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未来は、手離した過去

飛行機が離陸してしまう瞬間に思わず泣いてしまうのは、わたしが手離してしまったものはもう戻らない、と改めて分かってしまうからだと思う。

「いやだ」

空港の検査場への入り口で、女性が静かに泣いている。男性の手を、愛しく握って。

わたしも昔、好きなひとを置いてここを出た。彼は見送りには来なかったし、来て欲しいとも言わなかった。

離れるのが寂しい、という気持ちはあっても、気持ちで未来に抗うことはできない。もっと抗えばよかったのに、そんなヒールを履いたような感情を本心と勘違いして、あの頃わたしは「さみしくない」と言った。

そういえば……感情を押し殺してしまう癖は、いつからか。感情をぶつけても何も変わらない、ということを悟ったのはいつか。あまり、思い出せない。

でもなんとなく覚えていることがあるとすれば、努力してどうにかなることか、そうでないかを見極めること……うまく生きる方法なんてないけど、あるとすれば、それかなあ。などと思ってしまったのだ。幼い頃の、大きな出来事の中で培った価値観の先で。そんなことを思ってしまったのだと思う。


過去は戻れないから、好きだ。もう何も変わらない、と思えるから好きだ。そんな前提をちゃんとガラスのメガネにして昔を思い出す。

行きつけだったスーパーに行くと、いつもの同級生のおばちゃんが来て、わたしに駆け寄る。帰ってきとん、なんしよん、どこおるん。質問ぜめは、あまり慣れていない。いつも質問する側なので、頑張って順番にこたえる。

確か、その同級生のことが好きだった。あの淡い、幼い恋心は何色だったか。というかおばちゃん、わたしのそれに気づいてたやろ?と笑いがこみ上げてくる。

がんばるんよ、と背中を押されて。その裏に、昔の彼の笑顔が見えてホッとする。そういえばいつも、ここでアイスを買って近くの公園へ行った。

なにをそんなに頑張って、なにと戦ってるん?

そんなことを昔、あの公園で、別の彼は言った。真夏にアイスバーをかじりながら、いつもブランコで揺れていた。どうにか未来を言語化して、やから頑張るねん。とわたしは言った。彼はいつも、すごい、と言った。

すごい、と言われるとムズムズするというのは贅沢か。今こそ何も思わないけれど当時はどうしても、一線を画しているように感じてしまって好きになれなかったのだ。褒め言葉だし、嫌味を込めたそれはなかったので、むず痒くなる気持ちを言語化することこそなかったけれど。

すごい、なんて言わないで。すごい、って言わせて。

そんなわがままを、いつの間にかわたしは彼にぶつけてしまって。今なら分かる。あのすれ違いは間違いなく、わたしが生んでしまったものだ。

遠回しな言葉ばかり昔から引っ張ってくるのがうまかったなあ、と思う。伝わらないのなんて、当たり前だ。察して、なんてわがままだ。言葉はいつも、わたしを離れた瞬間にわたしの支配下からは消える。そもそも、自由なものなのだから。幼いわたしは、だからこそ魅せられたのでしょう、文章に。

わたしらしくいる、それは頑張ること。なにと戦っているか、そんなの、わたしに決まってる。

「会いたいから、会いに行く」

一言だけ打って、飛行機に乗る。わたしには、手離して勝ち取った未来を、幸せにする責任がある。

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読んでくださってありがとうございます。今日もあたらしい物語を探しに行きます。