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漫才台本「仲裁はおまかせ」

夢路いとし「福良へやって参りまして」
喜味こいし「ええとこやね」
い「実はこの町へ着いた時、偶然に学生時代の友達とばったり出会いましてね」
こ「ホー、学生時代の友達に……百年ぶりの出会いやないか」
い「そんななるかいな!でも小学校時代やから五十年近くにはなるね」
こ「五十年ぶりの出会いかいな」
い「私から声をかけましてね『おい、もしかしてお前、イイダコと違うか。やっぱりイイダコや』」
こ「なんやそのイイダコて」
い「その友達の学生時代のあだ名や」
こ「なるほどあだ名ね」
い「ほなその友達が『オー、そういうお前はヒョータンクラゲやないか』」
こ「君のあだ名はヒョータンクラゲかいな!」
い「『いやー福良の町で君と出会うなんて……懐かしいなあ。で、我々と仲の良かったゴジラナマコはどないしとる?元気?ほなダボハゼモドキは?あいつも元気?ほなブラックナマズは?』」
こ「……もうちょっとましなあだ名付けおうたらどうやねん!」
い「しかし、学生時代はその友達とはよう喧嘩したねえ」
こ「どういう喧嘩をしたんや?」
い「どういう喧嘩というと?」
こ「口喧嘩とか、喧嘩にもいろいろあるやろ」
い「その友達との喧嘩で一番多かったんは夫婦喧嘩かな。次が親子喧嘩で、三番目が口喧嘩やね」
こ「待て待て!友達同士でなんで夫婦喧嘩や親子喧嘩ができるねん」
い「君勘違いしてるわ。私の言うフーフ喧嘩というのは、喧嘩してどたばた暴れたら息がフーフ―切れるやろ。それでフーフ喧嘩やで」
こ「親子喧嘩言うのは?」
い「『お前、わしの親子丼食べたやろ』『わし知らんわい』この親子喧嘩も多かったね」
こ「好きに言うとれ!」
い「しかし小学校時代は私もよう喧嘩したねえ」
こ「君は喧嘩は弱かったんかい」
い「そら相手が勝つ時もあれば、私が泣いて帰る時もあるわいな」
こ「弱いねやないか!まあ、君とこの夫婦喧嘩見とっても、君がどんだけ弱いか分かるわな」
い「アホなこと言うな。私は嫁はんにだけは強いですよ。君も私が嫁はんに対してどんだけ強いこと言うてるか知ってるやろ」
こ「確かに『こらー、テレビをつけ放しにすな!』とか『この机のホコリはなんじゃ、拭き掃除くらいせんか!』とか『風呂の湯が沸き過ぎとる、バカモノー』とか、君はよう言うとる」
い「みなさん、今の言葉を聞いていただいても、うちがどんだけ亭主関白であるかがわかって頂けますね」
こ「ほな嫁はんが反発して『テレビぐらいあんたが消さんかい!』『拭き掃除はあんたがすることなってるでしょ』『風呂の湯が沸き過ぎてたら、自分が入って体で冷ましなさい、アホンダラー』やわな」
い(会場に向かって)「ね、うちがどんだけカカア天下かわかって頂けたでしょ」
こ「……さっき亭主関白や言うとったん違うんかい!」
い「まあ嫁はんなんて言うのは、立場上もあることやし、表向きは威張らせといてやって、陰でうまい事操るんですよ」
こ「……それ、普通は嫁はんがいうセリフ違うか?」
い「しかし、昔は夫婦喧嘩もしましたけど、今は二人とも温厚になりましたね」
こ「トシのせいやろね」
い「今なんか、嫁はんが朝飯も作らずに寝とっても『いいよいいよ、寝てなさい』やで」
こ「昔やったら君は腹立てたやろ」
い「嫁はんも、私が畳に灰皿ひっくり返しても文句ひとつ言わんね」
こ「変わったなあ。温厚になったわ」
い「嫁はんが天ぷら油ひっくり返して天井燃えかけてても、二人でニコニコしてるだけ。温厚になった」
こ「消さなあかんやないか!そんなもん温厚と違ごてアホや」
い「本当このごろは、うちは夫婦喧嘩せんようになったね」
こ「全くせんの?」
い「わからんか?最近は私の体にたんこぶとかアザが無くなったやろ」
