半年以上嫌がらせメールを送ってきた相手と直接会ってきた

 三月某日、横浜駅西口地下の某喫茶店でコーヒーをすすりながら、僕は約束の相手の来訪を待ちわびていた。
 事の発端は13年の夏である。僕は趣味としてブログや同人誌などに小説を書いて遊んでいたのだけれど、もうひとつ何か新しいことをしてみたいと思い、その頃徐々に浸透しつつあった電子書籍に目を付けた。
 AmazonのKindleである。僕は自他共に認めるデジタル音痴であり、電子書籍なんて自分に出せるのか……などと危惧していたものの、最近の技術の進化は僕のようなポンコツ初心者にとても優しく、僕は思い立ってわずか三日後には、Amazon上にて自分の電子書籍を販売するところまでこぎつけることができた。全部で二冊をリリースしたところ想定していた以上の売上を出し、ありがたいことに二冊連続でAmazonの電子書籍ベストセラーランキングで1位を取った。自慢のように聞こえるだろうか。ド直球の自慢である。

 異変が起きたのは二冊目が1位を取った頃だった。ブログやツイッターなどで公開しているメールアドレスに、何通かの不穏なメールが届いた。以下は本文の簡単な転載である。

・お前の作品、つまらないんだよ
・ゴミ乙wwwww
・ブログも何もかもつまらないですね
・死ね死ね死ね死ね死ね
・クソ本を売るな
・どんな不正使って1位取ったの?w

 がっつり省いて要約するとこうだ。本当はもうちょっと長いのもあるし、がっつり長文なのもあったのだけれど、つまり所謂、嫌がらせのメールである。
 最初はなんでこんなメールが届くのかさっぱりわからなかったが、次第にメールの量は増えていき、数件届く日もあれば、届かない日もあり。同じアドレスからくる日もあれば、違うアドレスからくるときもあり。
 わざわざ真剣に構う内容でもないし、暇な人もいるんだなと思って放置していると、案の定というか時が経つにつれて送られてくる数は大幅に減少していき、それらの嫌がらせメールは14年の二月末を最後に音沙汰がなくなった。

 最後のメールから一年弱が経ち、嫌がらせのメールはすっかり途絶えてしまった15年二月末。僕はインターネットとの付き合い方というものをそれまで以上に色々と深く考えるようになり、自分なりのポリシーやルールというものが明確な形で固定化されつつあった。
 そんな中で、出不精で溜めてしまったままの不要なメールを削除する作業に取り掛かっていると、あの嫌がらせメールの山々と久々にぶち当たった。
 よくもまあこんなものを大事に保管していたものだ……と思って片っ端からゴミ箱へ放ろうと思った瞬間、僕にはどうしても気になることが生まれた。
 この人達は、このメールを僕に送りつけたとき、どんな思いだったのだろう。一体何を考え、そこから何を見出そうとしたのだろう。
 話をしてみたい……という思いに駆られた。自分に昔、嫌がらせをしてきた人間というのもわざわざ対話を挑むというのも藪蛇のような気がしたのだけれど、この瞬間の僕の興味は湧き上がって止まることがなかった。
「知りたかった」のだ。その心理を。真意を。胸のうちを覗いてみたかった。
 コンタクトを取ることにした。「会って話をしませんか」と。
 明らかに文体や手法が違うメールもあるので(ひとりの送信者側が意図的に変えている可能性もあるが)、これはおそらく複数の人間から送られたものだろう。ほとんどは嫌がらせ目的のために取ったか、普段使いしているがネット上には公表していないアドレスなのかもしれない。直接返信しても返事は返ってこないかもしれないし、アドレス自体消滅している可能性もある。
 そもそも自分が嫌がらせをした相手から「会って話をさせてください」と言われても普通は怖くて無視するかもしれない。嫌がらせ行為に対する法的手段に出ることを振りかざせば強引にでも呼び出せるのではないかとも思ったけれど、脅しじみたそのメールも先述のように空打ちに終わるかもしれない。なにより、僕は出来る限り穏便に対話がしたかったのだ。
 だが、どこの世界にもひとりは詰めの甘い人がいるものだ。というより、誰かに嫌がらせをすることのプロなんて、そんなに多くないはずである。実は昨年の時点で、嫌がらせメールのアドレスをひとつずつググってみたところ、一件のブログにヒットしており、「犯人」のひとりを特定していた。あろうことかその人物は、自分のブログ上にも掲載している普段使いのアドレスで嫌がらせメールを送ってきたのだ。しかも一通だけではない。数えたところ九通あった。当時は呆れ返って苦笑するだけで、オフ会などでおしゃべりの小ネタにする程度にすませていたのだけれど、今コンタクトを取れるのならもうこの人しかいないだろう、と思った。
 その人のことを以下「A」と表記しよう。ちなみにAとはBの前にあるアルファベットである。

