京急線事故先頭車両乗車人間の手記

普通の1日だった
娘をおばあちゃんにみてもらい、息抜きのためになんとなく家を出た
買い物には、行っても、行かなくてもよかった
横浜まで行くか悩みながら家を出たが、京急蒲田の駐輪場が空いていなくて、しかたなく蒲田駅へ向かった
蒲田駅ビルで軽く服を見てから区役所で保育園のことを聞いたのち、帰るか悩んだが、せっかく家を出たのだから、とわざわざもどって京急蒲田のアストウィズに自転車を停めた
曇りだが、日差しはすこし暑かったように思う

パスモに1000円をチャージして、電光掲示板で11時35分発の快特にちょうど乗れることを確認して、のんびりエスカレーターを上がった
いつもと同じように、先頭車両のドア前でまつ
来た快特は空いていてイスに座れた
進行方向に向かって左手側、のちにわかるがトラックが隣接する側の、1番前の列のイスの真ん中あたりに座った
イヤフォンで音楽を聴いていた
なにを聞いていただろう
たしか、ヒプノシスマイクのバイブスクッキングか。(ひふみと独歩には罪はなし!)

京急川崎まで、いつもの道のり
ここで降りて洋服を見てしまおうかと思ったが、せっかくここまで来たので横浜まで行くかと乗り続ける

ふと外を見つつ、帽子を外して、イヤホンを外した
窓の外は見慣れた風景、マンションが建つ谷間
もう少しで横浜かな、などと思った瞬間だ

1番前に立っていた男性が叫びながらこちらに走ってくる
「逃げろ!燃えている!」
何かが起こったのだ
とっさに後ろにすこし体をずらしたように思う
車体はブレーキを踏みながらゆっくり傾いたように思うが、もしかしたら噂に聞く修羅場のスローモーションというやつかもしれない
あとで聞いたところ、警笛もなったらしいが全く覚えていない

人に押されるように倒れ、ゆっくりとした時間の最後には、傾いた車体の底にいた。人々が折り重なった1番上だったのでそれは幸運だったのかもしれない

子供を抱いた女の人がサラリーマンの下にいたので助け出したことだけは、私がこの件で唯一貢献できたことかもしれない

こどもふたりの顔が浮かんで、とにかく生きて帰らなければと思った
とにかく帰らないと
ただそれだけで動いていたように思う

窓の外で炎が燃えていた
煙が増えつつある
においが少しずつ充満してきた
「くさい!」
そう発したように思う

そのあたりで外に逃げる人たちが見え始めた。どちらに逃げればいい?
横浜方面に向かって走って逃げている人がいる
後ろは炎だ
誰かが叫ぶ
「後ろのドアが空いている!」
だが後ろは燃えているのだ
恐怖心が勝って、動けなかった
赤ちゃんを抱いた女性の背中を押した
(彼女たちは逃げられただろうか?)
スーツを着たサラリーマンの男性が率先して大きな声で状況を叫んでくれていたのは今思えば、とても励みになった

私をふくむ数人はドアの真上にしゃがみ込んでいたので、そこを開けようとまわりの人たちが動きはじめた
私もドアのくぼみをつかむ
だが開かない
窓を開けようとする男性がいる
しかしどこも開かない

そのとき、運転手さんが運転席のドアを開けてこちらに来てくれた
「ドアを開けてください!」
誰かの声で、運転手さんがドアロックを外す
「開くようになりました!」
ドアのくぼみをひっぱる
だが開かない
炎は相変わらず燃えている
誰かが「死ぬ!」と叫んだ瞬間、急に死を意識した
本当に死ぬかもしれない、と、このとき思った
運転席のガラスは細かいヒビがびっしりとはっていたが割れてはいなかった
蹴れば開くだろうか
どこから逃げたらいいのだろう

私は死を意識しつつ、周りを見渡した
スーツのサラリーマンが、運転席の横の小さな窓に向かうのが見えた
あそこが空いている!!
逃げられる!!
小窓に体をくぐらせて外に出た
晴天。
線路には砂利に混ざるように鮮やかな黄色のレモンがたくさん落ちていた
疑問にも思わず、前に走った
何人かが逃げてて、路線の柵の外で女性が叫んでいた

「なにがあるかわからない!とにかく離れましょう!」

その声にひっぱられるように柵を乗り越えて道路にまろび出て、後ろを一度だけ振り返った
燃えている
くさい?覚えていない

まだ夏の残るひざしのもと、ただ路線の横の道路をまっすぐ走った
誰も助けられなかった
そんな思いと、娘たちのところにとにかく早く帰らなければという思いだけが強く頭にあった

走る
見物客がいる
なにがあったのかと聞かれた
電車が横転している。炎が上がっている。なにがあるかわからないから逃げろ。そう答えた

走る、逃げる
右手にあった公園で大人とこどもが遊んでいた
災害から逃げる自分と、ほんの数メートル先ではふつうの日常が流れている
不思議だった
ほんの少しの選択の差でこうも変わる

死の可能性はすぐそばにある
選択肢、選択肢
なにを選ぶ?どうする?
なにを選んでも結局は避けられないのかもしれない

それでも思ってしまう。
あのとき、京急に乗らなければ。
あのとき、川崎で降りていれば。
なんどもそう思った。

こどものところへ。
それが1番強い気持ち
仲木戸の駅が見えてきた
JRの改札を目指す
階段を上る
改札を通してもらう
ホームに止まっていた京浜急行大宮行きにすべるように乗り込む
ひとつだけ空いていた席にすわり、行き先を確認する
走り出す電車
鶴見駅にとまる
そこで初めて、涙が出た

死ななかった
死ぬところだった
死ぬかと思った

川崎で買い物をして帰ろうかとよぎったが流石に蒲田にまっすぐ帰り、駅に着いたところでたまらず主人にメールをしてしまった
(あとから思えば、事故による躁状態だったのかもしれない。まっすぐ帰ってよかった)

泣きながら京急蒲田まで歩いた
事故には気をつけよう
怖い、危ない
車が凶器のように見えた

自転車に乗り、いつもの道をゆっくり走った
とにかく車がこわい
家に着く。玄関を開ける。
娘は寝ているか?
いや、物音がした。起きている。
二階のリビングに駆け上がる
娘とおばあちゃんがお昼ご飯の焼き芋を食べていた
娘は屈託無く笑う
いつもの笑顔、白い肌、細まる目
今思い出しても、涙が溢れてくる

日常、娘たちとすごす少し退屈な毎日がどんなに貴重なものか、身を以て知った

各自、自分を大切に、毎日を生きろ!!
以上、備忘録としてここに記した。

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