結婚生活。

昨年の暮れにひっそりと結婚を致し、さりげなく居を海辺に移して早一ヶ月半。愛の綱引きが言葉を生み出し、月の満ち欠けが愛を増幅させると思っていたから、新婚生活の中で生まれる言葉は夫に伝えることはあっても第三者に公開するつもりはなかった。
けれど、日に日に夫が好きになる。だから、その気持の発露はやはり行うことになる。

預けていた楽器を引き取りに、夫と楽器工房へ行った。
いつもの如く私と工房主が楽器の状態や調整の話で盛り上がっている間、彼は口を挟まずに待っていてくれた。
港町の奥まった場所にある楽器工房にいるのは、私が小学生の頃から顔見知りの工房主である。
私が楽器を見ただけで誰の作か当てられることも、きらびやかな音色やアクロバティックなパフォーマンスよりも楽器との対話を大切にしていることも、全て知っている相手だから、その点においては夫よりもそういった嗜好に対する理解が深い相手かもしれない。
今回の調整についても、私の楽器の使い方に対する苦言とともに、私が行いたい事柄に対して、彼は「こういう調整をしたら、こんな音になった」と教えてくれた。
数日ぶりに私の手元に帰ってきた楽器は、まるで温泉から帰ってきたようにすっきりとほかほかの音色になっていた。

私の知る楽器製作者は皆話好きだ。
私も彼らと色々話をする。
最近のセッティングのはやりについて。大体、セッティングに凝る人はうまいかというとそうでない気がするし、結局はオーソドックスな組み合わせが一番楽器にとって負担がなくのびやかな音色になる気もする、とか。
その間、私はすっかり夫のことを忘れていて、色々話して調整に満足して工房を失礼するときに、夫に「ありがと」と言ったような気がする。
帰り道に夫と二人きりになってようやく、私の都合に付き合ってくれた夫に対して感謝のような気持ちが芽生え、
「付き合ってくれてありがとう」と言ったかも。というのも、工房にいる間、彼が不満そうに自分の存在を誇示したり早く帰りたいような素振りを見せることなんてまったくなかったんだ。
「自分が車を預けるなら、こういう人に預けたいと思った」とぽつり。中学生の頃から彼のこういうところがとっても好き。

はじめて出会った中学生の頃から、彼のそういうところが好きだった。
日に日に好きになる。
そんな彼を好きになった中学生の私、褒めてあげる。
次は私が整備場だな!

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