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幻のラブレター

あれは、小学1年生のときだった。
私は人生で初めて『ラブレター』をもらった。いや、正式には
『ラブレターらしきものが、ランドセルの中にグチャグチャに
押し込まれていた』のである。


その日は土曜日。
午前中で授業が終わり、帰る準備をしようとランドセルを開けた。
すると一番上に、グチャグチャになった『ざら半紙(わら半紙)』が
押し込まれているではないか。

何だろう?
最初は、誰かのイタズラかと思った。
恐る恐る広げてみると、アイアイ傘が書かれていて、
片方に私の名前が見えた。
その瞬間、子供ながらに『ラブレターだ!』と直感した。

私は心臓がバクバクしてきた。
『どうしよう。誰かに見られてないかな?』
まわりをキョロキョロしてみたが、みんな帰る準備に勤しんでいる。
私に注意を払っている者など、一人もいなかった。
良かった。誰にも見られていない。
もし誰かに見つかりでもしたら、
冷やかされたり、からかわれるに決まってる。
私は慌てて手紙をランドセルに押し込んだ。


いそいそと帰宅すると、こんな時に限って親戚の叔母が遊びに来ていた。
「あら!奈々ちゃん。おかえり。久しぶりやねぇ。」
「奈々、お帰り!ご飯あるから、食べておいで。」
私は、すぐに手紙を開けたかったが、いつも通りに行動しないことで
バレてしまってはいけないと、ランドセルをリビングに置いたまま、
お昼を食べに台所へ行った。
大急ぎでご飯を食べて、ランドセルを取りにリビングへ入ろうとしたら、

「奈々ちゃん!あ〜そ〜ぼっ!」

何と間の悪い。
友達が遊びにきた。

またしても手紙を読むチャンスを逃してしまい、
私は後ろ髪を引かれる思いで外に出かけた。


夕方、家に戻ると、母と叔母はまだ話し込んでいた。
テーブルには、二人が食べた後のミカンがあった。


え!?
私は目を疑った。
ゴミを置いている紙は、あのラブレターではないか!?
なぜ、あの手紙が開けられて、しかもゴミの下に敷かれているのだ?


母からしてみれば、こういうことだろう。
『あれ。奈々のランドセルから、グチャグチャになった紙がはみ出てる。
学校からの連絡の紙かな?』

皆さん、思い出してほしい。
冒頭で私は、学校でラブレターを見つけた瞬間、
大慌てでランドセルに押し込んだとお伝えした。
実はその時、あまりに急いだため、グチャグチャになった紙が
思いきりランドセルから顔を出していたのだ。

母からしてみると、グチャグチャになった紙がランドセルから出ていたら、
「学校からの連絡の紙を慌ててランドセルに入れたのかな」
と思うかもしれない。
ここまでは納得できるとしよう。
しかしだ。開けてみると、それは娘がもらってきた手紙だった。
普通なら、どんなグチャグチャになっていようとも、
そっとランドセルに戻さないかい?
それを、なぜにどうして、ゴミとして扱うか?!


「これ、私の手紙やん!なんで勝手なことすんの?」
本当なら、そう言いたかった。
しかし、
「奈々、ラブレターもらったんかぁ?」
と冷やかされることを想像すると、恥ずかしくて言えなかった。
小学一年生とは、それほどウブなのである。


母と叔母は、私の手紙などすっかり忘れて、話に花が咲いている。
しかし私がそろりと手紙を取ろうとすれば、たちまち手紙のことを
思い出し、冷やかすに決まっているのだ。そんな状況には耐えられない。
結局ラブレターは、母の手によって丸めてゴミ箱に捨てられ、
私は読むことが永久に不可能となってしまった。


グチャグチャに押し込まれていたラブレター。
誰からだったのだろう?
何て書いてあったのだろう?
そもそも、本当にラブレターだったのだろうか?
せめて手紙の送り主だけでもわかれば、直接聞けたかもしれないのに。
私は、無念でならなかった。


それから数ヶ月ほど経ったある日、
家族揃っておばあちゃんの家に遊びに行った。
少しお酒が入ってご陽気になった母は、みんなの前でこう言った。


「奈々、この間ラブレターもらって帰ってきたもんな〜。」


えっ!!!
私はドキっとした。


「えーっ!すごいやん、奈々!モテモテやん!」
周りの大人たちは私をからかったが、
私はそれどころではなかった。


やっぱり!
やっぱり、あれはラブレターだったんだ!


「ラブレター、誰からやった?何て書いてあった?」
そう聞きたかった。
しかし、照れ臭かった私は、

「そんなん、もうてへん!」

怒って部屋を出て行くしかできなかった。
小学一年生の淡く切ない思い出である。


つい最近、このことをふと思い出して母に聞いてみた。
「へ?そんなこと、あったか?全然覚えてへんわー。」

そりゃアンタはそうだろうな。
母にとっては、ゴミだと思って捨てたまで。日常の小さなひとコマだ。
覚えているはずもない。
しかし小学一年生の私にとっては、
今でも思い出すほど大きな出来事だった。


ああ。あれは一体、誰からのラブレターだったのだろう。
アイアイ傘のもう片方には、誰の名前が書いてあったのだろう。


このエッセイを読んで、もし
『あの時のラブレターを書いたのは僕だよ』という人がいれば、
名乗り出てはくれませんか?
アイアイ傘の君よ!
ぜひともご連絡をお待ちしております!


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