 Aは作家志望だった。ブログ上に自分の作品の情報や創作論、その他雑記などを書き記しており、僕同様Amazonで電子書籍を何冊かリリースしていた。Aに「直接会って話しませんか?」とメールしたところで、流されてしまった終わりである。なんとかして彼を呼び出せるうってつけの口実を作らなければ……と思って頭をひねった結果、自分としては不本意な、姑息な作戦に打って出ることにした。
 Aのファンを自称してメールを送ったのだ。「あなたの作品が大好きだ」「是非とも一度お話してみたい」といった具合である。
 作家志望の人達はきっと、こういった文面に弱い。承認欲求が強い人が多いからだ。こういうウソをつくのはかなり偲びなかったけれど、目には目を歯には歯をではないが、これくらいしか方法が思いつかなかった。ちなみにAの本は現在に至るまで一冊も買っていない。
 Aはその日のうちに反応を示した。食いつきは相当よかった。よほど誰かから認められたかったのだろうか。ほんの少しこの日が来るのを待っていたと言わんばかりの勢いだったので、僕はわずかばかりの罪悪感を覚えていた。正義感や復讐心で動いているなら自分の行いをまだ開き直れていたかもしれないが、そもそも相手の方に非があるとはいえ、これは僕の単なる興味本位なのである。
 トントン拍子に話は進み、週末にはもう待ち合わせが決まった。待ち合わせ場所は横浜駅西口の喫茶店、午後一時。週間天気予報は雨を表していた。

 十分前には店内に到着し、テーブルを見つめてコーヒーをすすっていたところ、午後一時を少し過ぎたところで、赤いダウンジャケットとデニムをまとった三十代くらいの男性が店内をうろうろと見渡していたので、僕は立ち上がって「○○さんですか?」と話しかけたところ、彼は少し緊張した面持ちで深々とお辞儀をしてきた。彼がAである。呼び出した相手だとはいえ、僕は元々あまり対人能力の高い方ではない。こっちもこっちで緊張のあまり心臓が破裂しそうであった。
 偉そうなことを言うようだけれど、Aは取り立てて目立った特徴があるわけでもない。普通という言葉が似合う男性だった。言動にも何か異常なところはない。異常なのはお前だと言われれば返す言葉もないのだが。
 コーヒーを頼んで席に座ったAは、僕とテーブルを挟んで向かい合った。ああ、この人が、どこにでもいそうなこの人が、僕なんかよりよっぽど社会性の高そうなこの人が、あれだけ執拗な嫌がらせのメールを送ったんだな……と考えると、目の前の光景が現実ではないような気さえしてきた。雨大変でしたね、まだまだ寒いですね、道迷いませんでしたか、などと簡単な話をして、僕はこっそりiPhoneのボイスメモ録音を起動する。
 いつまでもウソをついていたって埒が明かないので、僕は早々にネタばらしをして本題に入ることにした。以下、太字がAのセリフである。

「あのー、Aさん。非常に申し上げにくいんですが。僕、メールであなたのファンって名乗ったんですけれど、実はあれ違うんですよね。ウソなんです、ごめんなさい」

「えっ、あっ、何ですか? どういう意味ですか?」

「なんて言ったらいいかな……あなたがよく知ってる人間なんですけれど、あの……はい、はじめまして、ええ、星井なんっ、星井七億という者です」

 言ってしまった。おそるおそるAの反応を伺ったところ、激怒するか、狼狽するか、はたまた脱兎のごとく逃げるか、と思っていたのだが、思っていた以上にリアクションは薄く、少し考えてから「あっ、そうでしたか……はい」と返ってきたので、僕は拍子抜けした一方で、(まあ突然だしそんなもんか……)と妙な納得と安心感が押し寄せた。

「お時間取らせてすみません、なんで呼び出したかと言うとですね、えーと、なんとなくわかってるとは思うんですけれど」

「はい、あの、なんでしょう」

「メールです。すごい、嫌な感じのメールいっぱい送ってきましたよね」

「ああー……あれ、はい、しましたっけ」

「しましたね」

「はい、そうですね。あっ、僕だってわかったんですか?」

「アドレス、ググって。出てきたので。あなただけ」

「あー……今日はなんですか? そのメールの件で、謝罪してくれって感じで?」

 この瞬間、僕は少しムッとした。本来自主的に謝罪すべき相手から、謝罪の言葉より先に「謝罪を求めているのか?」と煽られたようで。もらえるものは病気と暴力と借金以外もらってきたつもりなので謝罪の言葉ももらえるなら欲しいのだが、なかったらないで仕方ないとも思っていたし、要求もしないつもりだった。今回の目的はそっちではない。それでもこの口ぶりには不快感を催さずにいられない。

