2023岐阜 麒麟講演会メモ

■落合P(以下「P」)、池端先生(以下「池」)、徳重さん(以下「徳」)登壇、紹介後、1話の伝吾登場(野盗襲撃シーン)の映像流れる。

徳:(このシーン撮る前に)槍の稽古をすごくした。唯一「背旗(背中の旗指物?)」がない状況・シーンだった。普段、背旗があると思って演じてた)
P:3年も前のドラマのイベントで呼ばれるのははじめて。岐阜の皆さんの戦国愛だ。
  4日かけて1話のシーンを撮った。可児市の設定だったが、撮影は奥州。2019年9月に撮った。
徳:もう3年どころか4年前。(笑)
P:(麒麟の企画について)まず最初に、戦国時代をやろうとNHK内で話があった。僕も好きな時代。
   この時代は本能寺あとの話が多いが、「戦国時代の初めをやりたい」。池端先生は「室町終わりをやりたい」で一致した。
   そこから明智光秀の話になった。
池:光秀はいつも裏切りもの、悪い人、裏街道のイメージ。僕はそういう人が好き。太平記では足利尊氏が好き。
  僕は裏街道の人を愛している。そんなことで秀吉ではない。信長ももういいでしょう。(笑)家康もない。で、光秀が残った。非常にミステリアスな人物を描きたかった。
P:それも2018年、5年も前の話。(笑)徳重くんはオファーをうけて(光秀が主役の話を)どう思った?
徳:光秀は本能寺の汚いイメージがあったのでどういう様に終着するのか、毎回ドキドキして脚本を読んだ。
P:光秀観は変わった?
徳:悪い人ではない。180度光秀像が変わった。
P:先生は作品が終わって、反響ありました?
池:見終わって、納得した、という人が多かった。
司会:麒麟は衣装がカラフルだったけど・・・?
P:(その設定は)ドキドキした。始まったときは「目がチカチカする」とか言われたりしたし。(笑)
4Kはじめて(の大河)だったので。大原さんが「戦国はカラフルだった」と佐多先生と話していたのでそれをやろうと。で、黒澤さんに話した。当時はそういうカラフルなのものを着ていた、という資料もあったので。
 麒麟は若い頃はカラフル。年取るとシックな色になる。キャラごとにイメージカラーあったよね。伝吾は青だっけ?紺色?
徳:光秀は緑。斎藤家は臙脂・赤。
P:やっぱ違和感あった?
徳:あったけど、今となってはあのキラキラした色が懐かしい。
池:(キャラ毎にイメージカラーあったのは)わかりやすい。最初はびっくりされたが、だんだん皆さんも慣れてきたのでは。

■道三との出会いのシーン映像流れる ※稲葉山城天守で尾張の海の話を光秀に話すところ。
P:本木さんは何度も岐阜に通って役作りをした。
  この物語は特徴があって。道三は一代で成り上がったと思われがちだった。父の代から油売りが成り上がって(守護代に)なったが、(道三の)父と子、二代で成り上がったのを描いたのは麒麟がはじめて。本木くんにそれを話したら「それだと(道三が)目減りする」と。(笑)
 徳重さんはどうだった?伝吾はあのときいなかったけど。
徳:映像をみて、僕は別のシーンを思い出した。
  あの外のシーン(茨城ロケ)だけに、本木さん2日、朝4時半からメイクして待ったのに、「今日は撮れません」で返した NHKすげーな!と。(笑)
P:先生はどうでした?
池:このシーンは素晴らしい。昨日、岐阜城のてっぺんから見て、あの向こうに海がある。道三は海に出たかったのでは。僕も埼玉(住み)なので、海は魅力的に感じる。もっくんは素晴らしい。自分で書いてて感動する!
P:脚本家が話をかいて、役者が演技して、音楽をつけて・・・……誰も見えなかったシーンが上がってくるのがこの仕事のだいご味。この話は二人のお父さんが出てくる。光秀の父。1話で駒に麒麟の話をする。それを光秀が追う。
もう一人は道三のお父さん。混乱した世を収めるために。大きな国をつくる。
二人のお父さんがこの話の根幹を作っている。
池:(物語に直接)出てない人物が大切。仕掛けを作っている。こういうのが面白い。でも道三は二代目として書かなかった。
  光秀も同じ。父と子が一体化する、そういう作り方をした。道三をみて二代目って感じないでしょ?僕もそのつもりで書いた。
徳:本木さんは美しく誠実なイメージと思った。マムシ道三のイメージが出るのか?と思っていた。
池:僕は危ないなーと思ってた。「マムシ感」が出るのか?聖徳太子をやった人が道三マムシやるんだからね。
  彼はうまく変身する。実はお芝居がとても上手。でも画面上綺麗だからなー・・・と思ったが2.3話みてほっとした。
P:本木さんはかなり作り込んだ低音(の声)でびっくりした。
池:あの声で「やっぱ上手くいくわ」と思った。
P:(道三が)深芳野を抱っこするシーンでモックンが舌なめずりをするシーンもあったが、そこはカットした。やり過ぎだろうと。(笑)そういうのも僕の仕事。(笑)
本木さんは道三の新しいイメージをつくった。道三は(信長とやりあう)いつも年とったイメージだから、若い斎藤利政をかけた。

