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永遠と1cmの背伸び

「えっちゃんの声そっくり」
チャットモンチーが大好きな彼は、私が鼻歌を歌う度にそう言った。別に似てなかったと思う。でももしかしたら、チャットモンチーが好きな彼に「似てる」と言われたくて似せていたのかもしれない。

携帯を取り出してチャットモンチーを流す。その度私は彼を思い出して、元気かなあなんて無責任なことを思う。ここだけの話、ちゃんと好きだったはずの彼の名前を忘れてしまった。覚えているのは彼の家に向かう道で見えた赤い家と、すごく狭い田んぼ道と、似せて歌った恋愛スピリッツ。あの頃私は背伸びをしていた、まるで8cmのピンヒールを履いていたみたいに。

私と親友が出会ったのもこの頃だった。歳上の彼のことをなんか好きじゃない、と彼女は言った。ちゃんと考えて何かを口にする私の性格を知っている彼女が、私に反対することなど前にも後にもなかった。そんな彼女が彼のことを「なんか好きじゃない」と言ったのだ。彼の名前を覚えていないのに、そう言われた光景だけは今でも鮮明に覚えている。

「シンデレラなんか知らなきゃよかったよね、あんな夢みたいなことないのに」

彼女はふと口にした。私たちは読書が大好きである。朝昼晩で三冊読破してしまうようなところが私たちの共通点でもあった。読書が私たちの「夢見がちなのに現実主義」をつくったのは間違いない。

「シンデレラのガラスの靴って何センチヒールなんだろうね」
「あんなに高いガラスの靴で歩けるのかな」

そんな会話をしたり本を読んだりして日々を過ごし、気付けば私は彼との別れを決意していた。

シンデレラのガラスの靴に関する科学的研究がある。ヒールの高さが1.3cmを超えるとガラスの靴は割れてしまうらしい。だから私たちの知らないシンデレラ続編では、ヒールが砕けてしまうか、もしくは「シンデレラは実は妖精で体重なんか関係ない」なんてアナザーストーリーが展開されていたに違いない。

あまりにも耳鳴りのひどい朝だった、彼の重すぎる愛が私の中にかかっていた東京ハチミツオーケストラの演奏を止めてしまった。夢から覚めた瞬間だった。
終わりなきBGMなんてないんだよ」
もっと可愛らしいことを言えばよかった。
恋の煙って儚いね」
それが最後の会話だった。


ショートエッセイを読み終えたような時間だった、と今でも思う。

「選ぶ本を間違えることってあるよね、でもその本の台詞がいつまでも残ってたりする。題名を忘れてしまうのに、その台詞だけ」

別れた報告をすると、彼女はそう呟いた。

男はみんな「元カノの成分」でできているという記事があったけど女もそうだと思う、少なくとも私は。だって私はチャットモンチーなんて好きじゃなかった。彼を思って聴いていた。でも今の私はチャットモンチーが好きだし、こうしてふと聞いてしまって思い出す。絶対忘れられたくない、と言った彼はその通りの未来を作ってしまった。だから忘れられたくない人には好きなアーティストと曲を仕込んでおくといい。あなたと過ごした日々が細々と、でもきっと永遠にその人の人生と息をしてくれる。

まだ15だった私は、きっと高すぎるヒールを履いていた。だから、慣れないヒールを履いて走り回ることを私はオススメしない。だって、うまくいく高さはたった1cmの背伸びなのだ。シンデレラが王子様の心を永遠に掴みたかったならきっと、かぼちゃの馬車に乗らずにそのままの服、そのままの靴で走って追いかけるべきだった。ピンヒールで手にした恋の続きを幼い私たちが知ることはなかった。でも思ってしまうんだ、きっとシンデレラと王子様に永遠はなかった、って。

背伸びをすることをやめてしまったらそれは、女子卒業の日のようにも思う。夢を見ることを諦めてしまった女子たちに明日はない。でもピンヒールを履いて走ったとして、転んでしまった時に「大丈夫?」と王子様のような人が現れる状況に私たちは出会えない。それでもそんな夢を見てしまう。転んで頑張って立ち上がろうとするたびに「えらいね」と笑って手を出してくれるモザイクのかかった誰かを想像してしまうのだ。そしてもっとずるいことに、8cmのピンヒールを履かないとそんな人には出会えないことも私は知っている。その彼とはきっと、永遠などないけれど。

P.S. ガラスの靴の現実的ヒールの高さ研究には諸説あります。あと、この話はフィクションだったりノンフィクションだったりします。

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読んでくださってありがとうございます。今日もあたらしい物語を探しに行きます。