[エッセイ] 書くこと、ラブ・アンド・ピース、卵黄。

あなたは書けなくなることってある?、書くだけならできるよ、違うわ、本当に書きたいものが書けなくなるってこと。それはあるよ、もちろんあるさ、私もね、ちょうど今書けないのよ、そうなんだ。つまらないものなら書けるけど、それは書けるとは言わないから、彼女は目を伏せた。

彼女は仕事をすると書きたいものが書けなくなると言う、とりわけ仕事も書く仕事だから脳が混乱すると言う。
彼女が本当に書きたいものは心眼を開いていないと書けない、不条理に目をつぶり軽石のような言葉を指図どおり並べていては、せっかく豊かな感性で開いていた心眼も糸で縫合したように閉ざされてしまうのだそうだ、と聞いて、僕は思うのだった、まるで工場のアルバイトのよう。

僕も僕で書けないときのことを思い浮かべてみた。
そこにはいつも人がいる、僕は人と話している、人と話すと白紙の上を彷徨うばかりで一向に書き出すこともできない、白光で酩酊した蛾のように。
口先で世の中と接点を持ち続けると、他の手段で触れ合うことができなくなってしまう。喋るという行為は、世の中の様々な出来事や変化の皮膜だけをつまんで投げているようなものだ。僕らは会話でグルーミングをおこなう生物、心地よく無意味なやりとりを大量にこなし、社会生活を営む。

それはすなわち偽りなのだ、言葉の不完全性を、純粋性を愛するかの次元ですらない、上っ面のコミュニケイトだ、ラブ・アンド・ピースなのだ、会話は。

僕もあなたも書く人だ。書く人は偽ってはならない、偽りはボイルドエッグ、曖昧な固さに曖昧な言葉が出来上がる、僕らは食べるまでもなくそれが美味しくないことが分かる、から苦しい、けれどもその苦しみこそ僕らが書く人である証明。

偽りこそが幸せの秘訣のこの世界で、僕は生身を晒しながらのたうち回る、唾をかけたり、撫でたり、殴ったり、抱きしめたり、世界に暴力を振るうDV男の自身に恐怖。
それでもそうやって憎み愛しながら、言葉を綴ることをやめずにいる自身をとめどもなく愛おしいとも思うから、苦しみながら今日も卵を割る、純粋の卵白に包まれた黄色い太陽がnoteに落ちる。

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ナナシロ

ナナのエッセイ

ナナシロのエッセイをまとめているよ。
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