管理人ナナのプロフィール

はじめまして、ナナです。
エッセイのようなものを書きたいなとnoteで創作活動しようと思い立ちました。

ブログをやっているのですが、いつしか自由気ままに書けなくなりました。

どういうことなのかと、考えても考えてもわからない。
考えてもわからないというのは当然ですね。
頭の中で思うだけでは、何も整理されないし何もわからないまま。

だから、書くことにしました。
表現しないという状態は、心が枯渇しているということに気づいたのです。

まずはかんたんに自己紹介


わたしは、2児の母であり専業主婦をしています。

2007年に1度目の結婚。
2013年5月に離婚。
2017年3月に子連れ再婚しました。
2018年3月に第2子を出産し、2児の母になりました。

以下、めちゃくちゃ情けない過去を簡単にさらしていきます!

反抗期がなかったこども時代

わたしはこどもの頃、反抗期がありませんでした。

その原因は、小学校から高校まで続いた兄妹間虐待。
家の中ではずっとブルブルこわくておびえていました。
もしそのつらさを両親に伝えたら、たちまちに家族が崩壊する・・・!

両親が手を焼くのは兄だけでじゅうぶん。
わたしは両親にとっての「いい子」で過ごしました。

家庭内でいじめられ続けること12年、わたしは自己肯定感を喪失。
自分に自信が持てず、常に愛情に飢え
感情を100%出すことを知らずに大人になりました。

恋愛依存の20代

家を逃げるように府外の大学へ進学、生まれて初めて恋人ができました。
こどもの頃に飢えていた愛情を埋めて、必死に自分を満たそうとしていました。
情緒不安になることも多く、恋人を理不尽な理由で傷つけることが圧倒的に多かった・・・。

自分を愛してくれていないと常に不安。
声をかけられたら相手をよく知らずに勢いで付き合うことが多かった。
遠距離恋愛ではわたしがいつも会いにいく側、相手に尽くし過ぎて自分を見失いました。

何人と付き合ってきたんだろう。からだの関係だけのときもあった。
今振り返ると、恋愛依存だなって思います。

スピード結婚するも5年後に離婚

一度目の結婚。
前夫にとってのいい妻でいようとし、自分が迷子の状態で過ごしていました。
前夫の夢を応援したい、隣で寄り添って支えていきたい。そのためにはなんだってする。

自分でなく、夫やこどものために生きている妻に、いつしかふっと冷めたんだろうな。
「愛情がなくなったから、別れよう」
こどもが3歳のとき、この言葉を突きつけられ離婚しました。

さすがにこのときは怒りも悲しみもどばーっと湧いてきた。
でも、わたしとこどもに有利なようにただただ淡々と離婚手続きを進めた。

誰かのために生きたって裏切られる。
こんな人生はもうごめんだ、自分の人生は自分で決めてつくっていく!

離婚がきっかけとなって、自分の人生をどう生きたいのか考えられるようになった。
どう表現していいのかわからないくらいとてもうれしかった
苦しかったけど、とてもうれしかったんだ!

ストーカー被害に遭う

身寄りのない地域でスタートした、母子家庭ライフ。無我夢中で過ごした。離婚後に就いた仕事がきっかけで生涯のライフワークにしたいと思える活動を立ち上げた。

同時に、離婚後の寂しさを埋めるかのように婚活イベントに参加した。
そこで知り合った男性がいて、情がわいてしまい、少しお付き合いをした。
男性の依存体質が原因で別れ話がこじれて、ストーカー化し、最終的に警察沙汰になってしまった。

一生この大好きな地域で生きていきたいという野望と、ようやく見つけたライフワーク。
1年半で木っ端微塵に打ち砕かれた。

わたしとこどもは、実家に逃げた。
愛しい場所が怖い場所になったのがとてつもなく悲しかった。

それでもわたしはあきらめなかった。

離婚のときの痛みとはまた違った、怒りと悲しみ、見えない怖れ。
感情がからだの中でぐちゃぐちゃになりながらも、こどもの前では毅然とし続けた。

逃亡2日後に再スタート

実家に逃げた2日後、仕事を決めるために一歩を踏み出した。

尋常でない精神状態の中、京都府南山城村の地域おこし協力隊の面接を受けて合格した。

腐らずに前を向いて行動したから、神様が導いてくれたと思えた。
すぐにまた、縁もゆかりもない山奥の田舎で母子での生活を再スタートできた。

そこでの仕事、暮らしは、わたしの理想を絵にしたようなとても充実した毎日だった。
ゼロからイチをつくる事業、心地いいご近所付き合い
めちゃくちゃ刺激ある毎日だった。

でも田舎で母子家庭を続けていくには限界を感じるようになった。
村をあげての大きなプロジェクトのため、土日出勤することが多かった。
新しい生活にすぐに溶け込む中
「おとうさんがほしい」と堰を切ったかのように泣くこども。

わたしは、いつしかパートナーがいる生活を求めるようになった。

おもしろい仕事と価値観の合う楽しい仲間を手放したくない。。
でも、土台がしっかりした家庭もほしかった。
それらを天秤にかけることはナンセンスで、どちらかを選ばなければいけなかった。

葛藤の中で決めた、再婚

わたしは、こどもとしあわせになる覚悟を決めた。
そうしたら大学時代の先輩が、今の夫を紹介してくれた。
このひととなら安心安全な居場所をつくっていける、と再婚を決めた。

再婚して専業主婦になり、こどもは1年生になって小学校に通う。
朝仕事に行く夫を送り出す、平々凡々なしあわせな日々。

第2子を授かり、出産。
一生に一度の出産に立ち会ってもらえず
毎日残業で遅くなる夫にイライラしてしまい、わたしはいつしか無表情に。
しあわせなはずなのに、どうしてつらくなるんだろう。

心理カウンセリングを受けました。
自分なりに乗り越えたと思い込んでいた過去ともう一度真剣に向き合った。

感情を押し殺して、「ここから逃げたい」とひとりきりで泣いているわたしがいた。
泣いているわたしが「今、喜怒哀楽をもっと出そうよ」と、おとなのわたしに優しく囁く。

つらいことがあるたびに、感情を抑えながら苦難を乗り越えてきました。

そんな人生だったからこそ
気持ちに強気になる人生はひとやすみして
「こども」にいったん戻ってみよう、と。

こどもの頃に味わえなかった、喜怒哀楽がぶわあ!とあふれてくる感覚。
この感情のアップダウンを、こころの底から楽しんでいます。

わたしは、ようやく、「自分らしくある人生」のスタート地点に立てました!

noteで伝えたいこと

「人生は、生き直せる」

どんなにしくじり続けてきても、自分に正直に生きる覚悟を決めれば、自分らしい人生を創っていける

これがこのnoteでつづる大きなメッセージです。
壮大でいいじゃないか!

つらさを隠して、もがきながらもがんばって生き抜こうとするクセ。
ついついがんばってしまうあなたは、ガッチガチに自然武装されてます。

私の心の内を文章表現することで、あなたの心もいっしょにほぐしていきたいです。

もうね、ずっとつらさをひた隠してがんばってきたんです。
甘えられるひとはすぐそばにいるんだから、ひとりでがんばらなくていい。

日々の感情のジェットコースターをこのnoteに表現して、ひとりでもしんどい人生を抜け出したいなと願うひとたちへのエールになればと思います。

最後までプロフィールにお付き合いいただき、ありがとうございました!

▶Twitterやってます。どうぞご覧ください^^
https://twitter.com/nana_nouchi

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野内ナナ

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