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「マイ・ブルーベリー・ナイツ」

おいしいものとはなにか。味、素材、思い、ストーリー。一般的に「おいしい」と呼ばれるものはそのひとのタイプだったり、完成度が高かったりする。

ある日開催された映画とごはんナイト。

二条城の裏のコーヒーショップで映画を観る、なんてことそのものが素敵すぎるこの日。ウォン・カーウァイ監督の「マイ・ブルーベリー・ナイツ」が上映された。


ステーキのつけあわせ、マッシュポテトかポテトフライ。選んで、と言われて選べず両方頼んじゃって。欲張りだから本当に欲しい「肉」が隠れてしまう。

ブルーベリーパイの見た目のようなプルドポーク with マッシュポテト。

行きたいところにまっすぐ行けない彼女たち。主食にたどり着けないサラダの罠に惑わされながら、味わいながらじわじわと食べていく。

たまに隠れているベーコンという正解のメタファーに気づかない。そうか、わたしたちはこうして大事なものを見落としていくのだ、と食べてやっと気付いた。


ショーケースに並んだスイーツたちを見ていると、残り少ないものもあればほとんど残っているものもある。

わたしはいつも、多く残った彼らを指さしてしまうのだ。

一番人気とは、おそらくみんなの舌にフィットして好評なもの、なので間違いないだろう。それがいわゆる王道 “おいしい”だと思う。

わたしのおいしいは時々、ちょっと違う。売れ残ってしまってもお店の人が置きたいと思っているものに、どんなストーリーがあるのだろう。そんな妄想の世界で頭を満たしながら食べるのは、最高の体験なのだ。



売れ残ってしまうブルーベリーパイ。選ばれなかっただけ、ただそれだけ。すべての出来事に、いつも理由や原因があるわけじゃない。ただ、そうなってしまっただけだという事実だけが真実だ。きっと、何も悪くない。



読んでくださってありがとうございます。今日もあたらしい物語を探しに行きます。