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反論・クソババアと罵倒の様式についての考察

「諸君、私は論戦が好きだ!罵倒語が飛び交うところなど感動的だ!」

某少佐の演説のように、私は論戦で使用される罵倒語がかなり好きなのだ。よって、今回は罵倒語を擁護する、罵倒語の使い道の話をしたい。

前回の考察を読んで、「だから、罵倒語使う奴はダメなんだよねー」的感想をお持ちの方もいらしたようで。まぁ、それはそうだよね、ぶつけられたら、八つ当たりされたみたいで、たまったもんじゃないもんねぇ。だけどねぇ、罵倒したくなるぐらいの憤りってのが湧いちゃう時ってあるのよねぇ。それ「ダメ!」してると、自分が息苦しくなるからねぇ。罵倒語には、ちゃんと担当領分があるのです!の話です。

私内ランキングで、罵倒芸の最高峰はニーチェである。今手元にある「ツァラトゥストラ」の「市場の蝿」の章から抜粋してみよう。

「蝿どもは、まったく無邪気に、無考えに、君の血を吸おうとする。血液のないかれらの生まれつきが、血を欲しがるのだ。ーーーーーそれゆえ、まったく無考えに君を刺すのだ。」

自分の考えを持ってる人に対して、たかっては、あーだこーだと文句を言ってくる、そうだな、クソリプ送ってくる人に対して「市場の蝿め!」と罵倒しているのである。

爽快です。

罵倒語の使い道、その1は「終わりにする為」が、あると思う。ニーチェはこう言う。

「ハエたたきになることは、君の運命ではない。」

市場の蝿叩いても、しょうがないよー湧いちゃうのもしょうがないよなー蝿だもんなーとして、「終わらせて、次のことに行く」ために、罵倒語を使うのは非常に有効だと思う。名前を与えて、封印の呪文にするような、罵倒語の使い方がある。

私は罵倒語のこの使い道が相当好きで、オリジナリティと説得力のある罵倒語を読むと、胸がすくような気持ちになる。共感できると、さらに爽快になるね。

けど、この爽快感に酔うと、罵倒語中毒患者となって、徒党を組んで罵倒語使ってたかってくる市場の蝿に成り下がるから、要注意、ではあるな。


罵倒語の使い道、その2は、「まだ、言葉にはできないんだけど、どーにもこーにも、なんだかとっても、イライラする感じ!」を、とりあえず、出してみるために使う、だな。

ママのバカ〜!も、クソババアも、キモい!も、大量に使われてる罵倒語の多くはこの段階のものが多い気がする。

とりあえず、出してみてから、「自分はなぜ、そう感じるのか?」を掘ってくための最初の一歩として使うのは、とっても良いことだ。なぜなら、出してみないとわかんないから、だな。これ出す前に、自分の中で止めちゃうと、内圧が高くなっちゃうからねぇ。抜いてかないとねぇ。湧いちゃうもの、溜まるもの、出るものは排泄しとかないと、病むでしょ?必要なことよ?

ここの注意点は「罵倒語段階で、思考停止する」だな。その先の方が、ずっと重要なことなんだよね。自分の体質的に、あれ食べると下痢しちゃうってのを把握しとくのは、重要なことでしょう?思考停止しちゃうのは、原因突き止めないで、何度も下痢しちゃう、それで知的体力どんどん低下、みたいなことになるのが予想できるからね。


1と2の注意点を踏まえ、なおかつ、当事者同士の信頼関係がある中で交わされる、罵倒語ありありのスリリングな論戦は、とても肉体的な感触があって、読む分には私の好むところであるよ。

もう一度言おうかな。

「諸君!私は罵倒語が好きだ!」

私の一番の論戦相手、息子は「かーさん、武器の装備が違い過ぎるから、戦争するのはやめて?」と優しく止めてくれるので、某少佐のように「ならば、戦争だ!」は最近は自粛することにしております(^◇^)

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