Kのこと


 先日、知人を経由してひとりの男の情報が僕の元へ流れてきた。五年ほど前に僕がケンカ別れをした男のことだった。児童ポルノ法違反で書類送検されてその後、人を殴り現行犯逮捕されたらしい。
 僕はその仔細を聞いたとき、宜なるかなと思った。そういうところへ”堕ち”ても、彼ならいつそうなってもおかしくないと思わせる要素が多々あったからだ。男の名前はKとする。

 Kとの出会いはいつだったか、正確には思い出せない。そんなに古い話ではない。僕が大阪旅行へ行くとツイッターで話していたとき、大阪在住だったKから「会って酒でも飲まないか」と誘われて二人で串カツ屋に洒落こんだのが初めての出会いだった気がする。
 不遜さがにじみ出ていて、威圧的な態度を崩さない男であり、思想信条や性格面では馬が合わないなと思う部分こそ多かったものの、性格は明るくて頭の回転が早く、また僕と同じく小説を書くのが趣味であり、同じ趣味の知人がいなかった僕にとって、身近に創作の話ができる存在がいることはありがたかった。結局最後までKとは実のある創作談義ができたことはただの一度もなかったのだが。

 ある日、Kの彼女をはさみ三人で酒を呑んでいたときのことだ。僕がとある同人イベントに参加すると告げたら、Kが合同誌を作ろうと言い出した。Kは同人誌を作った経験がなかった。僕には自分の原稿も残っていたが、誰かと一緒に本を作るのも楽しいだろうと思い、それを受け入れた。
 Kが小説を書いていることは知っていたものの、どのようなものを書いているのか、僕はそれまで一度も読んだことがなかったのだが、彼のようにとがったキャラクターはきっと面白いものを書いてくれるだろうと心の何処かで期待していた。
 僕がよく使っている印刷所の締切日まで三ヶ月。彼は合同誌を書くことが決まったその日から一ヶ月後をとりあえずの締切日と定めて、それまでに僕とKは短編小説を仕上げることにする。僕はすでに手を付けていた原稿と平行して合同誌用の作品を一本、締め切りまでに書き上げた。

 締め切りを過ぎてKに進捗を確認したところ、Kは「まだ原稿ができていない」と言った。締め切りを設けた本人がである。本の構成や奥付の作成、表紙のデザインなども僕が一任されていたので、できれば早めに原稿をもらいたいところではあったとはいえ、印刷所の締め切りまではまだまだ時間がある。Kはまたもや自ら二週間後を締め切りに定め、僕はそれを信じて待つことにした。
 しかし、二週間が経ってもKはまだ原稿を仕上げることができず、またしても数週間後を締め切り日に設けてきた。すでに表紙や全体の構成を完成させていた僕は彼を急かしながらも、まだ余裕があるので大丈夫だと思っていた。彼も彼でツイッターなどでかなりの余裕を見せていた。何より合同誌の企画を持ち込んだ本人なのだからそれなりに責任感もあるだろう。それにわずか原稿用紙十数枚の短編なのだ。どれだけ遅筆でもそんなに時間はかからないはずだ。
 なので数週間後に三度目の締切破りが行われるとは、まさか思ってもみなかった。本当にヤバい締切までには余裕があるからまだいい。僕が許せなかったのは、自分で一緒に本を作ろうと持ちかけておきながら、全部自分で設けた締切を三度も破って悪びれないメンタリティである。
 印刷所の締切までまだ期間があるとはいえ、僕にも印刷所に渡すデータを完成させなければならないという作業が残っており、それはKのせいで滞っている。なによりまた締切を設けてもKが守ってくれる可能性はほぼない。僕の中でKへの信頼は失墜していた。その頃、Kと関わった人達からKへのあまり良くない評判をひっきりなしに聞いていた。僕も僕でこの頃Kと呑んだ際、酔ったKから大切な帽子を急に取り上げられるといったような行動を取られ、Kへの印象は著しい速度で悪化しつつあった。またあろうことかKは「合同誌出します!」と事あるごとに宣伝していた。自分の原稿がまだあがってないにも関わらずだ。万が一本が落ちたら僕まで恥をかくことになる。
 苛立ちを募らせながら結局原稿はいつ送れるんだと訊ねた僕にKが返したのは、驚きの言葉だった。

