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漫才台本「気分はいつでも時代劇」

夢路いとし「愛知県へやって参りました」
喜味こいし「人間の体を日本列島に例えると、愛知県はちょうど、体の真ん中のヘソの部分やね」
い「ヘソの部分は、岡山県とか広島県でしょう」
こ「岡山県とか広島県がヘソ?」
い「ヘソ内海て言うやろ」
こ「瀬戸内海や!……まあしかし、日本の真ん中に在るだけあって、愛知県からは、偉人もようけ出てるわな」
い「イジンというと?」
こ「偉い人の事を偉人て言うねん」
い「とすると、私もイジンですね?」
こ「偉人違う、君はオジンやないか」
い「……聞かなんだら良かった」
こ「愛知県というところは、男性には偉人が多いし、女性は美人が多いね」
い(客席を見渡し)「とすると、ここは愛知県の会場と違うことになるね」
こ「愛知県や!」
い「見渡しても、美人多ないで」
こ「たまたまそうなっただけやねん」
い「実は、うちの嫁はんも愛知県の女性でしてね」
こ「君の奥さん、愛知県の人やったん?」
い「うちの嫁はんの口癖で、愛知県やとわかるでしょう」
こ「君とこの奥さんの口癖というと?」
い「私にいつも嫁はん言うてるやろ」
こ「嫁はんが君にどう?」
い「『アイチてるよ、アイチてるよ』」
こ「アホな!」
い「君とこの奥さんは、愛知県の隣の岐阜県の人と違いますか?」
こ「なんで岐阜やとわかった?」
い「この前、踏んだら『ギフ―ッ!』いうて、呻き声あげたから」
こ「アホな!うちの嫁はんはカエルやないねん」
い「愛知県からは、どういう偉人が出てるのか教えてくれるか?」
こ「戦国時代の偉人が特に多いね。……例えば織田信長」
い「織田信長!?」
こ「この人が尾張の人や」
い「そんなええ加減なこと言うたらいかんわ」
こ「何がええ加減やねん?」
い「愛知県からは偉人がようけでている言うときながら、織田信長の名前を一人あげただけで、オワリいうのはええ加減やないか」
こ「違うがな!尾張というのは、愛知県の地名や」
い「なるほど、地名ね」
こ「三河からは徳川家康。そして、豊臣秀吉も愛知県出身ですよ……三人とも天下を取ってるねん。凄いやろ」
い「……そんなん、この私かて、『天下を取ってるやろ』と思たことぐらいはあるねんで」
こ「ホー、君が天下とかい」
い「ところが、天下というのは、そう簡単に取れるもんと違ごた」
こ「そらそやろ」
い「とりあえず、天下を取る前に、天ぷら屋から、天かすを取って我慢しまして」
こ「天かすてかい!?」
い「それでも『いつかは天下を取ってやるぞ!』と思てるうちに、天下取れずに、トシとりました」
こ「情けないな!まあしかし、信長・秀吉・家康の物語は、昔から映画とかドラマでやられてるけど、いつ見ても面白いね」
い「なんで面白いかと言うと、……信長・秀吉・家康のドラマは、君とこのすき焼きの肉のようやからですよ」
こ「うちのすき焼きの肉言うと?」
い「スジがしっかり通っている」
こ「アホな!……戦国物に限らず、時代物というのは、子供の頃からの大ファンやったからね」
い「私も、時代物の大ファンですよ」
こ「私の子供の頃いうたら、映画と言えば、ほとんどが時代物やし、子供の遊びというとチャンバラごっこや」
い「そら時代劇ファンになるわな」
こ「君の子供の頃なんか、映画を見に行かんでも、まだ皆チョンマゲ付けて、町のあちこちで、本物のチャンバラをやっとったらしいやないか」
い「私は江戸時代の生まれやないねん!」
