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Butterfly Effects初回は大成功だった

(サムネイル画像は初回じゃないです。初回のは忙しくて残ってない。こんなもんじゃなかったです)

僕のSNS遍歴を辿ってみると「Tumblr→Twitter→Facebook」の順番でした。

Tumblrと言えば、しばらくの間エロ画像やエロGIFやエロ動画。とにかくエロいオカズを探すようなものになっていたけれど(つい最近まで)、短い文章で何かを発信する事が出来るというのはとても画期的な事だと思った。

その前にマイスペースやmixiなんてのもやっていたけれど、アレはなんだかご愛敬という感じもしますが…どうだったのでしょう?

僕がブログを始めたのはそれらSNSなどを経由した後の事の話。順番逆じゃん、って感じ。僕はもっと早くブログをやっていた方が良かったかもしれないタイプの人種なのかもしれない。

なぜSNSの話をしたかというと、それが今の音楽活動につながっているから。

僕が20代前半くらいの頃はmixiとかマイスペースの時代だったりもして、それ経由でライブのブッキングっていうのもありました。

僕はクラブが好きで、よく遊びに行ったのだけれども、ライブハウスがオールナイトの時間帯でイベント打つ、あるいはクラブ化出来ないか?という模索が始まりつつあった時期だったので、僕のようなタイプのアーティストはライブハウスのブッカーに目が止まりやすく、その流れでライブの活動が増えたりしたものでした。「ナカノさん、ロックっぽいから」という理由だけで、無茶なブッキングをしていただいた事もありますが(笑)。ライブがきっかけで某大手の子会社の人から声がかかったりして、それなりに面白い時代だったようにも思います(結局その人とはケンカっぽくなったような気がするけれど)。

渋谷での活動がメインだったのですが、暫くするとみんなバラバラになっていって、ライブをしようなんて誰も言わなくなりました。

そして、クラブは好きだったけれどもDJをやる気は殆ど無かった。

僕は音楽を作ることの方が好きだった。DJをやろうなんて思いもしなかった。というか「正直めんどくさかった」。よくよく考えてみると「なんとなく、この世の雰囲気を破壊したくて表現活動をしてるのに、空気読むようなことしなきゃいけないのはなんでだろ?」って。これについては未だに思っていることだったりします。「楽しい空気を破壊するわけにもいかないからね・・・」みたいに振る舞ってるところがある。それは正直に書いておこうと思います。

ともかく。ライブからも遠ざかって、気が向いたら曲を作ったりしてました。やってた活動はそれをネットに上げるだけ。海外を通じてiTunes Storeに配信するってのもやりました。かなり早かったと思います、僕。

仕事も忙しくやりがいがあったから、音楽活動としてやっていたのは本当にそれだけ。面白いもんですが「仕事も忙しくやりがいがあった状況」でも、音楽だけはティーンの頃からずっと続けているんですよね。

大学卒業以前に一度音楽を完全に諦めた事もあるんですが、それはまた別の機会に。

作った作品はネットを通して発表し続けていたのすが…Twitterを始めた頃から「DJやらないか?ライブやらないか?」みたいなお話をくれる人が出てくるようになりました。僕はその頃、自分の音楽を作ったり、BGMを作るという方向性もある事に気がついた時期だったので、実はめんどくさかったです(笑)腰が重いんです。

ですが、何が起こるかなんてわからないもので、とある人にTwitter経由で誘われて亀戸バーニーズでパーティーDJをやる事になったのです。2年くらい声かけてもらってました。2年も誘われてたのに顔を見た事がないというのはとても不思議な感じでした。2ちゃんとかも全然通過してないからオフ会なんてのも全然知らなかったですしね。

始まっちゃえば不思議なもの。多分もう参加するのは7年目くらいに差し掛かっているのだと思います。こないだ溜まりに溜まったものが出ちゃったから今後どうなるかわからないけれども、知り合った友人はやはり大切にしたいと思っています。

・・・

亀戸でのパーティーはツキイチでやっているのですが、何年か経ったとき、パーティーを終えたある日の朝。ブンブンサテライツが最後のボーカルレコーディングを終えた、というツイートが流れてきました。ブンブンサテライツは僕にとっては敬愛してやまない存在です。

それを読んだ僕は「もう一度何かやってみたくなった。協力しくれないか?」と、帰りの電車の中で、友人に話した事を今でもよく覚えています。その頃、何か行き詰まりを感じていた時期だったので背中を押された格好になったのです。

そこで連絡したのが渋谷のWhite Space Lab。45000円くらいで借りて、イベントをやってみる事にしたのです。まだこの頃は界隈で何のツテもなかったから全く手探り状態のスタートでした。蓋を開けてみたらDJ3人とお客が2人。そんな感じで「大失敗」。大失敗のイベントでした。

イベント自体は失敗だとしても、そこでいいDJが出来ると、その後お店のパーティーにも声がかかるようになるんですよね。渋谷のお店でチョイチョイDJをやるようになったのです。自然に仲間も増えていったし、面白いブッキングも増えてくるようになりました。ブッキングと言っても集客シフトでライブハウスのチケットノルマと比べると随分ヌルいですけど。ノルマは達成しなきゃならない!っていう習慣が身についちゃってたもんで、集客がダメな時は飲酒量が増えてしまった、ってのもあるんですが…まあそれは別の話。ヒップホップはそれが残っているというから、大変だな、って思います(笑)。