こ「昔は恐ろしい喧嘩しとったんやなあ!」
い「今はもっぱら、他の夫婦喧嘩の仲裁役が多いですね」
こ「ホー、君が夫婦喧嘩の仲裁をね」
い「隣の家の夫婦が喧嘩してるの見るやろ、ほなすぐ間に入って『メーメーメーメー』」
こ「メーメーメーメー?」
い「違ごた、『マーマーマーマー』」
こ「しょうもない間違いをすな!」
い「『マーマー、ええトシして夫婦喧嘩しなはんな。原因はなんでんねん。なに?主人が奥さんのことを不細工なんて言うた。ご主人そらいかんわ、この奥さんが不細工やったら、こいしさんとこの奥さんどないなりまんねん』」
こ「……なんでそんなとこへうちの嫁はんが登場せないかんねん!」
い「『えっ、主人が暴力を振るたて?……奥さん、そら黙って泣いてる手はおまへんで、包丁を貸しましょ、包丁を』」
こ「待て待て!君は仲裁をやっとんのやろ、けしかけてどないするねん」
い「『なに?どうしても取っ組み合いの喧嘩をやらな二人とも気が済みまへんてかいな。わかりました。ほな気が済むまでやりなはれ』」
こ「気が済むまでやりなはれてかい」
い「『そのかわり、やるのは一時間後でっせ。その間に私、近所の人呼んで一人三百円集めますさかい』」
こ「よその夫婦喧嘩で入場料集めてどないするねん!」
い「こない言うたらアホらしなって、喧嘩もする気せんようになるねん」
こ「なるほど、わかるわかる」
い「隣の夫婦喧嘩は他人事の仲裁で済ませられるけど、この頃うちの娘が主人と喧嘩したいうて、うちへよう帰って来よってね」
こ「娘て、五年前に京都へ嫁入りした?」
い「そうそう。君がお祝い金渡す渡す言いながら、いまだにくれてへんあの娘」
こ「よう覚えとんなあ、で、喧嘩して娘が戻って来た時、君は娘にどう言うとんの?」
い「『れい子、ちょっとした喧嘩ですぐ実家へ戻るのは良くないよ』」
こ「君とこの娘、れい子ちゃんやった?」
い「そう、大原れい子いうねん」
こ「嫁ぎ先が大原さんで大原れい子」
い「よう別れたがるとこなんか女優の大原れい子そっくりやで、まるで違うの顔だけ」
こ「最悪やないか!」
い「『れい子、そらお前がこの家へ帰って来たがる気持ちはよう分かる。お父ちゃんが悪かったんや。結婚式でお父ちゃんが唄わされた時、『帰って来いよ』の歌唄とてしもたもんな』」
こ「そんな歌唄とてたんかい!?」
い(大声で)「♪帰って来いよ♪」
こ「歌わんでええねん!」
い「その当時、この歌が一番よう流行ってたからしゃあないがな。もし『娘よ』の歌が流行ってたら、この歌唄とてますよ」
こ「そら『娘よ』の方が結婚式にはふさわしいわな」
い「『れい子、お父ちゃんを恨んだらあかんで、恨むんやったら、お前の結婚式の後で『娘よ』のレコードを出した芦屋雁之助を恨むんやで』」
こ「アホな!なんで雁之助にそんな責任あるねん!」
い「れい子、たまには夫婦喧嘩もええやろけど、決して別れよなんて思たらいかんで」
こ「そら当たり前やないか。いっぺん一緒になった夫婦が簡単に別れたらいかん」
い「『お前が別れてしもたら、京都のお前の嫁ぎ先へお父ちゃんが遊びに行けんようになるがな。遊びに行ったら、あの家ようけお土産くれるねん。わかってくれるか』」
こ「いやしいな!自分の都合だけで娘夫婦の問題考えとんのか!……しかし喧嘩の仲裁やったら娘ばっかり説得せんと、娘のムコはんにも一言いわなあかんやろ」
い「そら言いますよ。娘の父親として言うべきことはガンと、電話をかけて言いますよ」
こ「そらそうや。娘が実家へ戻らないかんぐらいの喧嘩しとんのや」
い(へりくだりながら電話をかける姿)「『もしもし、進一さんでございますか。れい子の父親のいとしでございます。良かったら娘迎えに来てやって頂けますか。えーえー、ご都合のよろしい時で結構でございます。また私が遊びに行かせていただいた節は、お土産の方よろしくお願いいたします。ガチャン』」
