担々麺の秘密

担々麺には秘密があった。
彼女には恋人がいたが、彼には妻がいたのだ。
彼、つまり冷やし中華は、担々麺が熱くなればなるほど彼女に冷たかった。
それが担々麺の悩みだった。

冷やし中華はこの不況時代に土地を転がし大儲けした。
彼には生まれ持ったビジネスの才があった。
見た目も華やかでカラフルな彼はなかなかモテた。
錦糸卵、千切りきゅうり、ハム、もやしといった愛人たちを彼は囲っていた。
その中のひとりが担々麺だったのだ。

冷やし中華の妻は蒸鶏だった。
蒸鶏はめったに姿を表さず、冷やし中華と一緒にいる時は少なかった。
でも蒸鶏が現れるとメニューに「冷やし中華スペシャル」と書かれ、
冷やし中華の機嫌が良くなった。

担々麺は悩んだ。
もっと彼のそばにいたい、せめて錦糸卵やきゅうりくらい、彼と密着したい。
でも彼女は冷やし中華と一緒にいるには熱すぎた。
クールさこそ、冷やし中華の存在意義だったからだ。

冷やし中華は彼女にマンションを買い与えた。
高層マンションのベッドの中で、担々麺は冷やし中華を待ち続けた。
彼を思うと彼女の麺は熱く燃えたぎり、スープは嫉妬の炎でより赤く、辛くなった。

「おい、お前湯気出しすぎだよ」
冷やし中華の声で目覚めた担々麺は、いつの間にか眠っていたことに気づいた。
見るとベッド全体から湯気が立ち上り、1メートル先も見えない濃霧のようだ。
霧をかきわけ冷やし中華を探した担々麺は、彼の機嫌が良くないことにすぐ気づいた。

冷やし中華からカラフルさが消えている。
いつも引き連れている取り巻きの、ハムや錦糸卵、きゅうりもいない。
何よりも、蒸鶏の姿がない。
チャーシューが数枚とネギ、そしてノリが乗っているだけだ。

「いったい何があったの」
担々麺は事の重大さに気づき、冷やし中華に声をかけた。
「夏が終わったのさ、俺達の夏が...」
冷やし中華は珍しく湯気を出しながら話し始めた。

「季節の移り変わりは冷たいもんだよな。もう誰も俺を必要としてない。
これからはシンプルに醤油ベースのラーメンとして生きていくよ」
担々麺は心の中でガッツポーズをした。やっと自分の時代が来たのだ。
この日をどんなに待ち望んでいたことか。

冷やし中華はいくつかの土地を手放し、担々麺のマンションも売り払った。
でも担々麺はしあわせだった。
ラーメン店の店先で、元冷やし中華である醤油ラーメンと並ぶことができた。
彼のそばにいられるのは今、千切りきゅうりではなく担々麺だった。
寒い冬もほかほかの湯気を出して、担々麺はしあわせそうに微笑んでいた。
以前より少しは暮らしが地味になったが、そんなことは問題ではなかったのだ。

件の店に行き、醤油ラーメンを頼む。
もし運が良ければあなたは彼の物語を聞くことができるだろう。
彼はきっと語りだす、

「お客さん、俺は今こうやって地味にやってるが、昔はもっと派手だったんだ。
赤いのや黄色いのや、いろんな具材を引き連れて楽しくやってたんだよ。
夏は良かった、あの頃は最高だったよ。
でもねお客さん、こうやって醤油ベースでシンプルに生きるってのも、
悪くないもんだよね...」


おわり。










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