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勝手に1日1推し 197日目 「煙たい話」

「煙たい話」(1~3)林文也     漫画

「煙たい」かあ。日本語の持つ独特な情緒を感じます。
本来の意味、この場合「煙」の持つ色や形、性質、雰囲気から転じて意味を成した形容の「煙たい」ってことなんでしょうけれど(口語表現?)、まぁ、「煙」って、モヤモヤして前が見えないし、息が詰まって苦しいし、一般的に嫌だよな。だから「煙たい」はイメージとして負の感情だってことなんだけれど、「煙」の持つ、はっきりしないし先行きも見えない、ままならず、窮屈で親しみを持てないっていう状態を「煙たい」と表現するところに詩情と民族性を感じずにはおれません。
やんわりと嫌だってことを表しているんだけど、ただ嫌だ、嫌いとも違う気がしてて、否定はしないけれど、近づきたくない、とか、一定の距離を開けておきたいみたいな、別にものすごく悪くはないんだけど、自分事にはしたくないし関わりたくない、責任も取りたくない、みたいな日本人独特の感覚みたいなものをまるっと表していると思います。
そういった意味や雰囲気を全部ひっくるめて「煙たい」の一言で表現出来るのって凄くないですか?良くも悪くも、いかにも日本っぽい日本語(?)だなあって思います。

そんな詩的タイトルが体を表しているのが本作です。日常に良くある、ちょっとした煙たい出来事。
捨て猫を拾い世話をすること、男2人で暮らすこと、校則の正当性について考えること、子供と2人で留守番すること、男2人の生活を邪推する周囲に関係性の説明責任が生じること、などなど。

日々、特に害はないんだけど、疑問に思ったり、理由を探したり、感じたり、考えたりしても分からないから、なかったことにしたりしてる出来事ってたくさんあるじゃないですか?
そういう目をつぶりがちな煙たい話って、実は自分にも誰にとってもかけがえのない大切な話に繋がることもあるんだって思える、そんなエピソードの数々を繊細で機微に溢れた日常譚として描いた素晴らしい作品でした!

国語教師の武田とお花屋さんで働く有田。二人は高校の同級生。卒業以来会うことは一度もなかった彼らだったが、ひょんな再会をきっかけに男二人の同居生活を始めることに……。恋人とも、友人とも、家族とも違う。それでも君の隣にいたい——。自分たちだけの関係を模索しながら生きる人々の日々を綴った物語。

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例えば、武田と有田の出会いでもある、「野良猫を拾う」エピソード。迷わず野良猫を助ける武田と、見て見ぬふりをしようとする有田。これって今まで100万回くらい見たシチュエーションでしょ?でもその先の展開は、今まで見たどれとも違っていました。
有田は子供の頃、同じような状況で猫を助けられなかったことがあったんですよ。その時の猫を助けたかった思いを思い出して、今回は武田と共に助けることにするんですが、猫を拾って保護した理由はそれだけじゃなくて、武田の高校生時代の人となりも関係しているんです。野良猫がつないだ絆っていうんじゃなくて、猫を拾う前後の連続した有田の複雑な思考の流れが重要で、そこを物語に落とし込んでいるんです。このことがあったから、2人が同居することになったのも必然だと思えるし、2人の距離が縮まっていくんだと思うんです。

文字にするとちんけな感じになっちゃって悔しいから、多くの人に是非読んで欲しいんだけれど、どのエピソードも彼らが1つの行動を起こすにあたり、どうしてそう行動したのか、その思考とそれらがまとまった意識の流れを丁寧に言語化してくれることで、2人の人間性や関係性、周囲との関わりなど、目に見えないものが見えてくるんです。

何か1つ行動を起こす時、理由や思いは1つじゃなかったりします。そんなに単純なものじゃないから。複数の要素が合わさって、その行動が出ると思うんですけど、それがちゃんと見えるから納得できるんです。過去の反省や後悔を反芻したり、知り合った周りの人たちの影響を受けたりして、今が作られて行動を起こす訳で、バタフライエフェクト的にちょっずつ変化し続けるのが人間なんだって、だからその人間同士の関係性だって変化し続けるんだよなって思えます。それを模索する2人がとても自然で、正直で真っすぐだからこそ、何気ない日常のやり取りの中に社会における違和感や歪が見えてくると言うか、何と言うか。全てのエピソードが理屈じゃなく感情に訴えかけてきます。

泣いちゃったよ。私、3巻の有田だったよぉ。
分かってるの、友達とか恋人とか家族とか、自分の好きな人が他人にないがしろにされると腹立つのよ。ないがしろにされた当人がケロっとしてると、なおさら好きな人のはずなのに、逆にその人に怒りの矛先を向けちゃったりするの。
でも違うんだよ、違うの。感情はそれぞれ、その人自身のもの。自分の感情と相手の感情は違うんだってわかってるの。
でもでも、中々諦められないの。割り切れないんだよね、有田ああああ。分かる、分かるよぉ。武田、いい人過ぎるよぉ・・・。

向き合うべきことに答えが出る訳でも解決する訳でもないところもリアルでいいんだよなあ。自分なりに折り合いをつけて生きていくものなんだよねえ。
そういうものだもの、特に感情なんて。グレーよ、煙色。

生きづらいまでいかなかったとしても、誰もが窮屈さを感じる世の中であることに変わりない現代社会。色々なことが内面化し過ぎちゃって個の意思や価値観が揺らいでる今こそ読みたい1冊(現3巻まで)です!
林先生の半端ない洞察力と感情の掘り下げ、人と向き合う真摯な姿勢が全編に貫かれており、先生のお人柄が見えるみたいですね。
小さな違和感を見つけてくれて、思考の道筋を提示してくれて、日々の煙たい眼前に光が差し込みました!
何度も言いますが、3巻の有田のおかげで私は救われました。

ずっと読みたかったんです。やっと読めました!読めて良かった。とてもとてもとても良かった!細い線描の作画も物語にマッチしていて素敵です。それから帯文も文学的で素敵です。

用事がなくてもお寿司を食べたり、シャボン玉セットを買ったりできて、大人ってまぁ、やっぱりいいよね。寿司は魚を食べたいが。

ということで、推します。


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