は頂いていたので、それに沿ってお話しましたが、姫路から通っている生徒がほとんどということもあり、なかなか伝わらなかったようです。
また、こちらが話していても私語や居眠り、退屈そうな態度もあり、また、問いかけても反応は薄く、心が折れそうになりました。
これではいかん!と思い、修正しようとグループワークを取り入れましたが、これが裏目に出て、口は動くのに手は動いていないという状況があちこちで見られました。

しかし、決して僕は彼らを責めているわけではなく、自分自身を振り返ってみても学生の時は「早く帰ってゲームしたい」としか思っておらず、「生徒が退屈そうにしているのは先生が面白くないからだ」と思っていたので、その過去の自分に対する腹立たしさや情けなさもありました。

生徒たちが先生にタメ口をきき、それに先生が何の抵抗もなく応じることもどこか釈然とせず、また休憩中に発せられる「この授業、2時間は長いわー。」や「だるいー。」といった類の授業評価の言葉は辛いものでした。
彼らに高校生レベルの理解力がなかったと決めつけることは簡単ですが、それはそれとして彼らにわかるような伝え方をしないといけなかった。
もっと入念にリサーチしておけば準備できたはずだという、その歯がゆさや自分の無念さについても胸が苦しくなりました。
もちろん全員が全員こういった態度ではなく、中にはこちらの意図をきちんとくみ、グループワークの最後に立派に発表してくれた生徒もいました。
しかし、その数はあまりにも少なく満足いくものではありませんでした。

この高校の評議員をしていることもあり、先生方は非常に奮闘されていることも知っています。
そのために、授業前には、もっとこの高校が地域に開かれたり、キャリア教育を実践していければなという夢も見ていただけに、現実とのギャップに自分の無力さを痛感しました。

また、正直に言って、ここには自分の子どもは通わせたくないと思いましたが、地域の大人として、教育者として、果たしてそれでいいのだろうかという気持ちと、しかし現状を変えていくための何の手段も策も持っていないというジレンマもありました。

伝えることや教育の難しさを感じつつ、様々な気持ちが入り混じって、悔しくて泣きました。
まだまだ修練が足らないことを自覚しました。

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島暮らし8年目の記録

これまでの暮らしの中で気づいたことなどをつらつらと。
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