昔、品川は海だった。江戸前料理を出す路地裏の小さな店で、若い店主がそう語った。ああ、そう言えば落語の『芝浜』で男が財布を拾っていたのはこの辺りだ。薄い知識をぼんやりと掴むと同時に、頭のなかで先のフレーズを思いつき、三度呟くと妙に気に入ってしまった。この場所が海だったことを、江戸時代の記憶はないが、私の身体は覚えている。付き合っている恋人と音信不通になり一月経つ。春の手前、より一層深まる冷たい闇は躍動を失った私の頰を優しく抓る。知り合って間も無い男性に誘われ、今食事に来ている
2019年4月4日の日記。 去年の4月4日は 同棲していた家から私だけ出る日だった。 来た時は整理を放棄した昔の女の私物があり、 一部屋は薄暗い物置と化していた。 無関心が埃を被り点在する様子が その人の寂しさと自意識の過敏さを物語っていた。 業者が時間より早く来て家財を運び出し、 泣きながら掃除機をかけた。 時は流れ同じ景色は二度ない。 窓から差し込む陽の光と隣の女子校の大桜、 柔らかな風がリビングを抜ける。 随分、一生懸命に生活をしてきたな。 この気持ちは後に相手から泥
