虚しさに映ろう影

エピソード3

休日明け月曜日、今日は午前中、企画会議だった。和真の家から帰宅した日“遅くなってゴメンね”という件名で陽からのメールに返信した。
—まさかあんな穴場で知り合いに会うとは思ってなかったから驚いちゃって、ぎこちなくって、こちらこそ場の雰囲気乱しちゃったかなって思って—
—呼び止めちゃってごめん。暇だったらたまに飯でも食おうよ—
—時間ができたら連絡するよー

「多美さん、これ見てくださいよ」
後輩の明美が一冊の雑誌を多美に見せた。
「何これ?エロ本?うわぁー懐かしい。どうしたの?これ」
「別の部署の先輩に貰って」
「あはは、貰ったってこれ、ティーンズ向けの雑誌だよ。」
「多美さん読者だったの?」
「うん。読んだよ。ご丁寧に色——んな事が書かれてあってね、隠れて読んだよ。学校でも読んでた子とかもいたよ」
パラパラと雑誌をめくりながら明美は笑う。
「その先輩曰く、男性のエロ本よりエロいらしいですよ。」
「そうなの?でもほら、初Hの時とかどこがどうなってて…穴がどこで…とかそう言うのも詳しくかいてあったよ」
「あはは。穴って。でも今の子達ってどうやってこういうの知るんだう?」
「漫画とかネットとか?私の世代は両方かな…。明美ちゃん世代はネット?」
「両方ですね。今の子達すごい事いっぱいしってるのかな…?」
「あはは、かもしれないね。けど、この雑誌誰にも聞けない話とか書いてあってエロ以外とかでも身体の悩みとかね…。面白かったけどな。」
「これどうですかね?企画?エッチ旅行」
「出してみれば?通るかもよ。その前にセクハラになっちゃうかもね」
仕事があってよかったと思った。本当は小説家になりたかった。受かるとは思わなかった編集社に受かり有難い事にこの雑誌の編集が自分でも思いもよらないぐらい肌にあっている。改めて大学まで出してくれてあまり干渉しない両親に感謝だった。
和真のあの一言にはドキッとした。大学時代まだ和真に出会う前に思い出したくもない出来事に出くわした風景が多美の頭の中を過ぎりはじめた。

—多美ってさぁ、やな感じだよね。ちゃっかり守るもの守ってますって雰囲気出しておいて結局、地元の彼氏と別れてこっちで彼氏とか作っちゃってさぁ—
—あはは、それアイツの事気に入ってたからじゃないの?—
—だけどさぁ、普通彼氏いるなら大事にするよね—
—彼氏近づけない方がいいんじゃない?—
—あはは、大丈夫タイプじゃないってさ—

こんな陰口は日常茶飯事だった。必ず誰かが的にされて次のターゲットが決められてネタにあげられる。みんな自分がターゲットになりたくなくて必死に人の陰口をたたく。自分が標的にならなくてすむなら、嘘だってなんだってありだった。そして多美もその仲間の中にいた。けれど必ず標的にされる時が来る。
「ねぇ、多美いい男紹介するよ?」
「えっ、でも。いま彼氏いるし。」
「いいじゃん。会うだけだって私の顔立ててよ。勿論私の家でだよ」
「だったら。お邪魔しようかな」なんとなく嫌な予感がしたけれど、断るという強さを持てずにいた。多美はこのときの自分をどれほど責めたかしれない。
その女の家に行くと中年の男性がいて、その女は彼氏とソファーに座っていた。
「多美っておじさん趣味だってきいたからさ」
「違うよ」
「君が多美ちゃんか結構かわいいじゃん。いいの?すぐやらしてくれるんでしょ?」
「そんなんじゃ。」
「なんだよ嫌がってんじゃねーかよ。」
抱きついてきた中年の男性を払いのけた。けれど女は抱きついた写真を撮っていたのだ。
「ねぇ、これまかれたくなかったらしばらくは大人しくしておくことね」
このときの事がばれるんじゃないかっていつもビクビクしていた。そんな多美に当時付き合ってた人は嫌気がさしていた。そんな時出会ったのが和真だった。

—和真、このこと知ってるはずないよね?—

その輪の中から外れたら自然と何も言われなくなったけれど…。結婚して子供を産んで普通の女性が当たり前にできる事が自分にも当然の様にできると思っていた多美にとってこの出来事は深い傷になった。自分一人が被る被害ならまだ我慢できる。両親や姉、自分の大切な人が多美に起こった出来事の事実によって迷惑がかかるなら、結婚も出産も特に子供を育てることはとてもじゃないけれど無理だと思い自分の浅はかさと弱さをどれほど責めたか知れなかった。

