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トロイメライとわたし

シューマンをdisるつもりは毛頭ないがトロイメライをいい曲だと思ったことが一度もない。有名曲かつ人気曲であるにもかかわらず、必然的にわたしの弾きたい曲リストに書き加えられることは一生ないであろうと思われた。シューマンなら幻想小曲集「飛翔」「夜に」が好きだ。ピアノソナタ第2番もいい。どちらかと言えば圧倒的に暗く、激しい曲調が性に合う。弾くのも聴くのも。

しかしながら学生の頃習っていたカワイピアノ教室ではことごとく明るい曲を弾かされた。たまにはズドーンと重く、この世の果てまで呪い尽くそうとしているような曲を弾きたいと思っていた。お花畑でうふふあははみたいな曲ではなくお花畑をビームサーベルでまっぷたつにするような曲を、10曲中1曲でもいいから弾かせてほしかった。先生にそう申し出た。「え、明るい曲が好きかと思ってた」え、何言っちゃってんのこのひと。これが直接の理由ではないが、諸事情によりこの教室は中学卒業と同時に辞めた。しかしまあ何事においても先生との相性は大切だと思う。

習うのを辞めたからと言って弾くのを辞めてしまったわけではない。ほそぼそと何かしら弾き続けていて、勤め人になって何年かしてからレッスンを再開した。ヤマハの「初心者大歓迎・大人のポピュラーピアノ教室」である。ポピュラーピアノってなんやねん、といった極めて軽い気持ちで選んだ。ポピュラーピアノについては初心者だし全然オッケーだといいように解釈した。グループレッスンだった。コードや伴奏型については確かにまったくの初心者だが、それなりに弾けてしまうので先生に「あなたはこの教室にいるべきではない。わたしの(自宅で経営している)教室にいらっしゃい」と言われて以来お世話になっている。

先生はわたしの好みを熟知していて、どストライクすぎるほどにどストライクな選曲をしてくださる。ありがたい。しかしそれでは一向に世界は広がらない。避け続けている(おそらく向いていない)曲調の作品をあえて弾くことで表現も変わってくるだろう。正論である。ある日先生が言った。よおし、まずは技術的に負担にならない曲でトライしましょう。うーん、じゃあ……

トロイメライ!トロイメライにしましょうそうしましょう。

わたしは心情的に膝から崩れ落ちた。9回サヨナラ満塁ホームランを浴びたピッチャーをはるかに凌駕する落胆ぶりだったに違いない。マジか。ここで来たかトロイメライ。いや待てよ、第一印象が最悪な相手でも話してみると意外といいひとだったりするじゃない?弾いてみたら、もしかしたらひょっとしたらしっくり来る可能性もあるのでは?とめずらしくポジティヴに捉えてみた。結果、

トロイメライは第一印象どおりで、弾いたところで1ミリもしっくり来ませんでしたー!残念!!しっくり来るどころか苦痛でしかなかった。全体的に好きではないがこのフレーズだけは、この和音だけは悪くない、みたいなものが1箇所もないのはさすがにキツい。感情移入ができない。自分のなかにトロイメライ的なものがナッシングなのだ。ない袖は振れない。

「こんなにイヤそうにトロイメライを弾くひとをはじめて見た」

と言った先生の感想がすべてだった。努力でどうにかなる問題ではなかった。ダメなものはダメだ。ストレスが酷すぎた。結局わたしがトロイメライで学んだことといえば、どんなにココロを砕いても克服できないことはあるということだけだったのである。

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