White Space Labで遊んでいたある日。「パーティーやりませんか?オーガナイザーやりませんか?」という話をいただきました。数秒悩んだのですけれど「自分の満足いくようなパーティーって全然ないな」って不遜にも思っていたから、すぐに受ける事にしました。我ながら「相変わらず…」って感じです。

正直オーガナイザーなんてめんどくさい。僕はコンポーザーでプレイヤーでありたいだけの人間だし、可能なら凝り固まった空気なんてものは破壊したい気持ちでいっぱいの人間なんですから。

けれども、オーガナイズすること自体にその役割があるのではないかな?と思ったので、自分の場所を作る事にしたのです。本当に空気を破壊できているかどうかはわかりません。けれども、その時は「自分が作りたい場所」を作る事が本当に大事だったのです。

同時期。バーニーズの同士とは別に、某DJキメラ氏に声をかけられて、共に散々な目にあった友人がいるんですが(笑)それもタイミングがよかった。「これじゃいけないよね」っていうテンションになった。そして彼は人脈を作るのがうまいタイプだった。

始める事にしたパーティーは「Butterfly Effects」。BTEの前身パーティーです。コンセプトとしては「オールナイトでテクノやハウスをかけるパーティー」というもの。

ありきたりのような気がするけれど、ありきたりな事を当たり前にやって成功させなきゃ意味がないところもあるような気がするんですよね。

DJの選定にはかなり気を配りました。この人は経験は少なそうだけど音楽性はいいな、とか、この人は夜遊び慣れてるな知ってるな(つまりDJも良いな)、とかそんな感じ。流れにも気を配りました。まずは音楽性と一晩の流れを決める事が先。フライヤーなどのビジュアルイメージを決定する事も大切。

そこまで決まればあとは集客。当たり前のことなのですが、ひたすらいろんなところに足を運んでいろんな人に会いました。話をしました。連絡先を交換しました。とにかく好きな音楽の話とかをたくさんしました。そして、人脈を作るのに長けた同士にも相当手伝ってもらった。とにかく、ひたすら色んなところに、いろんなパーティーに出向いて、DJもしたりして人に会いにいく。コレだけを徹底的にやっていました。メッセには必ず速攻で返事をするなど、とにかくそういう事をたくさんしました。細かいことは全く覚えてなくて、ただひたすらそういう感じで2ヶ月を過ごしていました。

ここには方法論なんて何もなくて「単なるドブ板戦法」。

始まってみれば、パーティーは大盛況。色んな人が遊びに来てくれて、その様子を見た外国人観光客が入ってきて「人が人を呼ぶ」というような理想的な小箱の状態になっていったのです。

バーニーズで何となく教わった事もやりました。知り合いのお客がお店を出る時は入り口までお見送りをするとか徹底的にやったのです。そういう事が次につながるのではないかな?と思って。とにかく「お店側の人間である気持ちになってやれる事は徹底的にやった」そういう感じでした。

そんな感じで初回のButterfly Effectは大成功。終わった途端に僕は熱を出して3日くらい寝込んじゃいました(笑)。アル中の弟の事もあったし、母の介護のこともありましたしね(笑)。

「これじゃ、全然もたないな・・・」と思ってしまったので、ペースを落とした途端に2回目の集客はダウン。

それからというもの好不調の波を繰り返しながら、初回の盛況を超えられないまま現在に至っている、というのが現状です。が、Butterfly Effectsは沢山の人々の協力をいただきながら確かな第一歩を踏むところからスタートしたのは間違いのない事実だと思っています。

が、「これでいいのかな?」という気持ちは強いです。

最初に書いた「マイスペース」の話ですが、アレはすごく面白くて「青山〜渋谷〜代官山をジャックしちゃおう」って話が持ち上がったのです。僕の知らない人ばっかりでしたが、関係者が集まって「みんなでやろうぜ」ってミーティングしてたんです。

今はもっと便利なSNSの時代なのに、そういう繋がりをあんまり感じられないのって僕だけでしょうか?ほんとに一部の人たちがそれぞれでやっちゃってる感じがある。平たく言えば「タコツボ」です。アノミー状態。僕のパーティーにも遊びに来てよ〜って言ってるだけなんですね。

また、渋谷の空気で言うならば。

文化村からエイジアに向かう途中。花魁の隣にゴールデンボールっていうお店あるじゃないですか?あそこには外国人がいっぱいいるんですよね。そりゃそうだと思う。楽しそうだもん。

数だけなら大箱のとかのが多いかもしれないけれど・・・なんのしがらみもない外国人観光客からしたら「ゴールデンボールのが楽しそう」って事。

それに全然勝ててないのが事実って事をもっと考えた方がいいと僕は思っています。日本人は音楽聴かなくなったとか、コミュニティビジネスが大事だとか、色んな言い方があるけれども、あの魅力に全く勝ててない。そう思っています。

SNSに閉じこもるなんてバカみたいな気もしますが、本来なら見知らぬ人間に出会う可能性が高いツールなのだからもっとオープンに効果的に使わなければ(その分危ない事もあるから気をつけてね)。

初回Butterfly Effectesは大成功だった。けれども集客の戦法は「ドブ板」だった。箱付きのお客さえつける事が出来なかった。

僕は、僕自身は。活動を再開した頃の初心をもっと取り戻した方がいい。インターネットで出来る事はまだまだあるはず。コミュニティビジネスもかなり一周してしまったのではないか?何か新たな出会いを増やす事はできないか?

僕はそういう風に考えています。

最後に。

言いたい事を主観的に書き殴ったような気がしますが、ひとつだけ間違いない事は「DJは楽しい」ってことなのです。

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