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このままで良いのか問題を考えたらオカマバーの話になってしまった件

オンラインサロン4LDKのシーズン6もいよいよ中盤となった夜。

その日の講義が終わった後にデスクトップワークスの田口さんの主宰する4LDK内で番外編のLIVE配信が行われていた。

リアルタイムでの視聴こそ出来なかったのだが、配信に気づいた深夜二時。師走の冷えこむ夜にゴソゴソとアーカイブで視聴したのだ。

その内容というのが

ウェブ制作会社が抱く、不安と希望 〜このままで良いのか問題〜

重い。重すぎるトークテーマだ。存在は知りながらもどこかで見なかった事にしたくなるような問題である。

制作会社として事業として成立している裏側にあるのは、クライアントの依頼に依存した事が「恐怖ですらある」というかなりセンシティブな問題である事。この問題が半永久的につきまとう事。この不安がフラストレーションとして蓄積されている事。
その中でデスクトップワークスが行っている「自分たちならでは」の価値追求として【自社メディアとしてのライブ配信】【請負仕事以外のマネタイズ】を行っているという事。

そんな話をご自身の立ち位置や思いと照らし合わせて語っていた。

そのうえで、問いかけとして「自分たちならではの価値追求」として、オンラインサロン4LDKメンバーの私たちはどうなのか?という問題提起を投げかけた。

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残り少なくなったビールを飲みほして、ぼんやりと一個人として自分の事に置き換えて考えてみた。

私の今の立ち位置として…まず個人事業主として仕事を請け負う立場である。制作会社を立ち上げているわけでもないし、そこに属しているわけでもない。客観的に見て12人でみーんな合わせてダース出荷されるような、いわゆるどこにでも居る普通のフリーランスだ。これは別に自己評価が地の底より低いという揶揄してるのではなく、自分の強みや魅力に気づき最大限に活かしている他には代えがたいユニークなポジションである。という点で答えはNOなのだと思う。某綾波レイも言ってたが現時点で私の代わりはいくらでもいる状態なのだ。

もっと言うと、フリーと比べて会社という存在はやっぱり大きいなと思った。
案件の規模が個人と制作会社ではやっぱり違うなと思う。そこには個人対企業の中にある「何かあった時に後ろ盾があるのか?どう処理できるのか?」みたいなリスクヘッジの要因もあるのかな。と思ったりする。
自分がうんうん考えた企画を出した後、ペンディング状態になったと思ったら、その企画が別会社を通し何事もなかったかのようにリリースされていた事もある。
そういうものなのか…とその時は思ったが、やっぱりそれは悔しかったので春鹿 超辛口の一升瓶を抱えて眠った経験を思い出したりした。

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年末の今頃だったな…とふと思い出した。
昔、たまに飲みに行っていたいわゆるオカマバーがある。そこにママとして鎮座するのはスキンヘッドにハチマキが印象的な「ユキちゃん」だった。
その当時、私は仕事にもプライベートにも疲れ果ててどん底の状態だった。色々あって沖縄から大阪に帰ってきたどうしようもない時期で見かねた母が気晴らしにと連れて行ってくれたのがきっかけだった。

年の瀬の冷え込む夜だった。

カウンターだけのどこにでもあるような店内に強烈なキャラクターのユキちゃんと、常連のおじさんが1人先にカウンターに座っていた。
おじさんはユキちゃんやチーママと有馬記念の予想をしたり、おじさんが最近入れ込んで足しげく通っているキャバクラの女の子の話をしたりしていた。
ユキちゃんはそのおじさんのお気に入りのキャバクラの女の子の事をとにかくめちゃくちゃに言っていた「あのブス」とかも平気で言っていた記憶がある。
私は、最初こそ緊張していたが、お酒が進むにつれ最近色々重なって辛かった事、有馬記念はきっとルメール騎手の馬がいいんじゃないか?なんて話をしていた。ユキちゃんは「確かにお尻がいいわね」みたいな事を言ってた。

その時間はまるで別の世界のようだった。ビジュアル的にも強烈だったし、空間自体が不思議の国のようだった。
店内の申し訳程度に回るミラーボールの光がキラリキラリとユキちゃんのスキンヘッドを公倍数が合わさるような一定の間隔で七色に照らしている。

お酒が進むにつれ、ユキちゃんの軽快なトークで笑い過ぎて二回ほど水割りをひっくり返して三回目にいよいよ怒られたりした。
その中でユキちゃんはこんな事を言っていた。
「今がしんどいとかってね、みんな言うじゃない。ナナちゃんだっけ?ナナちゃんもさ、しんどい時期なんだと思うわよ。そりゃ。でも、今、今っていつまでも今を追いかけてたら結局過去になっていくのよ。この現在も過去になりつつあるのよ。」とか、なんかそんな良いコトを言っていた気がするが、水割りを三回もひっくり返す位酔っぱらっていた私は「そおか~」とか適当な返事をしてヘラヘラ笑っていただけだと思う。

楽しい時間が過ぎお会計を済ませ、店の外に出ると夜が白白と明けてきていた。エレベーター前の頼りない蛍光灯の明かりに映しだされたユキちゃんは、ヒゲの生えてきた、ガタイの良いただの化粧をしたハチマキのおっさんだった。

店の中でのあの魔法のように特別な時間を作り出していたのは、ユキちゃんが他に代えがたいユニークな存在であった事、そしてユキちゃんはプロフェッショナルとしてその特別な時間や空間を作り出していたこと。そして、それを作り出す確かな技術があった事。自分の強みや魅力、それを引き出せる場所を持ってそこで勝負していた。
あの時、色々話したのはユキちゃんじゃないとダメだったんだ。と私は何故か思った。

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自分の求めるユニークな存在とは一体どんなものなのだろうと改めて考える。
華やかな表舞台に立つ人は一握りの存在で、その人達に憧れたり、目標にしたりする本質は指標なのではないかと私は個人的に考えている。あくまで指標だからそこを目指して寄り道をしてもいいし、結果的に違う目的地にたどり着く事だってあるかもしれないし、別にそれでいいと思っている。

その中で自分はやっぱり「何者でもない」のだとも思う。
でも、何者でもない存在から変わる事もいつかは出来るのだろうか?
そもそも何者かに変わらないといけないのだろうか?
実際、答えはまだ出ていない。でも現在進行形でどんどん古くなってしまうものを無理にカタチや言葉に代える必要もないのかもしれない。価値追求という意味では答えが出ていない、正しくは探している途中のような気がする。

技術がものすごいスピードで進化していく中でオンラインとオフラインの境界があやふやになってくるであろう近い未来に、ユキちゃんはきっと、まだあのありふれた店でスキンヘッドにハチマキをしてプロとして仕事をしているんだろうかと考えつつ筆を擱く。




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タナカナナ

ディレクション業務をしたり母業をしたりごにょごにょやってます。 最近、ものごころがつきました。

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