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「受注漁」とはなんなのか。現場訪問記。

2023年7月2日(日)夜。岡山県玉野市で「受注漁」を行う「邦美丸(くにみまる)」の富永さんご夫妻(邦彦さん・美保さん)のお話を聞くために、近くの飲食店にいた。

ここで、富永さんのお話を聞かせていただき、翌日朝の漁に同行予定となっていた。

時刻はもうすぐ22時。私は、何杯飲んだか分からないハイボールを片手に「明日は2時起きか3時起きかそれくらいか。さて、ちゃんと起きれたもんか。」と思っていたところ、富永さんがこう言った。


「では明日は8時にカフェに集合で。9時くらいに海に網をおろしたいので、8時半くらいに出港予定で。」


驚いた。全国の各地の漁師さんの元で漁に同行しているが、こんなに遅い時間に集合するのは初めてだ。

こんなに遅い時間から操業開始できる理由は、この漁師富永ご夫妻がはじめた「受注漁」というものにあった。


「受注漁」とは産直ECやインスタグラム等のSNS経由で消費者から注文が入った分だけの魚だけを獲り、獲りすぎた魚は海にリリースする形態の漁
であり、この言葉はお二人が作ったものだ。

漁前日。港の近くの食事処にて。

言葉の意味自体はなんとなくわかるものの、百聞は一見に如かず。早速翌朝から富永さんご夫婦の行う「受注漁」に密着した。


漁の始まりは朝カフェから

翌朝8時。指定された場所に集合した。港に面したおしゃれなカフェだ。
ここで邦彦さんはバナナスムージー、私はグラノーラとバナナを頼み、話を聞いた。


「こんな時間にカフェでスムージー飲んでる漁師は、私くらいです。地域のほかの漁師はバカものと思っているかもしれません(笑)」

と邦彦さん。


聞けば、季節や潮位、天候等によって漁に行く時間は異なるため、毎日こんな遅い時間からの漁ということはないそうだが、ほかの漁師たちよりは出漁時間の融通が利きやすいという。

カフェで頼んだおしゃれな朝食セット。

さて、カフェでの談笑と朝食タイムも終わり、港へ向かった。いよいよ出漁である。


港に着くなり邦彦さんが言う。

「ほら見てください。ほとんどの船は朝イチから出漁しています。一方で、出漁していない船もあります。出漁していない船は"今日はほとんど獲れない(=獲る量と燃料費等のコストが見合わない)"と踏んでいる漁師のものです。僕より遅く出漁する漁師はこの漁協にはいないので(笑)。」

富永さんの船。底引網漁をおこなっている。

そのようなお話を聞きながら、いざ出港。

ものの20分ほどで今日の漁場(=網を落とすポイント)に到着した。到着するや否や、さらに沖を指差しながら富永さんが言う。

「あの遠くの船を見てください。ほかの漁師の船です。1回の漁で、何回も網を落として引き上げるを繰り返し、十何時間もかけて漁をするため、遠くでも漁をせざるを得ないのです。」

この日は曇りだったが、凪。瀬戸内海に面した島々が綺麗だった。

いざ、網を投入

富永さんが行うのは、漁船から伸ばしたワイヤなどの引網に連結した漁網を曳航し魚を獲る漁法、すなわち底引網漁とよばれる漁法である。

ポイントに到着したら、網を落とし、40分ほど曳航していく。

鎖で繋がれた網が一気に海へ。
船の後方から大きな網を海に投げ入れ、曳航する。

曳航中、コーヒーを片手にお話ししている邦彦さんの姿とその内容が印象的だった。

「漁師は基本的に、1回の出漁でどれほど多くの魚が獲れるかが勝負。だから船に乗ると、1分1秒を争うため、性格が変わる漁師が多い。でも時間に追われて仕事をすると事故も起こる。場合によっては死に至る。ただ、受注漁は予め注文を受けた分しか獲らないので気持ちに余裕が持てるんです。」

