褒められることが好きではないワケ

やたら他人のことを何でもいいから「褒める」人がいた。



私は、その人が苦手だった。


「そうやって落ち着いていることが私には出来ないからすごい」

「勉強熱心でえらい」

「そういうとこに気づいてくれるのがすごい」

「考えてるだけで本当にえらい」

すごいとか、えらいとか、何なんだろう。語彙力よ…。


言われているほうが、バカにされている気がする。

心がこもってないような、うわべだけの言葉。

確かに、本当にバカにするような発言より、ポジティブな発言なのだけど、どうして違和感があるんだろう。

どうしても、その人の本心じゃないような気がしてたまらなかった。


”あなたは本当にそう思ってるの?”


オオカミ少年のように毎日毎日言われると、本当にそう思っていても、本人には「すごい」や「えらい」は褒め言葉ではないような気がしてくる。


”どうせ嘘だろう”


かなしい解釈かもしれないけれど、私は私のなかでその人の言葉は何も響かなくなってしまった。


全員が褒められて伸びるタイプではないのだ。


もちろん、褒められるのが好きな人もいる。


「すごい」って言われるのは心地がいいのだ。


すごいと言われることで、自分を保っていられる。


そして、実は「すごい」って言ってほしいのは、紛れもなく自分自身なのだ。


すごいって言われたいから、他人に「すごい」というしかない。


本当は、すごいと言ってほしかったんでしょ?


私は言えばよかったのだ。


嘘でもいいから、「あなたこそすごいよ」と。



そんな人もいたなぁと思い出したのは、私が褒められたからである。


約1000文字分の褒め言葉を受けて、謙遜もしたけれど、やっぱり嬉しかった。

「いやいや、私なんてぜんぜんダメだよ」という返事より、素直にありがとうと伝えること。

それは単純に、私のことを褒めてくれた人に対して失礼なんじゃないかなって感じたの。

昔はできなかったな。

今では、ありがとうと受け止められる。

ありがとう。

がんばります。

これからもよろしくお願いしますね。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

ナナメドリです。ブログを書いてる人です。支援していただけたら、たくさん文章を書くことに使わせていただきます。

わーい!ありがとうございます(^^)!
5

ナナメドリ

ナナメドリの由来は「私の撮る写真が斜め撮りだから」です🐤鳥が好きなわけではない。「もう嫌いなことはしたくない」と決めてゆるく活動中。呟きは日常とアフィリより。マイブームはヒトカラとドラマと腹筋💃台湾好きhttps://nanamedori.com/
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。