「ええ、謝ってもらえたなら、それは嬉しいんですが、嬉しいっていうのもおかしいかな、というか、うーん、あなたは僕に訊かなくても僕に謝らなくてはならない立場だと思うんですけれど」

「いや、でも星井さんだって、ウソついて呼び出しましたよね。あなただって悪いんじゃないんですか?」

「ええ、ですからそれは先程謝りました。そうしないと、呼び出せないなと思って。あんまりしたくはなかったですけど。で、そのメールのことでお話がしたいんですけれど、いいですか?」

「ええー、何を話せばいんでしょう。ちょっと、。でも、もう時効とかじゃないですか。結構怒ってるんですか?」

「怒ってるとか、怒ってないとか、じゃなくてですね。お話がしたいんですよ。僕はあなたの送ってきたメールの件で、警察に相談して、被害届を出してもいい。誰が送ってきたのかとか、どんな文面なのかとか、全部ブログとかに書いてもいいですし。メール全部保管してます。プリントアウトしてもいい」

「でも私は、もう送ってないですよ。いや、メールの件は謝ります。すみませんでした。でも、もう送ってない。終わりだから。今回はまた別だから」

「別ではないでしょう。もう送ってないからいいよねとか、ないですから。謝り方もちょっとおかしいですよ。なんでそんなついでみたいな感じなんですか。それに、また送らないなんて確証はないですよね」

「送らないですよ。ウソついて呼び出されて、こんな酷いことされたらもう送らないですよ。だから、それでおあいこなんですよ。私がああいうメールを送って、星井さんは私を騙したから、おあいこです。なんですか、私だけが悪者ですか」

「先に仕掛けてきたのはあなたのほうですよね。メール送って。小学生でも出さないような、心底くだらないメール送りつけて。大人でしょう、恥ずかしくないんですか。だったら僕が普通に名乗って、会ってお話しましょうと言ったら、あなたは来てくれたんですか。会って謝ろうって気になったんですか。僕があなたに何も言わず、被害届とか出していたらどうなっていたか、とか考えてないんですか? まだこうやって会話の余地をもらえただけでも、ラッキーなんですよ」

 興奮していた。ここでAが押し黙ってようやく、僕は相当感情に流されていた自分に気付く。AもAで、声がいささか高くなり、しゃべり方も早口じみてきた。どちらかが、いやどちらも冷静にならなければまるでお話にならない。僕は怒りに来たわけでも説教に来たわけでもない。

「あなたを責めようとか、謝ってほしいって気持ちも、最初からあんまりなかったですし。謝ってもらった気は全然しないですけれど、別にいいです。ケンカしにきたわけじゃないし、あんまり騒がしいのも好きじゃないです」

「あの、まだ話があるんですか」

 帰りたい感を全力でアピールするAを僕は引き止めた。

「ごめんなさい、あります。っていうかまだ何の話もしていないです。ここからが本題というか、重要なんですけれど、これだけ聞かせてください。なんで嫌がらせメールを送ったのか、嫌がらせメールを送った後に何を考えたのかとか。あと、嫌がらせメールを送った自分をどう思うかとか。あと、僕以外の人にも同じことしてるのかなとか」

「してないですよ。それはしてない。いや、答えづらいですね、それ。めっちゃ答えづらい」

 ここでだいぶ雰囲気が柔和になった。お互いの表情から険しさが薄まり、Aの表情にはまた違った厳しさが浮かび上がり、僕には唐突な尿意が襲いかかった。

「でしょうね、わかります。わかります。でも、教えてもらえたらありがたいです。元々これが目的なので、それだけ聞けたら、謝罪とか反省とか、もうそういうの、いいです。どうでも」

 当然というか、ここでかなり渋る様子を見せるAだった。僕は粘ってAから話を引き出そうとした。というよりは、話を聞き出せる確信みたいなものがあった。嫌がらせに関する情報を僕に赤裸々に書かれる可能性があるからだ。それを考えるとこっちの要求は無碍に断れないだろうと。
 しかし、長時間かけて口説き落とす僕の覚悟とは裏腹に、三十秒ほどでAは納得した。罪悪感がそうさせたのか、面倒くさいから適当にやり過ごそうと思われたのかは知らないけれど、とりあえずは僕の望んでいた方向に転がった。

「やっぱり、電子書籍絡みのことですか? Aさん電子書籍出してますし、僕、電子書籍を出してから、そういうメールもらうようになったんですよ。僕とAさんの共通点ってそこしかないなって」