笑顔で話す、邦彦さんが印象的だった。

どきどき。網の引き上げ

そんな話をしていると、あっという間に網の引き上げのタイミングになった。船に設置してある巻上げの機械で一気に網を船上に上げていく。

船上へ網を巻き上げ始め数分。ようやく網の先端が見えてきた。


「ザーーーーッ」という音と共に、網から船の甲板上に魚がなだれ込む。真鯛や黒鯛からボラやエビ、ヒトデや小さなカニまで、様々だ。

大きなボラが流れ出てきた。

さて、このあと大半の底引き網漁師であれば、「市場で売れそうな魚をとにかく取る」→「ヒトデや海藻などを海に流す」→「別のポイントに船を走ら
せ、再度網をおろす」という流れとなる。


が、邦彦さんは全く違った。


まずおこなったのは、魚の選別である。消費者から予め注文が入っている分量の魚のみカゴに入れていく。

受注分だけカゴに入れていく。

続いて行うのが、他の魚のリリースである。富永さんの場合、基本的には注文が入っている分の魚しか獲らないため、それ以外の魚は良型のものであってもリリースする。それが資源保護につながるからだ。

ボラも真鯛もほかの魚も全て必要以上のものはリリース

海底と海上の気圧の変化で、魚によっては魚体に空気が入り、ぷっくり膨らんでしまい、浮き袋と同じような作用で泳げなくなる個体もいるのだが、邦彦さんは魚の肛門に管を刺し、丁寧に空気を抜いてから海へ帰していた。

そもそも、邦彦さんは底引き網漁で利用する網の目にも工夫を凝らしている。漁協では網の目が通常23ミリメートルであると定められているところを、富永さん夫婦は、それよりもより目が粗い34~50ミリメートルの網を利用しているのだ。そうすることでできる限り稚魚を獲らないよう配慮している参考:alterna)。


そして、最後に驚いたのは、ゴミ拾いである。海底付近を網で曳くこの漁法は、その仕組み上海底のゴミも巻き取ってしまう。多くの漁師は魚だけをとり、それ以外は気にせず海に戻してしまうらしいのだが(もちろん漁師にもよる)、邦彦さんは丁寧にビニールゴミをトングで収集しているという。

引揚げられたたくさんのびにるごみビニールゴミ。
中には蚊取り線香の缶もあった。

「受注した分しか獲らないので、何度も網をおろす必要はない。だから時間と心に余裕ができるんです。」と邦彦さん。


さて、こうして1回目の底引き網漁を終えた邦彦さんだが、ここまでの所要時間は約1時間40分ほど(漁場に行くまで20分。船を曳航させて40分。必要分の魚を獲り、不要な魚はリリースさせ、海底のゴミを収集し40分)。


1回の漁で何回も網を落として引き上げるを繰り返し、十何時間もかけて漁をすると聞いていた私に、邦彦さんは驚くべき言葉をかけてきた。

「今日は必要な魚が全て獲れたので、陸(おか)に戻ります。」


びっくりだ。多くの漁師が10時間以上も操業を行う底引き網漁にもかかわらず、今回沖に出ていた時間は約2時間だった。よく船酔いをするのだが、今回は酔う間もなく帰航してしまった。

帰港後は発送作業

朝9時前に船に乗り込み、帰ってきたのが11時。港で待っていた美保さんと邦彦さんが協力し合い、ここから魚の〆処理、梱包発送作業が行われる。

鮮度を保持するための息の合ったご夫婦の流れ作業

ここからの作業は、とにかくご夫婦の創意工夫が満載だ。注文してくれた消費者に満足してもらえるように、魚の〆処理から梱包、氷の入れ方から消費者とのコミュニケーションに至るまで、徹底的に考え抜かれている。

例えば梱包の工夫はこんな感じ。

それ以外はここでは割愛。実際に注文してみてください。

ちょうど船上での作業を終えようとした正午間際、高齢の男性が乗った一隻の底引き網漁船が出港した。


「あの船は今から漁に行くんです。ここから夜明けまでの十数時間、ずっと操業しっぱなしです。ある程度の量は取れるでしょうが、市場の価格も安いし、燃料費もかかるのでおそらく手取りは私の方が高くなります。」