■長良川合戦シーンの映像。
P:加納口の戦いなど、これまで大河でやらなかった、見たことない戦をやりたかった。
  親子の骨肉の争い。
司会:「父の名を申せ」のところ、どんな思いで書いたのか?
池:どういうおももちで書いたのか、忘れちゃったけどギリシャ悲劇に出てくる父子の戦い。どちらが悪い、とかでなく。
  「お前の父は誰か?」が子供にとって一番痛いセリフ。
  特にあれは、自分が本当の子供でないのではないか。と思っているのに対し「醜い父を見つめろ。お前も俺と同じ醜い人の出である。」と思ったのではないか。
P:一騎打ち、長良川の戦いは殆ど記録が無いのでこういうシーンが出来た。伊藤英明さんは岐阜のスターで。無骨かつ繊細な人だからああいうのが出来た。徳重くんは長良川の現場はみてないよね。もっと上流のほうで戦ってた。
道三のほうが時流が悪いんだけど、光秀が道三側につくのは自殺行為に近い。

司会:光秀は最初、高政と仲良かったのが次第に疎遠になっていくのが切なかったです。そういうときの光秀、高政の気持ちはどんなだった?
池:友情はとても大事だし、光秀はそれを大切にしていた。友達は小さい圏での権力闘争。道三は大きな国の闘争をしていた。光秀は最終的にそのあたり考えて「大きな国をつくる」ほうをとった。
P:岐阜はあとから乗り込んできた信長の人気がすごいけど、岐阜は斎藤家。信長の町じゃねーぞ、という。(笑)
池:道三は当時の戦国時代の象徴的人物。京の貴族も気にしていた。高政も非常に優秀だった。ドラマから離れてみると、戦乱の世を代表するような立派な人物だったのではないか。
P:「これは二代目の話だね」と当時池端先生が言った。
池:結果的にそういうことだ。

■明智城陥落で明智一族が落ち延びる(光秀と伝吾たちの別れの)シーン。
徳:このシーンを撮り終えてすぐ、可児市の明智城趾の門から登らせていただき、景色を見せていただいた。そのあとすぐコロナが流行って(ロケが出来ず)想像でやるしかなくなったが、後の光秀が明智荘に帰ってくるシーンをやるとき、それが役に立った。
P:伝吾は最初から最後まで唯一光秀のそばにいた。伝吾は地付きの下級武士。暇なときは田を耕すような地侍。
  光秀たちは逃げるが、伝吾達みたいな人は逃げない。攻めてくる側もその地で農業するそういう人は必要。それをピンハネしてね。
徳:牧の方への「今日は旅に出てください。」は帰って来いよ、という意味で言った。
池:今みて自分でもいいセリフ書いた。こういうとき「逃げてください」ってどうしても言っちゃうんだけど。
P:今見ると石川さゆりさんすごい。芝居すげーな。徳重くん、ここリハーサルやったんだっけ?
徳:リハやりました。悲しい感じで。「伝吾は泣いちゃいけない」っていわれたんだけど。さゆりさんすごかった。もらい泣きしそうになった。
P:さゆりさん、普段あまりお芝居はしないけど、舞台経験あったのでオファーした。伝吾、明智ファミリーの感じはどうだった?
徳:あのシーン。(大河は戦いとかばかりだから)母とか妻とかだけがホッとするシーンだった。
P:長谷川くんの芝居はどうだった?
池:彼はいつも不満があったようだ。他の役が立っていて、主役は・・・と(笑)
 今みるときちんと主役に収まっている。見た瞬間、「あ、主役だ。」と。設定上、受けの芝居をずっとやっていくのだが主役の風格がある。
P:長谷川さんは透明感がある。無力感をうまく出される。まったく新しい明智光秀を作ってくれてそこはとてもよかった。
  たとえが良いかわからないけど、鬼滅の炭治郎なんかもそうだ。まわりの役が立っちゃって。主人公は控えめ。
  (徳重さんに)長谷川君、どうだった?
徳:正直よく言っていました。「オレ、主役なのにな」って。(笑)あまりこんなこというと怒られちゃうかな、親方に。(笑)
「何でそんなに自然体でいられるんですか」って聞いたら「いやー別に何も考えてないけど・・」って。絶対そんなことないですよね!(笑)
池:長谷川君はワーカホリックというか。いつでも役のことを考えてる。それが多分快感なのでは。そういうのが好きなのでは。僕にはそう見えた。そういう人ですよ。長電話で「ボク、立ってますかね?」「光秀みたいな役を若手がやりたいって言わないんです。道三みたいなのをやりたいって。」と。光秀は主食。白いご飯。味は薄くても長く続く。
長谷川くんは台本を丸暗記してくる。
現代人的なところがあり、芝居でも古風な感じではない。我々と同じ感覚。きわめて珍しい。
P:長谷川くんにはコロナで大河初の危機だった。その中でよく乗り越えて、よく持ちこたえてもらえた。感謝している。

