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お前の背中は俺が支えてやる。

一年ほど前の事だったと思う。

親と些細な事で文句の投げ合いになり、家に居づらくなった。

開き直ってくつろげるほど私の肝は据わっておらず、落ち着いて原稿を進めるには気が散りすぎていた。結果、黒いリュックに財布とスマホだけ突っ込んで、寒風吹きすさぶ午後の薄暗い道を、私は歩く羽目になった。

勝手に出て行ったのは私なのだが、歩けば気が紛れると解っていたんだと思う。

基本的にどんな状況でも、歩く時は歩くためだけに歩いている。一定のリズムだけに集中して、頭をクールダウンさせるために。グズグズに荒れた頭が少しずつ落ち着いてくると今度はやたらと寒さを感じるようになった。今に雪でも降り出しそうだったので、とりあえず書店で時間を潰す事にした。

スーパーのテナントとして存在しているその書店は、当然ながら暖房も効いていて、夕飯の買い物客の賑やかさと明るさがあって寂しさとは無縁だった。

漫画は月刊誌も週刊誌も輪ゴムなり何なりで綴じられていて読めない。勿論単行本もビニールで包まれていて読めない。なんとなく足が向いたビジネス書の棚でD・カーネギーの『人を動かす』を手に取って眺め、メンタリストDaiGoの『自分を操る超集中力』をパラパラとめくる。キラキラした表紙に惹かれて、『「一緒に働きたい」と思われる心くばりの魔法 ディズニーの元人材トレーナー50の教え』を一緒に働く人もいないのに開いて読んだりした。こういった手合いの本をつかんでいるあたり、善良になりたい、器用に生きたい、冷静でありたいという願望が駄々漏れていて、無意識とはいえ滑稽だった。コートの袖を顔に押しつけて、一人苦笑いをした。

そうして片っ端から気になった本をめくっていたのだけれど、何も買わずにそこに居るのは二時間が限界だった。

気になった本の中から3冊ほど手に取ってレジに向かった。買った本はそのままリュックに突っ込んで、家路を歩く事にした。外に出ると空はさっきよりもドス黒い色になっており、何よりめちゃくちゃ寒くなっていた。

でも心は満ち足りていた。

背中におぶさっている、さっきまでは存在していなかった重みがなぜだかとても嬉しかった。

外は寒いから、早く家に連れて帰らなければと思ったのだった。家に居る他の連中が佇んでいる棚に、仲間入りさせるためにも。

家族が増えた喜び、である。

今年もいつの間にか冬が訪れていた。

結論として冬場の背中は少し重いくらいが心地いいし、やるせない時はその重みが頼もしい。

財布と変わらない大きさの、何とも小さいショルダーバッグひとつで寒空の中を歩く女性の気持ちを私は未だに解らないでいる。「背中寒くない?」とか思ってしまう。私だけなのかもしれないが。

背負える荷物は暖かくて好きだ。

彼らは時に、もっともらしく家に帰る理由をくれたりするので、どうにも雑には扱えない。

荷物側が私をどう思っているかは解らないけれど。

もしも、積極的に私の支えになる気でいてくれるのなら、

それは持ち主冥利に尽きる事だと思った。


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