ぶっちゃけ受注漁で食えるのか

消費者から注文が入った分だけの魚だけを獲り、獲りすぎた魚は海にリリースする形態の受注漁。

必要以上に魚は獲らないため、海洋資源の保護には役立つことが分かったが本当に生計は立てられるのだろうか。

まず、操業時間を見てみたい。下記は従来の手法と受注漁での労働時間を比べたものだ。従来の手法の場合、漁獲から出荷にかかる時間は約16時間。

一方で、受注漁の場合、出荷作業には従来の手法と比べ倍に増えるものの、漁獲にかかかる時間が圧倒的に短縮され、約8時間ほどで済むという(出典:邦美丸)。

従来は1日16時間ほどかかっていた作業が約半分の8時間に

では、売上や求人にはどのような効果が出ているのだろうか。邦美丸が2022年4月〜9月に試験的に受注漁をおこなった際の結果が下記である。

操業時間が1/2になったのは前述の通りだが、なんと売上は2倍、求人も同じく2倍になったという。働く時間を減らしながら、海洋資源の保護にもなるだけではなく、なんと売上まで伸ばしているのだ。

出典:邦美丸

また、上記のメリットだけではなく下に記すようなメリットも副次的に出てきたという。

  • 漁獲にかける時間が少なくなったことで、船の燃料代の節約につながる。

  • 働く時間が減ったことで、家族との時間が増えた。

  • 直販に切り替えたことで、市場の値動きに右往左往しなくてよくなった。

受注漁の考案のきっかけと周囲との関係性

この「受注漁」。そもそも始めたきっかけはなんだったのか。

「きっかけは新型コロナの感染拡大ですね」と邦彦さん。


「2020年春以降の感染拡大で、飲食店からの買い取りはほぼゼロになる一方で、産直ECやSNS経由で一般家庭からの注文が増加した。 消費者に新鮮な魚だけを届けようとすると、魚を多く獲らざるを得ず、海洋資源の減少が進む。そして、労働時間は長くなり、燃料コストがかさむ。だから受注漁を始めたんです。」

ただ、当初は漁協へ魚を卸さない受注漁に、漁協は消極的な姿勢だったという。
「そりゃそうですよ。前例もないので一歩踏み出しづらい漁協の職員さんの気持ちもわかる。だから『一緒に直販のルール作りをしましょう』と声をかけるとともに、漁協にデメリットにならないルールを作った」と邦彦さん。

その甲斐あって、今では漁協は邦美丸の応援をしてくれているという。

「前例のない直販を認めてくれからこそ、漁協や地域に恩返しをしたいんです。」前日の飲みの場で美保さんがそう口にした。


「玉野市でも水揚げの多い黒鯛(チヌ)の単価は真鯛の約半分というのが現状。でも美味しく調理する方法がたくさんある。漁協や自治体、地域の飲食店と協力し、黒鯛の価値をみんなで上げていきたいと思う。」

受注漁の今後

「最近メディアに登場する機会が増えましたが、ただ僕らは製造業などで当たり前に行われている受注生産という概念を漁業の世界に持ってきただけなんです。」と富永さんご夫婦。

ただ「受注漁」が世に与えるインパクトは大きい。

「『受注漁』をメディア等で目にした人から『漁師として働きたい』という声が届いたり、地域の漁師からも『俺に受注漁を教えてくれないか』という声もある。」と富永さん夫婦は言う。


そんな中、富永さん夫婦は新たな漁師を育成するため、法人設立を目指している。5月に実施した「クラウドファンディング」では、目標の100万円を上回る133万円余りが集まった。


もっとも「受注漁」だけが、水産資源を確保する唯一の方法ではない。
また、全ての漁師が富永さん夫婦のように顧客を獲得できる術を持ち合わせているわけでもなければ、受注して発送する形態だから時化(しけ)の多い東北では注文から発送の期間が大幅に遅れるリスクがあるかもしれない。


ただ、富永さんご夫妻の進める「受注漁」が漁師の働き方改革と資源保護への第一歩となるのは確かだ。

そんな中、邦彦さんはこう締めくくった。

「将来の夢ランキングで漁師を一位にしたい。漁業の楽しさをこれからも発信し続けます。」

出典:邦美丸


船上の邦彦さん。かっこいい。


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