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「名人の教え」はもう間違っているかも。それでもありがたい

24~5歳の頃、僕はスポーツ新聞の記者だった。その日は先輩記者と一緒にプロ野球の試合を取材していた。

場所は東京ドーム。スポーツ好きなら知っていると思うが、選手は毎日、試合前に1〜2時間練習をしている。この合間にテレビなどメディアの取材が入ったりもする。

ベンチに腰掛けた監督が報道陣に囲まれ、昨日の敗戦を振り返り、2軍調整中のベテラン選手の調子を語り、今日の試合の狙いをもったいぶりながら明かす。

一方、練習を見つめている局の女子アナは知り合いの選手と目が合ったのだろうか、今日イチの笑顔を見せている。以前に取材したのか、六本木か西麻布で一夜を共にしたのか。いや、そんな宴があるのかどうかも知らない。

グラウンドは聖域。報道陣とはいえユニホーム姿ではない人間は一定の距離を保っている。しかし、何人かのスーツ姿の人間がグラウンドにいる。選手や監督と親しげに話し込んでいる。

OBだ。

練習前、OBは選手に何を伝授しているのか

プロ野球の練習を見ていると、必ずと言っていいほど往年の名選手に会える。彼らはテレビやラジオの解説者だったり、球場も"顔パス"の球団のレジェンドだったりする。後者の場合は近くの公園を散歩するノリでグラウンドに姿を現す。

そして、これまたよくある光景だが、現役選手に向かって色々とアドバイスしている。打撃練習の一部始終をチェックされた現役選手はヘルメットを頭から外し、直立の姿勢でその話に耳を傾けている。

輝かしい実績を球史に刻み、ファンに愛されたレジェンドだ。そのアドバイスとは実に的確で有益なのだろう。

いや、待て。

言う通りにやればヒットが打てる。三振が取れる。全てのスポーツにおいて、そんな“答え”はあるだろうか。当然、NOだ。

僕は記者として、現役選手がどんな気持ちでアドバイスを聞いているのかを知りたくなった。

プロの心構え

知り合いの選手に直接聞いてみた。名前は明かせないが20代前半、まだ若手の部類に入る選手だ。

「そりゃね、色んな人が色んなことを言ってきますよ。Aさんはもっと足を動かしてタイミングを取れって言うし、Bさんは足を動かさずに球を引き付けろって言う(笑)。そんなもんです」

「でもね、色々言ってくれてるうちがありがたいと思って、あとは自分で考えるしかないんスよ」

まさにプロの答えだった。

20歳そこそこの若者とはいえ「地元じゃ負け知らず」でここまできた彼だ。「色んな人が色んなことを言ってくる」ことはもはや日常なのだろう。彼のルーツを辿れば「アイツに野球を教えたのは俺」的なオヤジもきっとたくさんいる。

自分の価値は自分で作り上げるしかないのがプロの世界。「あなたの言う通りにやったけど、全然打てなかった」なんて言い訳は通用しない。ありがたいアドバイスをくれるレジェンドも”明日のメシ”を保証してくれない。選手の責任はすべて選手にある。結果がでない時にクビが飛ぶのは自分自身だ。

AさんやBさんのアドバイスを無視して、Cという新しいやり方で成功すれば、それは正しい。「結果でねじ伏せる」というやつだ。

そこまでわかった上で彼は「アドバイスをいただけるのはありがたい」と言い切っていた。

一般社会もプロの世界に近づいている

一般の会社員の場合はどうだろう。

「絶対間違ってるわ…」と思いながら上司の意見に従うシーン。その多くはきっと、結果に対して自分の責任を問われないからだ。先ほどのプロ野球の世界で例えれば、「俺の言う通りにしろ。失敗してもお前の評価は何も変わらないし打席に立ち続けられるようにしとくから」と言われているようなもの。

ただ、そこまで信じられる上司や、会社・組織が果たしてどれだけあるだろうか。昨日までの非常識が気づけば常識になり、過去の成功プロセスが秒速で陳腐化する時代。終身雇用の崩壊を伝える多くのニュースがメディアを賑わせている時代に、ふと昔の取材の一コマを思い出した。


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もう少しだけ匿名

1986年生まれ。マーケティングやるひと。元新聞記者
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