特別ではない結婚をして

 今年の七月に結婚して二ヶ月が経った。以降、結婚相手のことを「相方」とちょっとイタい感じの呼称で書かせてもらう。

 私がツイッターの相互フォロワーだった「相方」と初めて出会ったのは2015年の夏コミ会場。突然、相方からツイッターでDMが届き「よかったらお茶でもしませんか?」と誘われたことがきっかけだった。ときおり写真のモデルをしていた相方は、インスタグラムにプロのカメラマンに撮ってもらった自分の写真をアップしており、後の結婚相手になるとも知らずにそのときの私は「見目麗しい人がいたもんだなあ」程度にしか考えていなかった。
 私達はそのまま有楽町のカフェでお茶をし、世間話をして、その日は別れた。
 二度目の出会いはそれから一ヶ月後のサンリオピューロランドである。私がツイッターで「マイメロディが好きなのでピューロランドに行ってみたいけれど一人じゃ行けない」とつぶやいたところ、誘ってくれたのが相方である。三度目は大阪での同人即売会で売り子を頼んだこと、四度目の出会いは期間限定のマイメロディカフェであり、そこから交際が始まった。
 新幹線で二時間半の遠距離恋愛だったので月に一度しか会うことができなかったものの、それなりにアレをアレして結婚へとこぎつけた。相方の両親に初めて挨拶に行くその一週間前に、ボルダリングの着地で失敗して右足首を破壊してしまい、当日は松葉杖を突きながらの挨拶になり、足に包帯をぐるぐる巻きながら「長生きします!」と説得力がドブに捨てられたことを言ったり、なぜか翌日にみんなで伊勢神宮に行くことになり、会ったばかりの相方の父親に車椅子を押されての伊勢参りになったりと、ハプニングも多かったものの、暑さが夏の本格的な訪れを告げ始めた七月中旬、婚姻届を提出した。

 実は先月まで相方は求職中だったのだけれど、この度はなんとか就職先も決まり、ようやく本格的な結婚生活が始まった。相方は私より退勤時間が遅いので、先に仕事から帰宅する私が買い物をして晩御飯を作り、相方を駅まで迎えに行くというのが毎日の日課である。一人暮らしで自炊していたときより自分以外の誰かのために料理を作るときのほうが実験的なことをしたくなるというのは新しい発見だった。されるほうは堪ったものではないが。

 喧嘩は少なくない。理屈の多い私と感情を優先する相方とでは些細な諍いも多い。育ってきた環境もとにかく真逆のレベルなので、価値観、特に金銭面でのズレも大きい。しかしそれは片方が知らない領域のことを片方が熟知しているということであり、貧乏性の染み付いた私には難しい「値の張る物の取捨選択」に関しては相方に一任させたほうが総合的に得をするということが多々あり、おかげで私も今までに知らなかった新鮮な世界をたくさん味わうことができた。
 バスや電車が予定の時刻に来なかったり最初に決めたスケジュールが少しズレただけでも不機嫌になる私と違って、多少の遅刻も厭わないほどのんびりとした性格で衝動的な行動を好む相方とではデートに行くだけでも大変だ。へそを曲げる私を相方がなだめることも多いのだけれど、相方の突然の提案に乗っかると、大体文字通り予定外の面白い体験が出来たりして損することは少なく、どうやら相方には道すがらの情報に眠る「面白いもの」を嗅ぎ付ける鋭い嗅覚のようなものが備わっているようだ。 
 趣味も嗜好もバラバラだ。唯一強烈に重なっているのは「百合が好き」というところくらいかもしれない。しかしここまで述べてきたような感覚の相違というのが何も特別なことではないのが一般的な「結婚」というもので、私はどこにでもある、ありきたりでスタンダードで、教科書にでも載っているようなとてもわかりやすい「結婚」をした。
 「結婚」というシステムに特別な価値を見出しているわけでもなければもうそんな時代でもない。自分が特別な人間だと勘違いするような時期もとっくに過ぎてしまったし、「私の恋人は特別な人間なの~」と勘違って惚気けるほど判断力が鈍っているわけでもない。けれど、私にとって特別な相方に選ばれたのならば、私自身もこの「結婚」も、実は特別な代物になっていると、勘違いを続けるのもいいのかもしれない。

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星井七億

兼業ライター。ジャンルは百合と怪文書

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コメント2件

吹石一恵という嫁がいながら、重婚じゃないですかー!
羨ましいにもほどかある。おめでとうございます!㊗️
おめでとうございま ちんこ もげろ
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