虚しさに映ろう影―和真編ー

エピソード3

その後阿木沙穂はスマホの写真は消されたけれど、別にデーターが残っていて二次被害にあった時は弁護士の姉に相談すという事を和真に提案した。



—ねぇ、知ってる?本沢くん。あの子私の彼氏と浮気してるよ?ねぇ、いいじゃん。仕返ししてやろうよ—
—なぁ、嘘だろ?あいつ等と浮気してるって嘘だよな?騙されたんだろ?—
—和真のそう言う所がうざいんだよね—
外に吹く季節外れの風は和真の昔の心の痛みを連れてくる。



「あの子講義に出てないんだよね…」
部室で他に人がいる時は彼女の名前は伏せる事にしていた。パソコンの画面には株価のチャートが映り蛇行した線が秒速で伸びていく先を見ている。
「どのくらい?」
「わたしと一緒の講義は二回ほどあったけれど休んでた。それにキャンパスでもみかけない。今日も午後から確か一緒に授ける講義があるけれど果たして来るかどうか…」
「この間、例の奴らに聞いても同じ事言ってたな…毎回、学食で会うんだけどね」
「連絡先教えてないの?」
「俺、こう見えても警戒心は強いから教えてない。でも奴らターゲットがいなくて手持無沙汰みたいな雰囲気だった」
互いの焦燥感がにじみ出るような声のトーンで和真は言った。少したって時計をみると十二時を過ぎだ。
「朝から何にも食べてねーや。腹減ったから学食で飯食ってくるわ、阿木は?」
「遅めの朝食だったから大丈夫」
部室を出て白い壁と業者が丁寧に掃除をしているだろうキャンパス内の廊下を歩く。途中大きなガラス窓がありそこからは大学のキャンパス内を生徒たちが歩いている姿が見える。その中に普通に歩いている多美を見かけ急いで部室に戻り阿木沙穂に報告した
「彼女来てるよ、今。」
「本当?彼女苦手だけれど、良い人だからさ。教科書届てくれたりして…なんか理由つけてここにつれてくるわ」と言って彼女は急いで部室を出ていき数十分後多美をつれて戻ってきた。
「はい。本沢くん。日下さん連れて来たわよ」
さっきの慌てぶりとは裏腹に冷静を装う阿木沙穂がそこにいた。すると彼女はお昼を食べてくると言って部室を出てってしまった。
—遅めの朝食だったんじゃなかったのかよ—と和真は自分の後頭部を手で掻きながら思った。
「何か私に用事?」
「いやさ、はじめて会った時から可愛いなって思てさ。付き合ってくんないかな?」
「ふぅ」と一息はくと「今、そんな気ないの。彼氏いるし、ごめんね」
予想通りの答えだった。純情ぶった自分に少し嫌気がさした瞬間思いもよらない事を口にしていた。
「ごめん嘘。正直付き合うとか面倒くさい。単純になんか同じ空気を感じたんだ俺と。暇だったらたまに遊んでよ。」
多美の反応は和真の期待外れだった。
「いいよ。」この多美の返事には意味深な空気をはらんでいるように感じた。

「日下さんいいよって言ったの?」今日の出来事を報告するため夕食を一緒に食べることになった。美津森も一緒だ。
「友達になって全部話してあの連中に嘘を吹き込むのかとわたしは思ってた。」
「お前はガキか?言えるか友達に騙されたの知ってるよって。恥ずかしい写真ネットでばらまかれるかもしれないよって」
「言えるわよ。わたしなら」
彼女がそう言うとため息を漏らしながら話した。
「俺さ自分が勘がいいとか言うつもりはないんだけどさ、俺の母親、親父が病気で死んでから水商売をやって育ててくれたんだけど…そんな母親から色んな話を聞いたんだよ。水商売でもいろんな女の子が働きに来るって。その中でも自分で傷ついている事に気付いていない人がいるって」
「だから自覚させなきゃ、ねぇ?」と美津森に同意を求めるも彼は「うーん」と答えを渋った。そのどっちつかずの態度に彼女は苛立ちを覚えた。
「そういう場合、その傷に触れた瞬間、なし崩しに心が壊れるんじゃないかっていうくらい精神が脆い人が多いらしい。なぁ阿木。今の日本で育ってお前みたいなやつも珍しいと思うんだよ。人とつるまないし、群れないし。そう言うのも何か昔あった痛みから来てるんじゃないか?それを全部俺達に話せるのか?」
彼女は下を向いてしまった。
「お前言い過ぎ」と美津森が言った。
「悪かったごめん。でも彼女きっとあの出来事以外にも昔何かあったような気がするんだ。なんかそんな気がするんだよ。」
そう言うと彼女は顔を上げてこういった。
「追加で何か別な食べ物頼んでいい?」
そう言ってメニュー表を手に取った。

