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【夜行の船旅】⑦「大」「太」「犬」の攻防 京都東一条

 今年も8月16日が来た。終戦記念日翌日の目立たない日だが,今年は違う。3年ぶりに「五山の送り火」、いわゆる大文字の送り火が復活するのだ。新聞で点火時間をチェックする。最初の「大」の字が夜8時に、以下「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」が5分おきに点火される。
もっと早く始まるモノだと思っていたので、「急いで仕事を片付けて損したやん」と思ったが、よくよく考えると夕日が完全に落ちて街が夜の雰囲気に包まれるのは夜の7時半ぐらい。大阪を出て京阪電車で1時間程度なことを考えると、今すぐ出発してもいいぐらいの時間帯だ。
同志社大学出身の同僚からは「京阪電車の終点、出町柳駅まで行ってください。すぐ横の、鴨川の河川敷や橋の上でごった返していますよ」ときいていたので一つ手前の神宮丸太町駅で下りる。
 地上に出るといつの間にか日は落ちてすっかり暗闇。当たり前だが京都の街中なので、学校の校舎やマンションが立ち並んでいる。「もしかして建物に邪魔されて大文字が見えないのではないか」。この時点で点火20分前の7時40分。急いで北の出町柳方面に向かう。鴨川の河川敷で夜風に吹かれて五つの文字を全部見るのではなかったのか。
前を家族連れが歩いている。「お父ちゃん、どこまで歩くん?」「しばらく行ってまがったところや」「お母さんも道分かっているからだいじょうぶよ」「そこには何があるの?」「お父さんとお母さんが最初に出会ったところや!」。お父さん、初デートがそこだったんですか。そうですか、そうですか、送り火がどこかに行っちゃっていますが。
 いくつか交差点をすぎる。ここからだと東方向にある山がくっきりと見える。「そろそろまがらないと」。東一条という通りに入る。スーパーを過ぎたあたりで親子連れの京都市民や、老人たちが溜まっているのが目に入る。「ここがいちばん見やすいんですか?」「いや、山の方に子ども連れて行くのもたいへんやし」。そうなのか。なんか前方から場所取りがうまくいかなかったのか、カメラを片手に戻ってくる人が何人も。ここにいるのが正解かな。
京大の横に「吉田山」という森見登美彦さんの小説の舞台になっている丘があるが、あそこだと見やすいのではないか。車椅子姿の老女をつれた中年の男の人に聞いてみる。「吉田山? あそこはすぐそばやし煙モウモクで山火事にしかみえへんらしいで」。そうですか。車椅子に座ったおばあさんに「今年も見られてよかったですね」と話しかけると、ほとんど表情は動かないが、少し涙を流したように見えた。
そばを小学生らしいちいさな女の子がふたりして「お母さんがナ、今日の晩ご飯そうめんやて。やったー」と喜んでいる。娘がいないのと単身赴任なので、その平和な風景に思わず涙が出る。
「あ、火ぃついたで!」。
あちこちで歓声が上がる。最初は交差するカナメの部分、ほぼ同時にほかのところもほぼ同時に燃え広がる。電信柱が邪魔だけど、案外ちゃんと見えるやん。事前に聞いたところでは、若者が毎年忍び込んで「犬」とか「太」にするらしい。たしかに今年は15日が台風だったが、その前の火に懐中電灯で「大」をつくった若者がいたらしい。もしそんないたずらを大阪の天神祭のさなかにやれば、法被姿の屈強な男たちに襲われて市街戦になるだろう。
そういう人たちは両親が健在でまだ幸せなんだろうな、と思う。
燃えるままに任せた大文字は30分もすると燃え尽きた。ほかの四つの山は五分差で点火するのと、ここから見えるわけもなく、早々にあきらめた。送り火には興味がなく、人混みが大好きな西洋人観光客が、出町柳の駅方面でさわいでいるのが聞こえる。
京都市民は三々五々、家路についたり、銭湯に向かう人で散っていった。
「今年も無事に父を送り出せたな」と、道ばたで一人、心が安らいだ。
(2023年8月16日記)

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