「いや、多分、そうだと思いますよ。そんなもんだと思う。あのときね、星井さん、本が売れていたから、そういうやっかみだと思う。いや、自分でもよくわからないですよ。でも、多分そうだと思う。電子書籍出してる人とか、作家を目指してる人多いと思うし、そういう人達ってすぐやっかみとかで人を叩くから。星井さんはそういうのから相当アレ、アレしてると思う」

 アレとはなんだろう。自分のしたことの動機に「思う」という表現が出てくるあたり、もしかして多重人格なのかな?と考えもしたが、僕は話を続けた。

「僕、アマチュアの人の小説って全然読まないんですよ。だから他の人のことはわかりません。わからないんですけれど、多分僕よりすごい人たくさんいますよね。どうして標的が僕だったんですか。僕、別に作家とかじゃなくて、素人なんですよ。みんなとね、あなたとも一緒なんですよ。やっかみだったとしても、嫌がらせの標的になる意味が全然わからなくて」

「それはなんか、目立ってたから。ちょっと生意気だなって思って。自分で言うのは恥ずかしいですけれど。その時はそう思ってたんですよ。その時はね。今はわかんないですよ。そういうのって、そういうものじゃないんですか。目立ってたら叩かれるのって、いつでも変わらないでしょ」

「ううーん……メール出したときって、どんな感じですか。ざまあみろみたいな気持ちですか? 傷つけ、みたいな」

「まあ、送った瞬間はそうだったかもしれないですよ。でも、送った直後は、悪いことしたなって感じで」

「えっ、悪いことしたと思ったのに何通も送ったんですか」

「はい。だからそれは、ごめんなさい。嫌がらせメールは他に来たんですか」

「たくさん来ました。あれってAさんが全部出したんですか」

「いえ、違います。僕は一通、一通じゃなくて、あのアドレスだけで。でもああいう、アマチュアの物書きって横の繋がりというか、そういうの強いと思うし。集団で嫌がらせするとか、あるのかもしれないですね。僕はよくわかんないですけど」

「そうなんですかね。あれ、えーっと、すごい訊きづらいこと訊くんですけれど、『嫌がらせをする自分』みたいなのを、どう捉えていますか。こう、尊厳というか、プライドみたいなものとか」

「それは、いやー……んー……いや、小さいなとか思いますよ。本当にすみませんでした。もうしませんよ。今日のこれってツイッターとか、ブログに書いたりしますか?」

「それはわからないです。ブログとかには書きたいかも。いや、あなたのことは、色々伏せますから。詳細とか全然わからないくらいに。ただ、僕は書きたいかな。書かなきゃって気がしますね」

「そっか。んー……」

「えっ、書きますか?」

「僕は書かないですよ(笑)」

 時間にして三十分かそこらだろうか。色々と話し合わなければならないこともあったのかもしれないが、知りたいことは知ることも出来たし、何より尿意がすごかったので、僕らはそろそろ切り上げることにした。

「じゃあ、今後も頑張ってください」

「あ、はい。そちらも頑張ってください」

 固い笑みを浮かべて別れの挨拶を交わす。茶番だ、と思ったが望んだ茶番だった。お互いに、何もかもがスッキリしたような結末ではないし、Aが今何を思っているのかは僕には解りかねるけれど、僕は元々怒りや恨みを振り上げたかったわけじゃない。形だけでも遺恨を残さず平穏に済んだのなら、茶番で終わって上々なのだ。別れてから、でもやっぱりひとりで複数のアドレス使って送ったのかも……と思った。
 三月の雨が疲労感に満ちた身体に辛い。帰宅後、僕は全ての迷惑メールをゴミ箱へ放った。個々人の妬みや、怒りや、少しの出来心と、行いの虚しさが、たった数キロバイトのデータに宿っている。不思議な気分に浸った。
 ここで書かれていることは実際の会話から二割ほど割愛されているが、大方はこんな内容である。他人の足を引っ張ることに熱を上げる者は後を絶たないが、今回は興味が勝ってしまったものの、原則として「嫌がらせはスルーするに限る」というスタンスを推奨していきたい。思っていても実行できるかどうかはまた別なのだが。
 

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星井七億

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コメント20件

私だったら怖くて絶対会えませんが
会ってみたら案外普通の人だったっていうのがまた怖いなー、と
今度、帰国したらお会いしたいですね☺時間が会えば⁉
興味深い記事でした。最後にお互い「頑張って下さい」と言い合えたところに、何かグッと来るものがありました。同業者であるならば、足を引っ張るのではなく、お互いを高め合っていけるような関係になれれば良いなと思いました。
私も現在進行形で某イラストSNSで悪質ユーザーからの嫌がらせにあっていて、この記事を読んで思うところがありました。荒らしもこの記事の相手のようにネットから離れれば普通の人なのかなあと思ったりもしました。実際に自分は対話が出来るか不安ですが、対話をやってのけた星井さんはすごいと思いました。
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