喜味こいし「君、いま、町内会の会長さんをやってるそうやね」
夢路いとし「この四月からやらされましてね」
こ「君て、案外町内の人から信望をうけとるんやね」
い「自分の口から言うのはなんやけど、僕は町内では『我が町の聖徳太子さん』て呼ばれてるのやで」
こ「我が町の聖徳太子さん！？」
い「君は、『我が町の鼠小僧さん』て呼ばれてるらしいね」
こ「呼ばれてるか！」
い「町内会長なんか、なりたない言うて断ってるのに、選挙で僕が選ばれてね」（喜ぶ感じで）
こ「選挙でね」
い「しかも満票でですよ。なりたない言うてるのにな」（喜ぶ感じで）
こ「マー、ガンバってやってください」
い（喜びながら）「どうもどうも……」（思い出したように）「なりたない言うてたんやで」
こ「なりたかったんやろ！選挙で満票で選ばれたということは、君は自分で自分に入れたやろ」
い「いや、僕は白紙で投票しましたよ」
こ「白紙で？」
い「ただ、誰が白紙で出したかわからなんだら、開票した人が困るやろ思て、責任上、僕の名前は書きこんどいたけどな」
こ「名前を書いたら白紙とは言えへんのや！」
い「名前を書いたら白紙とは言えへんて？」
こ「当たり前やないか」
い「ほな、君の学生時代の試験、白紙は一度も無かったわけやね……良かったね、名前だけは書いといて」
こ「何が言いたいねや！」
い「それでも、いざ選挙で選ばれたとなると、お引き受けしてええもんか悪いもんか、すごく悩みましてね」
こ「気楽に引き受けたらええやないか、だいたい、君は物事を大げさに考えすぎる傾向があるで」
い「そんなこと無いて」
こ「そんなこと無いのやったら幸いや、ちょっと千円貸してくれへんか」
い「千円？……貸してええもんか悪いもんやろか……来週親族会議にかけるから、それまで返事待ってくれるか」
こ「それが大げさなんや！何事につけ、君は何日かかけな、物事をよう決めへん男や」
い「そんなことあるかいな、この前の日曜日みてみいな」
こ「この前の日曜日どないした？」
い「あの日の朝、君は僕に『今日、魚釣りに行かへんか』て誘てくれたやろ」
こ「誘ったよ」
い「あの返事、『よし行く』言うて、その日の晩のうちにちゃんとやったがな」
こ「晩ではあかんねや、その場で返事せな」
い「君が『今日一杯奢ろか』言うた時、『おおきに』言うて、その場で返事したがな」
こ「奢ってもらう時の返事だけは、君は早いねや！」
い「町内会長の件も、考えに考えたあげく、引き受けることに決めてね」
こ「で、正式に町内会長になって、まず一番初めに、君はどんなことをしたんや？」
い「僕の手足になってくれる、副会長と会計の人を選んだがな」
こ「どういう人を副会長と会計に選んだんや？」
い「副会長は、うちの一軒おいて隣の、佃煮屋の娘ね」
こ「ホー、どういう訳で、佃煮屋の娘を副会長に選んだんや？」
い（にやにやしながら）「あの娘、ものすごいボインでね、好きなタイプやねん」
こ「……会計は誰や？」
い「うちの斜め向かいの未亡人な、今年三十五やけど、魅力あるで」
こ「やらしい町内会長やな！」
い「副会長と会計を決めた後、僕はまず、町内の福祉問題に手を付けたがな」
こ「福祉問題というと？」
い「まず僕が打ち出したのは、町内の困っている家庭に、毎月千円ずつ町費から送ろういう政策や」
こ「なかなかそれはええ政策やね」
い「おかげで、うち、毎月千円ずついただいてるんですわ」
こ「なんで君が毎月千円貰わなならんねや？」
い「しょうがないやろ、町内で一番困ってる家庭、うちなんやから」
こ「そんな勝手な……」
い「その次に打ち出したんが、もし万が一、町内に漫才を仕事にしておられる人がおったなら、その人に毎月、町費から一万円ずつ送ろうという政策や」
こ「勝手すぎるねや！」
い「でも、僕が重点的に力を入れたのが、子供たちの問題や」
こ「何と言っても、子供優先ですよ」
い「僕は町内会の人を集めて、町内会長として演説をやりましてね」
こ「ホー、どういう演説や？」
い（演説風に）「皆さん、我々はもっと子供たちを優遇してやらねばなりません、それにはまず、この町内に、児童公園を作ってやりましょう、その児童公園にはブランコ、すべり台、パチンコ台も置いてやりましょう、何よりも子供優先です。パチンコ台だけでは駄目です、マージャン台も置いてやろうではありませんか。そうそう、場外馬券場も、我が町内に誘致いたしましょう、何よりも子供優先です！」
こ「子供より自分優先やないか！」
い「町内の者全員が反対してね」
こ「そら反対するわいな」
い「『そんなことより、町内の各戸に防犯ベルを早よ取り付けてくれ』て、みんなが言い出してね」
こ「防犯ベル……うん、これは必要なことやね」
い「君、そんなこと言うててええの？」
こ「何が？」
い「防犯ベルが付いたら、君、仕事やりにくくなるで」
こ「どういう意味やそれ！」
い「僕は防犯ベルなんか役に立たへん言うて反対したんやけど、賛成意見が多かったので、結局取りつけました」
こ「役に立つか立たへんか、泥棒が入ってみなわからへんがな」
い「その泥棒がこの前、町内にある家へ入ったんや」
こ「へえ、ほんで、その時防犯ベルは役に立たなんだか？」
い「役に立つも立たんも、その泥棒、防犯ベル盗んで帰りよったがな」
こ「ほんまかいな」
い「その泥棒から、昨日町内会長の家へ手紙が来てね」
こ「どんな手紙が？」
い「『拝啓、この前、頂戴しました防犯ベルのおかげで、私、今では安心して家を空けて仕事に出れます。ありがとうございました』」
こ「そんなアホな！」