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4、雪国から南国へ -島旅日記ー


 沖縄産の旦那と、三歳の息子と、わたしの故郷、東北にある港町で暮らすこと三年。
冬の凍てついた時期になると、沖縄そばが食べたいな、オリオン飲みたいなと沖縄熱が首をもたげる。
 初めて、沖縄へ行ってから、もう四度来訪していたが、やっぱり沖縄は、いつ行っても、気持ちが楽チンになる楽しい場所だった。

旦那が、三年勤めていた会社を独立を期に退社した。
わたしは、バイトをしたりしながら専業主婦だったので、
「一ヶ月くらい沖縄に行ってみようか」
ということになった。
旦那の仕事はWEBデザイナーなので、場所を選ばなかった。
今までは、盆や正月や、決まった長い休みのときに一週間くらいとっていっていたが、
会社がなくなったんだし、期間を決めずに沖縄にいってみようということになったのだ。
「沖縄に住みたい」
いつも口癖か、呪文のように唱えていたわたしに、ためしに滞在してみようと旦那が提案してくれたのだった。

1月30日
雪で視界が真っ白になる東北道を抜けながら、仙台空港に着いた。
これから、沖縄に向かうのだ。
そして、それをいつまで、と期限を決めない旅にしたかった。
わたしたちの感性で、宿や、そのときどきのことを決めようといって、旦那と子供と旅たった。
那覇につくと、義母が迎えに来てくれていた。
旦那の実家のある那覇の中心地のあたりは、すこし涼しげで、沖縄の冬を感じさせた。
実家に到着すると、旧正月にむけた、中身汁つくりに取り掛かった。
体がまだ飛行機気分か、温度差かでふわふわする中で、何かを考える余裕もなかったかもしれない。
そして、新月の前だったからかもしれない。
そのまま、煮込みながら、酒好きな家族と宴会が始まった。
いつも通りの沖縄帰省だった。

1月31日
旧正月で、新月だった。
これから何か新しいことが、起こるような気がしていたが、それが何かはわからないし、考えることもできなかった。
なぜか、大石林山にのぼりたい!という衝動のまま旦那と子供と三人で、北部にむかった。
北部は、わたしたちのお気に入りの場所だった。
沖縄に住むなら、絶対このヤンバルだ、と想っていた。
住みたい家も、どのへんがいいかもいろいろ考えたのに、どうしてもあと一歩がでなかった。
 このへんがいいなあ、と想いつつも、どうしても、ここだ!という合図が自分の体の奥の部分から出なかったのだ。
大石林山へは、わたし一人で上った。
旦那も、子供も、駐車場で急に「行かない」と言ったためだ。
 楽な道を歩きながら、ほとんど客もいない中一人で、いろんなことを考えながら歩いた。
けれど、一番に考えたというよりも、祈りに近かったのは、
「どうしたら、沖縄に暮らせますか?どうか沖縄に暮らせますように」
ということだった。
わたし一人で歩く、巨石の中、何も声など聞こえなかった。
がじゅまるは、楽しそうに茂っていたし、石はかたくなに、口を閉ざしていた。
自分の個人的な欲望や望みばかり言うわたしへ、メッセージなどないかもしれませんが、
どうか、沖縄に住まわせてください。
そう願いながら、歩いた。
行のようだった。
カルサイトの前に立ったとき、よりいっそうお願いした。
念に近かったかもしれない。
すると、なぜか、
「農をするなら、手助けしてやってもいい」
と言われたように感じた。
なんだか、その声に励まされた気がした。
よし、農しよう。
それをするので、どうか住まわせてください。
そうお願いした。

それから、また那覇に戻ったが、二三日那覇に滞在する中で、わたしはここにいたいじゃないと想うようになった。
だんだん那覇にいることが、苦しくなっていった。
大好きな沖縄にいるのに、ちっとも癒されていない。
そして、ずっとマントラを書いていた。
何か苦しくて、そこからぬけだせずに、眠れずにいた明け方、急に、
「もうダメだ、家族になんと言われようと、島に行こう!」
と思い立ち、航空券を予約した。
起きてから旦那に話し、子供もつれて離島にいくことにした。
義母の実家がある島で、旦那が生まれた島だった。
そこはずっと行きたかったのに、いけずに、はじめていく場所だった。
急遽思い立ったために、義母もなんで?という顔をしていた。
けれど、何日いるかわかんないし、すぐ帰るかもしれないと、旦那は言った。
わたしは、3週間くらいはいようと考えていた。

そして、2月4日の朝、空港に向かう前、
荷物を持って出発しようとした瞬間、二年前恩納村で買ったフローライトのブレスレットの石が割れた。
はじまりの合図に思えた。
島での宿は三日しか決めてなかった。
子供もいるので個室で、素泊まり、一人2500円。
けれど、長くいるには、厳しい値段。
その後の宿はどうしよう。
けど、こういうときは、なんとかなるもんだ。という妙な自信があった。
航空券が取れた時点で、きっと受け入れてもらえるのだ。
そう考えながら、飛行機にのった
    

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愛摘姫

ヒーリング作家です。 女神、天使の言葉、マントラを綴っています。愛をこめて✨ 【月乃女神 愛のマントラ】 http://ametuchinomikoto.blog.jp/ エッセイ、詩、絵、小説も書いています。

エッセイ「島旅日記」

渡り鳥のように、島にやってきて、そのまま立ち去るとき、「旅」となり、 そのまま、そこに住むとき・・・ 子供と家族三人でふらりと行った島に、そのまま住むことになったドタバタ無計画行き当たりばったりのスピリチュアルエッセイ。~2016
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