統合失調症になった日のこと

【救済編】小さい町の大冒険(2)

私が住むのは、どこにでもあるような地方都市の片隅、とある小さな町である。そんな町で大冒険をした。統合失調症になったから。世界は私を中心に回っており、その世界の真ん中で私は殺されそうになった。精神病院に担ぎ込まれ、措置入院となった後、私はもう、自分が世界の中心になるのはごめんだと思った。のちに私が自分自身に「名もなきライター」と名付けるのは、世界に対してのちょっとした“遠慮“であった。

さて、救急車で精神病院に直行し、襲いかかる幻聴と幻覚に頭を抱えていると、飛行機の距離を母親がやってきた。「今からそっちに行く!」と電話を叩き切ったあの母親である。私はほっとして、檻の中に入ってきた母に抱きついた。職員はニコニコと見守っている。

しばらく談笑していると母は「久しぶりに会ったからいうけど、結婚はしないの?お母さんの知人でいい人がいて」と、縁談をすすめるのであった。あいにくここは町の外れ、昔から隔離病棟として知られた精神病院の檻の中、トイレしかない閉鎖病棟の鉄格子の部屋である。おまけに私は大きい方を失禁して大人用オムツの身の上だ。

遠くから心配してやってきてくれたのはありがたいが、そんな私に縁談とはなかなか勝手なことをいう親である。お金がなく、仕事も危なっかしく、統合失調症になり、何よりウンコもらして大人用オムツをしている私には、もう結婚とかそうでないとかの次元の話は雲の上だ。私は死ぬか生きるかの冒険を終えて、生きることを選んだばかりなのである。

何より、彼氏がいる。無職の彼氏だ。さすがに今頃心配してるだろうな。お母さん、ちょっと彼に会ってきてほしい。そういうと、母はわかったといって鉄格子の部屋を出ていった。この頃は、まだ幻聴も幻覚もあった。正直、彼が”組織“に合鍵を渡したのではないかとちょっと疑っているところもあった。なぜなら、勝手にエアコンがついていたり、ハムスターが抜け出して散歩していたり、その痕跡は家中に残されていたからである。

しかし、この彼と彼がもたらした規律が、愛と早起きと何があっても金を回収する不滅の掟が、人間を真に不屈にして陽気なものとする彼の生来のユーモアが、のちの私の人生を大きく変えることとなる。貧困に落ちたときも、統合失調症になったときも、「もう終わった」と思った。でもまったく終わってなかったのである。

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