こ「時代劇の一番の魅力は、主人公が豪快に悪人をやっつける爽快さやね
い「そうかい」
こ「……そして、時代劇は勧善懲悪と決まってるやろ。そういうところが安心して見れるわな」
い「わかるねぇ」
こ「わかるねぇて……勧善懲悪てどういうことかわかってるか?」
い「酸素が不足して、一酸化炭素が発生することやないか」
こ「そら不完全燃焼や!……最後は必ず正義が勝ち悪が滅びる……これが勧善懲悪や」
い「そやけど私、時代劇を見ていて、時々疑問を感じることがあるんです」
こ「ホー、どんな疑問を?」
い「時代劇いうのはだいたい、主人公が悪人とその家来をバッタバッタと切り殺していくやろ」
こ「それが爽快やねん」
い「そうかい」
こ「シャレはええねん!」
い「主人公が勧善懲悪とか悪代官を斬るのは、ええとしましょう」
こ「勧善懲悪ですからね」
い「ところが、その家来まで、バッタバッタと殺すのはおかしいの違うか」
こ「どうしてやねん?」
い「上司が悪人やからというて、その部下までが悪人やと限らんやろ」
こ「……そらそうやけどな」
い「ほんまは、主人公と斬り合いなんかしたくないけど、やらな給料貰えへん思てやってる家来もいると思うねん」
こ「……あのな」
い「そんな家来を簡単にバサッと斬り殺して、正義の味方やと言えるか?……その家来には、嫁はんや子供もおれば、年老いた親もいるかもわからへんねん」
こ「……君、そんなことまで考えながら、いつも時代劇見とんのかい!」
い「はい、時代劇を見る度に、気持ちが暗くなってきましてね」
こ「ほな見るな!……実は私も、時代劇に疑問を感じているところは、ちょっとはあるんですけどね」
い「ホー、君の疑問というと?」
こ「斬り合いになった時、悪人側の家来いうのは、斬られた時、簡単に死にすぎると思わへんか」
い「そう言えば、悪人側の家来は、一回斬られただけで」(目をむき)『アーッ!』バタンで終わりやわな」
こ「『アーッ!』もないぞ」
い「普通は人間、あんな簡単に死ぬもんやないわな」
こ「そう思うやろ」
い「なんぼ悪人の家来でも、刀で斬られた時は痛いがな」
こ「ほな斬られた後、ちょっとは痛がって、のたうちまわるとか、そういうシーンもあってもええやろ」
い「わかるわかる『痛い痛い痛い!』と大騒ぎするとか『救急車呼んでくれ!』と叫ぶとか」
こ「時代劇に救急車はないやろ!……その反面、正義の味方側の人間は、例え斬られたとしても、死ぬまでに時間かけよるねん」
い「なかなか死なんね」
こ「斬られた人間を、主人公がこう抱きかかえましてね」
い「あるある、そういうシーン」
こ(抱きかかえる姿で)「しっかりしろ弥之助!今ここで死んでどうする!……お前の故郷では、おふくろさんや、おみよちゃんが、お前の帰りを待ってるんだよ。……元気を出して、故郷の木曽へ帰るんだ!」
い「♪(木曽節を歌う)♪……大丈夫、BGMで歌が流れている間は死にまへん」
こ「『……弥之助!…しっかりしろ、おい、ヤノスケー!!』」
い「……この間、悪人側の人間はいつもおとなしく、そばでじっと立って見てるだけですから不思議ですねえ」
こ「立って見てんことには、場面が盛り上がらへんねん」
い「実は、我が家では週に一回、時代劇の日、いうのを設けてましてね」
こ「時代劇の日?」
い「はい、この日だけは、家事のあらゆることを、時代劇風にやろやないかと決まってまして」
こ「おもしろいやないか。で、その時代劇の日の朝、君が目覚めるわな?」
い「その日は嫁はんは『あんた!早よ起きんかい』なんて言い方を私にしようらんよ」
