見出し画像

漫才台本「現代お巡りさん事情」

夢路いとし「毎日の新聞を読んでいて思うんやけど、相変わらず犯罪というのは絶えませんね」
喜味こいし「ほんまやね」
い「特に、都会に犯罪が多いね」
こ「それも大都会に多いがな」
い「余り無人島で殺人事件が起きたなんて聞いたこと無いでしょ」
こ「起こるわけないやろ!」
い「都会に住むと人の心が汚れるわけですかねぇ」
こ「それはあるやろね。うちの嫁はんの田舎の実家なんか、この何十年間、家に鍵なんかかけたことないちゅうからね」
い「貧しい実家なんですね、壊れた鍵の直し代も無いて……」
こ「違うがな!悪いことする者がおらんから鍵かけんでもええねん」
い「なるほど」
こ「鍵をかけんでも、一回も嫁はんの実家には泥棒が入ったことない」
い「実家から泥棒が出る方ですか?」
こ「出るかい!」
い「純情なんですね。私も田舎にいた頃は純情な男やったけどねぇ」
こ「ほな都会へ出て来てからかい、純情な男から便所みたいな男に変わったんわ」
い「便所みたいな男て……」
こ「今の君は確かに純情とは言えんわな」
い「犯罪でもやって一発大儲けしたろかなと思たこともあったからね」
こ「犯罪でもやってて、君がそんなことをかい?」
い「思たけど、やる勇気が無かって、犯罪やらずに漫才やってまして」
こ「……それでええねん」
い「考えてみると、今までに何の法にも一切触れることをしたことないいう大人ておらんの違うか」
こ「アホなこと言うな。この私自身、今までに法に触れるような悪いことしたことないがな」
い「と思てるだけやろ。ところがしとんねん」
こ「私がどんな法に触れることをした言うねん!?」
い「君、いつもこの顔で街歩いてるね」
こ「当たり前やないか」
い「厳密に言えば、その行為は公害防止法に触れるかわからんのやで」
こ「……私がこの顔で街歩いて、なんで公害防止法に触れなあかんねん!」
い「君、時々嫁はんの財布から金ちょろまかすことあるやろ」
こ「時々あるよ」
い「厳密に言えばそれ窃盗罪やで」
こ「なんでやねん。嫁はんの金というのは元々私の金やで、自分の金を盗んで何で罪になるねん」
い「ほな銀行へ通帳で預けた自分の金、包丁持って引き出しに行って罪にならんと言うんか?」
こ「それとこれとは全然別や!」
い「立ち小便ひとつにしても、厳密に言えば軽犯罪法に触れるんやで」
こ「私は立ち小便なんかしたことない」
い「そういえば君、飲みに行った帰りなんか、道路で小便する時、立ち小便せずに、必ずしゃがんでしてるね、法律の盲点をついてるわ」
こ「アホなこと言うな!私はそういう行儀の悪いことはせん」
い「車運転してる時、五十キロ制限のところを皆が六十キロで走ってたら、君かて他の車の流れに乗って六十キロで走るやろ。これかて厳密に言えばスピード違反やで」
こ「いや、私は他の車が六十キロで皆走ってても、五十キロ以下で走る男や」
い「……そういえば君の車、五十キロ以上出すとタイヤが外れる言うてたな」
こ「外れるかい!私は絶対にどんな法律にも触れることをせん男やねん」
い「そういうとる男ほど、ふとした勘違いから大きな犯罪を犯してしまうケースが多いねや」
こ「ふとした勘違いというと?」
い「君とこネズミが多いわな」
こ「困っとんねや」
い「ネズミを退治しよ思てバット持って家じゅう追いかけまわして、やっとネズミを叩き潰したと思て、改めてそのネズミの顔見たら、ネズミや思てたんが実は嫁はんやったということが無いとは限らんで」
こ「なんでネズミとうちの嫁はんを勘違いせないかんねん!」
い「わからんで、顔がよう似とるから、君の嫁はん近所ではネズミ女て言われてるらしいやないか」
こ「それは本物のネズミと違ごて、ゲゲゲの鬼太郎のネズミ男に似てるからや!」
い「……えげつない嫁はんやなぁ!」
こ「だいたいそういうアホみたいな勘違い絶対に私はせん」
い「君とこの近所、最近のぞき魔がよう出没するらしいね」
こ「多いねや、うちの裏に会社の女子寮があるだけにね」
い「そこで君はバットを持って待ち伏せするとするわな」
こ「現実にバット持って待ち伏せしとるがな。のぞき魔を見つけたらボカンと一発かましたろ思てな」
い「それやそれや、のぞき魔やからいうて、バットで殴ってケガさせたら、過剰防衛という犯罪になるのやで」
こ「過剰防衛になってもかまへん。私はのぞき魔をこらしめたる」
い「そんなにのぞき魔が腹立つか?」