■本能寺の変のシーンの映像。
池:弟・信長、兄・光秀的な関係性。濃密な二人の歴史で幕を閉じた気がする。二人の小さな魂の交錯、という気がする。
P:(映像が)いきなりシーンが岐阜と関係ないのに飛んでゴメン。途中はレジェバタを見てね。(笑)
池:これは本当に素晴らしい本能寺だった。信長は(これまでの本能寺のように)残念無念ではなく、納得していた。
ドラマ上は信長をつくったのは光秀である。作った人が作ったものを始末する。やむをえまい。信長はどこか光秀を頼りにしていた。光秀自身は自ら作ったものを、自ら殺す悲しさ。
P:ここは台本、ギリギリでしたね(笑)。
池:できたところから渡した。間に合うはずだったけど(笑)。
P:伝吾は馬の上にいるだけで戦ってなかったよね。このころは偉かったので。
徳:本能寺のシーン、激しさより、悲しさが強かった。先に覆ってくるのは哀しさだった。
P:史実では伝吾他、一族はこのあと皆殺しにされちゃうんだけど。
 歴史を変えるために明智一族はあらわれたのかも。明智一族は身をもって歴史を変えた。そんな一族が岐阜にいた。歴史の無常観をその土地にくると感じる。
(池端先生に)麒麟というのは、どこに来たんですかね?
池:今もロシアは戦争をしているし、今も世界のどこかで戦いがある。麒麟は人間がずっと持っている、叶えられない希望。
 それを争いながら考えるのが光秀だった。最終的に麒麟を呼ぶのは自分でなかったのかも、と思ったのかも。
日本人だけでない、大きなテーマだ。

(徳重さんへ、大河について)
徳:大河は前に八重の桜で出た時よりびっちりで。正直大河大変だった。・・・という愚痴なんですけど。(笑)
朝早くて2時起き。大河ドラマって、すごいことやってるって、思って欲しい。(笑)
P:本当に朝が早い。プロデューサーでも3時とか4時とか。大概日没に撮影終わるけど。・・・(徳重さんに)終わるよね?(笑)
徳:日没に上がったとき、長谷川さんに「今日は飲みに行こう!」っていって、5時に飲んで7時に終わって、2時起き。(笑)

P:(池端先生に)光秀から家康に引き継いだものはあった?
池:そういうつもりで書いた。三百年は長い。戦のない世を作った家康はえらかった。僕的にはどうする、ではなくちゃんとしなさい家康。(笑)

■最後に一言ずつ。
徳:コロナの中、セットの中でしかやれない経験が役にたった。放映終了?直後(明智城趾を見た)可児市イベントに呼ばれたが、リモートでしかお礼を言えず、今日あらためて可児市にお礼を言いたい。ありがとう、岐阜、可児市。
池:5年前(麒麟構想で)岐阜城に上がって実際にまわりの風景をみて。実際にここに道三、光秀がいたんだ、と思った。
  長良川もいい。川はその土地土地で表情がある。私の住む埼玉の荒川は荒っぽい。長良川はゆったりして水がきれいだ。
 5年前拝見して海に出たいという道三の願いを、見たときのイメージが強いというのを今回実感した。
P:3年も前の大河イベントに集まってくれてありがたい。以前、本木君、川口春奈を連れて道三の墓、帰蝶の墓に行った。
お牧の方の墓にもいった。地元の人にも知られていないような小さな墓だったりで、実際にそこに骨はないのかもしれないが、お墓にいって本当にそういう人たちがいたんだな、と。
もっくんが前に鵜飼い見に岐阜に来るつもりが彼、コロナにかかっちゃってこれなかったので、いつか彼を連れてまた岐阜に来たいです。

【終】

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