こ「どういう言い方するの?」
い「上様、お目覚めでございますか」
こ「上様て!将軍様扱いにしてくれるんかいな」
い「時代劇の日には必ず『上様』と呼んでもらえるとは限らんけどな」
こ「というと『上様』と呼んでもらえるのは?」
い「家に給料を入れた翌日に来る、時代劇の日だけや」
こ「ほな、ほかの時代劇の日は、朝、君の事を嫁はんはどう呼ぶの」
い「『無頼人、夢路いとし君、起きませぇー!』」
こ「罪人扱いかい!えらい違いやな」
い「時代劇の日は、電気製品とかガスとか電話は一切使えない。と家族で決めてましてね」
こ「徹底してるとこが面白いやないか。しかし、そんな日に、もし家に泥棒が入ったりしたらどないするねん。一一〇番の電話ができないわけやで」
い「そんなときは、呼び笛をピー!ピー!て吹くねん」
こ「呼び笛を吹くてかい!?」
い「ほな近所の交番のお巡りさんは、うちが時代劇の日やとわかってくれるから、十手持って『御用だ!御用だ!』言うて、かけつけてくれるねん」
こ「そんなアホな!しかし、面白そうやから、うちも時代劇の日いうのを作ってみよか」
い「時代劇の日、いうだけと違ごて、毎回毎回テーマを変えていったら、もっと楽しいですよ」
こ「毎回毎回テーマを変えるというと?」
い「同じ時代劇の日でも、水戸黄門の日とか、将軍吉宗の日とか、大岡越前の日とか、変えるねん」
こ「なるほど、ほんでその主人公に、私が一回なるいうわけやね。おもろいがな、それやろう」
い「時代劇の主人公といっても、最初は君のやりやすいものから入った方がええわな」
こ「私のやりやすいものというと」
い「まずはねずみ小僧の日からやろか。で、石川五右衛門の日になって、弁天小僧の日といこか」
こ「泥棒ばっかりやないか!なんで泥棒が私のやりやすいもんやねん」
い「桃太郎侍の日なんか、君、すごく楽しいの違うか」
こ「桃太郎侍の日、よろしいねぇ、その日一日は、私は桃太郎侍で過ごせるわけやろ」
い「そうそう?」
こ「決まりのセリフも言えるわけや」
い「ひとーつ!」
こ「ひとーつ!」
い「ふたーつ!」
こ「ふたーつ!」
い(ご詠歌になって)「みつや、ヨー!」
こ「ご詠歌になっとるやないか!」
い「君とこの一家にとっては、水戸黄門の日が一番やりやすいし、生活の足しにもなるの違うか」
こ「水戸黄門の日ということは、もちろん私が黄門様になるわけやね?」
い「そうそう、二人の息子に、助さんと格さんになってもろて、君は杖つきながら、近所をほっつき歩くわけや」
こ「黄門様気分でやな……三つ葉葵の御門の印籠を見せてまわるわけやな、気分ええやろなあ『この紋所が目に入らぬか!』」
い「ほな、それ見た近所の人が『こいっさん所、とうとう親子でおかしくなってしまた』言うて、同情して、百円を投げてくれるねん」
こ「ええ加減にせいよ!人から同情されてどうするねん」
い「眠狂四郎の日いうのはどうですか、これは君も一日楽ですよ」
こ「眠狂四郎の日……私がその日一日眠狂四郎の日になるわけやろ」
い「そうそう、楽ですよ、その日一日眠ってたらええだけやから」
こ「……一日眠ってるから、眠狂四郎かい!?」
い「一日眠るのは嫌ですか?」
こ「当たり前やないかい、折角の時代劇の日やないかい。眠るのなんか無しで、起きていたいわい」
い「起きていたい?」
こ「当然のことやろ」
い「わかりました。君とこの一番最初の時代劇の日はオキタ総司の日にしましょ」
こ「もうええわ!」

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