こ「当たり前やないか、女子寮のすぐそばに住んでる私でさえ、いっぺんも女子寮の風呂場をのぞかせてもらえたことないのやで。のぞき魔だけええ目させとけるかい」
い「……こらしめる理由が不純やな!」
こ「かまへんねん、私は殴る」
い「どうしても殴るか?」
こ「バットで頭かましたる」
い「そうか……これからはヘルメットかぶって行かなあかんなぁ」
こ「のぞき魔は君かい!」
い「しかし、君みたいな正義漢ぶる人間ほど、カーッとなって犯罪を起こしやすいからね」
こ「私はカーッとなったりせん」
い「ほな聞くけど、例えば君とこの嫁はんが浮気するとするわな」
こ「うちの嫁はんが浮気?」
い「そう、もの好きな男がおってな」
こ「もの好きな男てなんや!」
い「ごめんごめん……例えばゲテモノ趣味がおって浮気するとするわな」
こ「余計に悪いわ!」
い「君がその浮気の現場を目撃してしまう。君はカーッとせえへんか?思わず相手を包丁で刺したりせえへんか?」
こ「絶対にせんね、私は常に冷静」
い「ほな、もし嫁はんの浮気の現場を目撃したとしたら」
こ「相手の男に言うたるね」
い「どう?」
こ(キザに)「『いいってことよ、しょせん俺らは三枚目さぁ』」
い「俺ら?」
こ「『彼女を幸せにしてやってくれよな。……ハッハッハッハッ、あばよ』」
い「笑って別れられるか」
こ「私はそういう性格の男やねん」
い「こういう性格の男なんです。笑って別れて、家へ帰って押し入れの中でワンワン泣くという……」
こ「……それは当たってる」
い「しかし君がどんな性格であろうと、今後百パーセント犯罪は起きんということは言いきれへんの違うか」
こ「そら人間である以上はね」
い「でも安心してや、もし君が何かで警察に捕まるようなことがあっても、私は裁判では絶対に君の弁護をするからね」
こ「ほんまか?」
い「嘘や思うのやったら、いっぺん警察に捕まってみいや」
こ「わざわざ捕まってられるかい!けど、例えば私が無実の殺人罪で裁判にかけられたとするわな。君はどんな弁護をしてくれる?」
い「『裁判長!彼は絶対に人を殺せるような男ではありません。それは私が一番よく知っております』」
こ「……嬉しいねぇ」
い「『彼は虫も殺せない男なんです。こないだも彼の手に蚊がとまったことがありましたが、彼はその蚊を『かわいそうだ』と言って叩き殺さず、じっと自分の血を吸わせてやっておりました。なんとやさしい男なんでしょう。でも彼の血を吸った為、蚊は死にました』」
こ「私の血は毒か!」
い「『彼は子供たちにいじめられている亀を、お金を払って助けてやったこともあるんです』」
こ「ありましたねぇ」
い「『そしてその亀を海に放しながらかれは言いました『いとし君、これで乙姫さんに逢えるぞ』』」
こ「……わしゃ浦島太郎か?」
い「『彼の性格は悪いく言えば単純。よく言えばアホなんです』」
こ「どこが良く言うとんねん!」
い「『そんな彼が悪いことなど出来るでしょうか。私は長年彼とコンビを組んできましたが、彼が悪いことをしているところを、未だかつて一度も見たことはありません』」
こ「……嬉しい証言してくれるがな」
い「『よっぽどうまいこと陰で隠れて悪いことしてるんでしょう』」
こ「アホな!」
い「『そんな彼が殺人なんかできるでしょうか。昔、新聞の殺人事件を読みながら彼に言いました『どんな理由があろうと人の命を奪うことは許されない』と』」
こ「言いました言いました。どんな理由があっても人の命は他人が奪ってはいけない」
い「『そして彼は言いました『他人の命を奪うやつはみんな死刑や』と。言うてることがチグハグなんです』」
こ「……私に不利なことを証言すな!」
い「『彼は正義感の強い、夏みかんの好きな男です』」
こ「どう関係があるねん!」
い「『彼は昔、お巡りさんになりたがってたことがありました』」
こ「なりたかったねぇ」
い「『お巡りさんになるために、彼は努力しました。毎日、ひまわりの種を食べていた時もありました』」
こ「……ちょっとでもお巡りさんに近づこ思て、子供心にね」
い「『彼は努力家です。大人になってからは、金銭的にちょっとでも恵まれよ思て、今、キンセンカの種を食べてるそうです』」
こ「食べるわけあるか!ひまわりの種を食べてたのは、子供の純な気持ちやないか!」
い「『でも結局彼はお巡りさんになれずに、漫才でドサ廻りをしました』」
こ「君もいっしょに昔やったがな」
い「『そんな彼が悪いことなど出来ないわけがありません』」
こ「……それ、出来るわけがありませんと違うか!?」
