[小説] 高円寺と、雨と、トリツカレ男。

高円寺のガード下から四文屋の角のとこを曲がると、さっきより雨が強まっていた。

感傷を過剰に演出されている感が、なンつゥか、胸糞悪かった。


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この日俺は、何度目か分かんねェバンドの解散をした。

別に不満があったわけじゃねェ。


やまちゃんも、みっきーも、マナも、みんな俺が集めたメンバーだ。

最高のバンドで一年半やってきた。


精力的にライブをした。

いい音楽を作れているし、俺のすべてを詰めこんだEPも出した。

レコード会社の人から声をかけられもした。


なァンも不満はない。

なンも不満がねェから、解散した。


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いつもなら。

馴染みの店へ行って、いつものメンツで酒飲んで笑って、また明日からやっていこォや、と肩叩き合って、そンですっきり、おしまいだった。


俺は今までずっとそうやってきた。

コンビニをクビになったときも、女に浮気されたときも、みんな手ェ叩いて笑ってくれた。

俺は散々オーナーの悪態を吐いて、女に中指を立てて、酒飲んで、ゲロ吐いた。


そうして、二十八歳になった。

俺はおめェらとは違ェぞって思いながら、高円寺で二十八歳になった。

日銭で酒を飲んで、酔いどれでギター爪弾いて、日替わりで女と遊んで、バンドを解散して、だが音楽を辞められずに、俺は今日を生きている。


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うるせェ雨が顔面を打つ。

傘を買うのはだりィ。

だが、いつもの店まではちっと遠い。


ひとまず家の方へ向かおうとして角を曲がった。

そうしたら、すぐ左側に見たことのない店があった。


「トリツカレ男」

なんだその名前。

取り憑かれ?

怖ェ名前だなァ。


見たところ、立ち呑みのスペインバルらしかった。

中を覗くと、おしゃれな雰囲気のマスターがカウンターの中にいる。


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「いらっしゃいませ」

「赤ワイン……で、何かおすすめありますかね?」

「赤ワインですか……そうですね、メルローなんてどうでしょう?果実のフルーティーな香りが特徴です」

「じゃあ、それで……あ、あとチーズください」


狭い店内には、俺以外のお客さんは誰もいなかった。

立ち呑みにはたまに行くが、ビールやハイボールが格安で飲めるようなとこばっかだし、そもそもスペインバルに行ったこともほぼない。

あ、や、先月まで付き合っていた女と行ったことあったな。


「いつも、つまんなそうだね」

その女の別れ際の言葉。

なんだよそれ。

なんでそんな顔すンだよ、ナツキ。

……ヤなこと思い出したな。


俺は心ン中で舌打ちをし、気を取り直して、マスターに話しかけた。


「あのォ、ここのお店って結構最近ですかね?オープンしたの」

「ええ、そうなんですよ。まだオープンして一ヶ月くらいですね」

「そうなンすか」


ほどなくして、頼んだものが出てくる。

「メルローと……、こちら、羊のチーズ。『マンチェゴ』というチーズです。癖がなくて食べやすいですよ」

「ありがとうございます。……あのォ、気になっていたんですけど、このお店の名前ってなんか由来あるンすか?」

「『トリツカレ男』ですよね。いしいしんじさんという小説家の作品の名前を拝借したんですよ」

「へェ……。それはどんな小説なンですか?」


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マスターの話によると、ジュゼッペという何でもかんでもトリツカレたようにハマっちまう男が主人公の話だそうだ。

オペラにハマったら毎日ずっと歌い続け、三段跳びにハマると場所を問わず跳び続け……。

そんなジュゼッペが風船売りの女の子・ペチカに恋をする。

彼女の冷えきった心を温めるために、ジュゼッペはありとあらゆる手を使って奔走する。

そんな童話みたいな、ラブストーリーだそうだ。


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俺はそんな「トリツカレ男」の話を聞いて、ムカッ腹が立った。

所詮は物語だ。


ジュゼッペの奴は本当に迷いがない。

好きなものへはバカみたいにのめり込むのだ。

物にも、女にも。

ほんとバカみてェに。


俺はグッとワインを飲み干して、もう一杯同じものと、エビのアヒージョを頼んだ。


「ねェ、マスター。マスターはお店をやろうって思った、きっかけとかあったンすか?」

「もともとお店をやるつもりだったんですよ」

「もともと?」

「ええ。もともとそういうつもりでした」


きっかけ、という言葉がピンときていないようだった。

俺は面食らった。


「はは……、それで、好きな小説『トリツカレ男』の名前を拝借して店を……」

「そうですね。それで、実は少し前にタトゥー入れたんですよ。表にもあったと思うんですが、ネズミとリンゴのあの……」

「ああ、あれ……」

「そうですそうです。あれ、『トリツカレ男』の本の表紙にある絵でしてね」


そう言って、マスターははにかんだ。


そうか。

うん。

そうか。

トリツカレ男っていうのは……。


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俺はそれから、さらにもう一杯ワインを飲み、オリーブのパンを食べ、店を出た。


雨はさっきと変わらずに降っている。

あァ、嫌ンなるな……。


俺はおもむろに駆けだした。

雨に打たれちゃ敵わないから。

雨に打たれちゃ敵わないから、と何度も自分に言いきかせた。


走りながら、そのうち、自然と声が出た。

ワアアッと、みっともねェ声を出して走った。

道行く人は振り返って俺を見た。


雨粒が目の中に溢れて、だんだんとそいつらが見えなくなった。



今日のお店

スペインバル トリツカレ男

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ナナシロ

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