その時スマホが鳴った。また陽からのメールが来た。
—こっちで結婚して家族ができたから、地元の友達として紹介したいんだ。よかったら食事でもどう?—
その時マミコちゃんの顔が浮かんだ。写真付きのメールが送られてきた—そこには子供と奥さんと三人で映る陽の姿が。
—奥さん????この人…—一瞬息ができなくなった。ドキドキと心臓が鳴って身震いがした。

多美は自分のスマホを振るえる手で置いた。思い出したくもない大学の時のあの女だった。何の因果なんだろう…これは。もう何年も前の事で未だに悩まされるなんて、多美はトイレに駆け込んで、スマホを水没させた。これでもう連絡が取れない言い訳ができた。知り合いの連絡先なら何かあったときの為に自宅のパソコンにバックアップがとってある。落ち着け、落ち着け、とりあえず職場とか教えてはないから大丈夫だ。
大丈夫もう心配はない…こんな所まで嫌がらせするはずがない…そんなことはありえない。私の知り合いと分かって結婚したの?またわたしに嫌がらせをするために?そんなはずはない…。陽は私がどこの大学に進学したかは知らないはずだから…心配はない…そんなはずはない…。何度も何度も言い聞かせ、その日は職場を体調不良で初めて早退した。

3日間会社をインフルエンザを理由に休んだ。パソコンのメールで上司に連絡を入れたところ欠勤したことが無かったため、驚かれゆっくり休むように言われた。
ピンポーンとマンションのチャイムが鳴る。出たくない。もしまた脅されたら…。
「多美ちゃん?居る?インフルエンザだって?大丈夫か?」
—和真?—
急いでドアを開ける。
「おう?なんだ元気そうじゃん。顔色良いし熱さがったのか?」
優しい顔で多美を覗き込む和真。
「なんで欠勤したってわかったの?」
「毎週水曜日は俺の店に来る日でしょう?何もしなくても。欠かすことなかったのに変だなって思ってたら、時々一緒に店に来る明美ちゃんっていう子が彼氏と昨日来て、多美さんインフルでしばらく休むって教えて貰って俺も大丈夫かなって思って。連絡しても連絡つかないし…。」
多美は和真に抱きついた。
「ゴメン和真。インフルじゃないしうつらないからちょっとこうしてていい?」

とりあえず玄関先ではなんだから部屋に上がっていい?と言われハッっと我に返って、取り繕って部屋に通す。
「なんかあったの?」
「うーん。大丈夫。」
「ごめん。大丈夫に思えない。」
無言で重い空気だけが流れる。いつもならSEXが始まる。今日はしないのかな…。
「和真する?」

温かい、人の肌ってどうしてこんなに温かいんだろう…。ずっとこうしていたい。でも離れなきゃ、和真を手放さなきゃ…。

「多美ちゃん、話たくないなら話さなくていいよ…けど」
「平気だってちょっといろいろあってね、気にってた人がまぁ、あんまり好きじゃない女性と良い感じみたいでそれで…ちょっと…。」
和真の言葉を遮るように多美が繕いながら一気にしゃべった。和真は深いため息を漏らす。
「お酒でも飲む?付き合ってよ和真?ダメ?」
「俺夕方から仕事。」
「そっか…」
和真は多美の髪を耳にかける。
「本当に風邪ひいちゃうぞ。」
「和真、来週の休みの日スマホ買いに行くの付き合って。」
「いいよ。」

和真は無言で多美の側にいた。どれくらいの時間そこにいたのかわからない。ただ時間だけが過ぎていき眠りこけた多美が気づいた時にはそこには居なかった。

一週間会社を休み、会社からは何の連絡もないという事は迷惑はかかってないと思い、胸をなでおろした。部屋を掃除したり、いらない物を捨てたり、気分転換をした。
—そうだ引っ越そう。そろそろ契約が切れるんだ、いい機会だ。東京から出よう。会社に通えれば少し遠くても大丈夫だ。この街に人が多くてよかった。都会の雑踏や煌びやかな光は、傷を癒すには充分に心地よい。都会の街並みを一人歩きながら、和真が働く店へと向かう。
               —おわり—


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虚しさに映ろう影

出版社で働く多美の10代から続く恋愛の行く末、そして和真の虚しさにはどんな傷みが映るのだろうか…。
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