「未完成だけど、それでもいいか?」

 いいわけあるか。それをもらって僕にどうしろと言うのだ。
 しかし彼の言う未完成というのは、原稿自体はできているものの、クオリティに不服があって何度も書き直しているとか、そういった文章書きとしての強いこだわりからきているものなのかもしれない。
 とはいえ僕だって未完成品を送られては困る。締切に差し障らない程度に、満足するまで書きなおしてくれと思った。
 だがKは原稿を送ってきた。未完成品を叩きつけてきた。どういう意図があったのかはわからない。僕は急いで確認してみたが、どうやら彼のいう未完成とは本当にただ書けてなかっただけであり、明らかに途中から手付かずになったままの原稿が僕の目に飛び込んできた。話がぶつ切りのままのこの原稿がKの中で一体何割ほどの完成度かは僕にはわからなかった。
 さて肝心のモノはというと、希死念慮に駆られた孤独で卑屈な幼児性愛者の男が怪しい幼女と遭遇して交流を深めるという、かねてより周囲に「俺はロリコンだ」と公言していたKならでは作品ではあったが、なんというか……とにかく酷かった。
 少ない文章量の中にも、明らかにおかしい「てにをは」の使い方、著しい誤字脱字や慣用句の誤用、重複表現の多用や安定しない視点、魅力に乏しいキャラクター、展開の起伏に欠けて退屈な話運び……僕だって人様に胸を張れるような文章を書いているとはとても言い難いものだけれど、Kが僕に渡したそれは、まるで酒か薬で酩酊でもしていたのかと思うほどに、目も当てられぬ悲惨な原稿だった。
 しかし、締切は待ってなどくれない。どこから直してくれと指摘すればいいのかわからない。ここで僕もついにおかしくなり、奇行に走る。Kの原稿のあまりの酷さに、余計なおせっかいをかけたくなったのかもしれない。
 僕はあろうことかKの作品を一から推敲・校正し、さらに物語のオチをつけて勝手に『完結』させたのだ。仕上がったものを読んでみれば、僕が6でKが4の割合で構成された原稿になっていた。
 僕がKの立場だったなら、いくら自分に非があったとはいえ、どれだけ元が酷いものであったとはいえ、自分の作品に勝手に手を付けられて、おまけにオチを付けて終わらされたなら烈火のごとくブチギレるだろう。それは書き手の尊厳に大きく関わることだったからだ。無礼な行為だとは思っていたが、だからといってKがこのクオリティを改善した上で締切を守って原稿を送ってくれる可能性は、宝くじで七億を当てるより低い。
 だが恐る恐る僕の渡した「Kの原稿だったもの」に目を通したKは、これにGOを出した。紆余曲折あったが、これで原稿は揃ったのだ。
 だがこの時点の僕の中で、すでに合同誌への意欲はゼロに等しかった。僕がほぼ書いたものを載せても合同誌とはとても言い難く、さらに僕によって勝手に仕上げられたものを見ても、それをそのまま受け入れたKの低すぎるプライドに大きく失望したからである。Kは小説を書くのが好きなのではなく、小説を書いている自分が好きだったのだ。
 
 結局合同誌はどうなったのかというと、ついに完成することはなかった。印刷所への予約まで済んでいたのだが、先述のような積み重ねによって僕がKに対する不満から愚痴を吐いていると、Kはそんな僕に「そこまでいうならもう合同誌は出さなくていい」と言ってきた。当然すでに意欲を失っていた僕はそれを受け入れ、合同誌の話は消滅し、結果的にこれが僕とKの関係の断絶となった。
 このときのKの言葉が、今も僕には忘れられない。僕は普段からバイセクシュアルを公言しており、Kもそれを認識していたのだが、感情を高ぶらせていたKは僕に「俺はお前がバイセクシュアルだと知っていても、差別せずにいてやっただろうが!」という言葉を送ってきたのだ。Kとの断絶はこの醜悪な言葉が決定打となった。
 その後、Kは事あるごとに僕を「あのオカマ野郎」「沖縄土人のクソエイズ野郎」(僕はエイズを罹患していない)「バイってだけでマイノリティの代表者面して偉ぶりやがって」(意味がわからない)と口汚く罵っていたようだ。僕はそんなKを忘れることに努め、それから僕とKは接点を持つこと無く、五年の歳月が経過した。なおケンカ別れから数カ月後、Kはとある合同誌に原稿を寄せていたが、それは僕があの日大胆に書き直して『完結』させたあの作品だった。

 そして今に至る。先述のようにKは犯罪者となったわけだが、風のうわさできいたところ、今でも小説を書いているらしい。他の全部がマイナスであっても、ずっと筆を折らなかったことだけは評価に値すると言ってもいい。あれから少しは進歩しただろうか。僕自身は成長が止まっている気がしてならない。

 

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

38

星井七億

コメント3件

「Kの作品を一から推敲・校正し、さらに物語のオチをつけて勝手に『完結』させた」「恐る恐る僕の渡した「Kの原稿だったもの」」
類似の経験が何人かとのあいだでありましたが、自分にはとてもそんなことはできませんでした。
リアルは最悪でも、作中人物として面白い人はいますね。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。