こ「情けない電話やなあ!どこに言うべきことをガンというとんねや」
い「娘夫婦だけに、仲裁の方もむずかしいんですよ」
こ「そんなこと言うとったら、君とこの息子が嫁さんもらう時、嫁と姑の喧嘩の仲裁はもっとむずかしなるで」
い「嫁と姑の問題ねえ」
こ「君とこの奥さんは気がきついから、必ず嫁とも揉めよるぞ」
い「そこはちゃんと、息子の嫁にうちの嫁はんとの上手な付き合い方いうのを教えたるがな。その方法をこの手帳に箇条書きしてるんです」(手帳を取り出す)
こ「ホー、嫁はんと上手に付き合う方法。どんなこと書いとんの?」
い「ひとつ、うちの嫁はんと付き合うには無邪気に人懐っこく付き合うこと」
こ「無邪気に人懐っこく」
い「このことは最近やっとわかったんです」
こ「ほな、君は最近は嫁はんと無邪気に人懐っこく付きおうとるわけやな」
い「そう、買い物帰りの嫁はんの姿を見る時あるわな。以前やったら私、電柱の陰に身を隠しました」
こ「見つかるのが恐かったんかい」
い「ところが今は違うで。後ろから近づいて目隠しして」(声を変え)「『だーれだ』」
こ「無邪気に人懐っこくやな」
い「そうそう、ほな嫁はんが『あーら、いと坊でしょう』ほな私が『当ったりー』」
こ「ええ年してようそんなことやっとんなあ!」
い「この方法で付き合うのが、嫁はんの機嫌を損ねん最高の方法や」
こ「しかし大の大人が『だーれだ』『あーら、いと坊でしょう』『当ったりー』……恥ずかしないか?」
い「今度は嫁はんが買い物かごを隠して、『今夜のおかずなーんだ』ほな私が『いつもと同じ、鯛の造りにビフテキにアワビの酢の物だろ』ほな嫁はんが『当ったりー』」
こ「君とこが毎日そんなええもん食べとるわけないやろ!」
い「無邪気に人懐っこく付き合わんかった時には、うちの嫁はんちゅうのは恐いで」
こ「で、手帳には他にどういう付き合う方法が書いてあるの」
い「ひとつ、嫁はんの嫌がることは一切話さないこと」
こ「どんな言葉を嫁はんは嫌がるの」
い「顔のこと、料理の上手下手、掃除洗濯のこと、着物の似合う似合わん話、肥える痩せるのは無し、金のいるいらんの話、その他一般諸所の世間話」
こ「ほな喋る言葉あらへんやないか!」
い「ひとつ、嫁はんの好む話をすると、機嫌は極めて快調」
こ「嫁はんの好む話て?」
い「人の悪口。テレビを見ながらゴロ寝をする話。亭主を生かさず殺さずこき使う話」
こ「恐ろしい嫁はんやなあ」
い「ひとつ、晩御飯のおかずのサンマは一番大きいのを譲ること」
こ「大きいのを貰わな機嫌悪いんか」
い「ひとつ、トイレにいくら行きたくても、嫁はんが行きたがってる時は我慢して譲ること」
こ「つらいなあ」
い「ひとつ、家の中で嫁はんと目と目が合ったら逸らしてはいけない。逸らしたら飛び掛かられると思え」
こ「ジャングルトラに出会うた時と一緒やないか!」
い「ひとつ、嫁はんの機嫌の悪くなる時は、体にどんな前触れが現れるか掴んでおくとこ」
こ「ホー、機嫌の悪くなる前触れがあるわけか」
い「そう、地震の前触れみたいなもんや」
こ「どんな前触れが出るの?」
い「まず、こめかみから血管がプクッと浮きでよる。これは注意信号」
こ「血管が浮き出すと注意か」
い「小鼻が右右にピクピクと動き出すと厳戒態勢をと整えないかん」
こ「鼻がピクピクで厳戒態勢」
い(上下に揺れながら)「両肩が上下しだしたら非常事態発生」
こ「あのな、本物の地震やないで」
い「ほっぺた引きつらせながらニコッと笑いよった時が逃げ時、一目散へ表へ逃げる。これさえ守れば、嫁はんと付き合える」
こ「もうええわ!」

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