い「しかし、最近はお巡りさんも昔とは違ってきましたね」
こ「昔は威張ってる人が多かったけど、今は庶民に恨まれないようとする努力がうかがえるね」
い「うかがえるねぇ。うちの近所をまわってるお巡りさんなんか、道で逢うたら」(敬礼して)「『まいど!お巡りさんです!』やからね」
こ「……酒屋さんみたいなお巡りさんやがな」
い「お巡りさんという言葉には親しみやすさを感じるけど、あの機動隊という言葉はいかんね」
こ「厳めしすぎるわな」
い「庶民に親しまれる警察を目指すためには、機動隊の名前も考えないかんね」
こ「どう変えるいうの?」
い「例えば一番若い層の機動隊員は少年隊とかしぶがき隊とかね」
こ「なるほど、若い女の子が親しみやすく感じてくれるわな」
い「若い主婦層にも親しまれたかったら、妊婦隊とかね」
こ「アホな!ま、機動隊はともかく、これからのお巡りさんは庶民に親しまれないかんから、職務質問ひとつにしても気使わないかんわな」
い「昔私らが漫才でやってたお巡りさんとはだいぶ違うかな」
こ「サービス警察を目指す時代やからね」
い(酔っぱらって)「ウィーッ、酔うた!よう飲んだ、ベロンベロンや」
こ(敬礼する)「まいど!だいぶお飲みのようですね」
い「なんや、誰やと思たらお巡りさんでっかいな。こんばんわ」
こ「あの、よろしかったら職務質問させてもらえますでしょうか」
い「職務質問?」
こ「はぁ、職務質問させて頂いた方には、ボールペンとティッシュペーパーを差し上げることになっておりますが」
い「……アンケート調査みたいな職務質問やなぁ」
こ「これからの警察は庶民に親しまれるサービス警察を目指しておりますので」
い「して、なんでもええから職務質問して」
こ「だいぶお酔いになってるようですが、家には帰れますか?」
い「そんなこと言うて、わしをトラ箱に一度ほりこも思とるんやろ。ウィーッ!」
こ「昔は酔っ払いを収容する檻をトラ箱と申しておりましたが、先日からは、うちの署ではトラ箱とは言わなくなりました」
い「ほなどない言うねん?」
こ「タイガースボックスと申します」
い「タイガースボックス!?」
こ「はい、おいで頂く方には、甲子園球場のロイヤルボックスへ行く気分で行けると、ご好評を頂いております」
い「なんぼ言われても、わしゃそんなとこへ行かへんで。ウィーッ!」
こ「でもだいぶ悪酔いされてるようですね」
い「お巡りさん、すまんけど帽子ちょっと貸してくれますか」
こ(帽子を脱いで渡す格好)「私の帽子にどないするんですか」
い「道路を汚しては公序良俗に反しまっしゃろ」
こ「そら反します」
い(受け取った帽子の中へ吐く仕草)「ウィーッ!」
こ「アホな!人の帽子の中へ出しなはんな!だいたいあんた、悪い酒を飲ます店で飲んで来はったんと違いますか」
い「別にどこで飲もうと勝手でんがな、ほっといてくれなはれ」
こ「酒を飲むなら安心して飲める店に限りますよ」
い「言われんでも分かってるわい」
こ「わかっておられる方にぜひ紹介したいのがこの店でございまして、今私どもでは全国キャンペーン中でして」
い「お巡りさんがキャンペーンする店なんておまんのか?」
こ「はい、全国警察庁チェーンの店としてオープンされまして、名前が『居酒屋警察手帳』と申します」
い「『居酒屋警察手帳』?」
こ「皆さまに少しでも親しみを持って頂く警察になりたいと、警視総監の提案で居酒屋チェーンを持つことになりました。今後ともよろしくお引き立てを……」
い「あかん、聞いただけで余計悪酔いしてきそうや。ウィーッ!ほな!」(歩く格好)
こ「ちょっとちょっとどこへ行きはんねん」
い「そこの道路に車おいてまんねや。それで帰りますねや、ウィーッ!」
こ「アホなこと言いなはんな!そんなことしたら酔っ払い運転でっせ」
い「酔っ払い運転?ウィーッ!私のどこが酔うてまんねん」(ふらつく)
こ「……あんたのどこが酔うてまへんねん!」
い「わしゃ電車で帰る」
こ「夜中の二時に電車が走ってるわけおまへんやろ」
い「タクシーで帰りまんがな」
こ「この辺りはタクシーももう走ってまへん。悪いこと言わんから署のトラ箱やなかった。タイガースボックスに泊まりなはれ」
い「婦人警官のかわいい娘、いっしょにつけてくれるか?」
こ「出来まへん、なんぼ庶民に親しまれるサービス警察を目指していてもそれは出来まへん」
い「ほな帰りますね、ウィーッ!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?