和真は暇な時に部室に訊ねてくるといいよと多美に言ってあった。まだ、連絡先は互いに教えずにいた。告白から3日後、多美は部室にやってきた。
「和真くんて言うんだね名前。先輩かと思ってた。」
「俺、老けてる?」
「キャンパスにすごいなじんでるから…でも先輩とかあんまり来ないんだね?」
「自分のパソコンでやってるんじゃない?まだ実際に株の運用はしてないんだよ俺達は。先輩たちは別室でやってると思うけれど」
この部室は光がなかなか入りにくい。薄暗く夏は涼しいが冬は暖房が欠かせない。
「ご飯でも食べに行く?」そういと彼女は頷いた。
結局和真が知っているお店は何処も混んでいてなかなか食事にありつけなかった。
「なんか食い物かってうち来る?」
「その方がいいかもね。」と多美は答えた。
まさか彼女が自分の部屋に来るとは思わなかった。食事をしながらくだらない色んな話をした。
—どんな子供だったの多美ちゃん—
—大人しかった方だとおもうけど、嫌な事も言われたよ、悪口とかね。まぁでも人が大勢集まるところだからいろいろあったよ—
—最近は?—
—これと言ってないけど—
間ができた瞬間思った。この人、誰も信用してないんだなって思った。この間の出来事の大体を知っている和真にとってこの多美の嘘を見破るのは簡単だった。
「いい?」
「うん。いいよ」
狭いアパートの一室で二人は身体を重ねた。傷ついた事を懸命に隠す彼女の姿に和真は言葉が見当たらず、触れ合う事でしか彼女を慰められないと思っていた。

数日が経ち、食堂に行くと例の女達が話しかけてきた。
「ねぇ、SEXビデオは。」
「無理だった。やらしてくれねーんだよ」
「ふーん。でもいいや。彼氏と別れたらしいからさ最近。わたし気に入ってたんだよね多美の彼氏の事、ちょっと言い寄ったら簡単だった。」
「そうなの?よかったじゃん」
—よかったのか本当に?—といい加減な事を言ってる自分が馬鹿馬鹿しかった。
「これからその彼と遊ぶんだ」といって女は去って行った。

大学を卒業しても和真は多美との関係を続けた。恋人と言うのとはどこか違うような気がしている。和真にも多美にも遊ぶ相手は他にもいるのも互いわかっている。ホッとしているのは今でも弁護士の阿木のお姉さんのお世話にならずに済んでいる事だ。
そんな中で多美を愛しく思い、傍に置いておきたいという気持ちに気付いた時、和真が十代の時感じてきた心の痛みは形を変え始めていた。心に傷を負い、うなだれた情けない姿をかつて和真は「自分自身」にさらした。その自分をどれだけ嫌ったかわからない。そして今も関係を続ける多美が見せる柔らかく、しなやかで、時に優しく激しい女の武器は、労わる事の出来なかったかつての和真とよく似ているのかもしれなかった。そんな彼女を思わずにはいられない。この感情はきっとあの日彼女がはじめて部室を訪ねてきた瞬間から芽生え始めて今まで育てた不思議で複雑な言葉にできない思いだったのだろう。
そして和真は二人の仲が深くなった本当の経緯を話す時期を見計らっていた。そしてこれからも大事に思いたい彼女にどんな言葉で伝えようか考えている…。
              —おわりー

この物語は架空の物語です。

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虚しさに映ろう影

出版社で働く多美の10代から続く恋愛の行く末、そして和真の虚しさにはどんな傷みが映るのだろうか…。
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