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ヤムヤム2021年 第7話


3段ケージ


『あら、今日は帰んないの?』
「帰らん。わーは……わーはな、こ、ここに住むんや」
『ふーん。じゃ、寒くなってきたからガラス戸閉めるけど、いいのね?』
「お、おう」

『あら、ひょっとして、ワタシがそんなに待てないって言ったから? ハハハ。じゃ、ともかく今晩泊まってみようか』
「お、おう」
『今夜は、そうだなぁ、私は母屋で寝るから……。玖磨ちゃんの部屋で、夜だけケージに入ってもらってもいいかな?』
「お、おう」
ケージってのは、アレだな、3段のヤツ。
夜だけなら、ま、いっか~。

『しかし、子猫なんて何十年ぶりよ。てっきり、このまま老猫専門で終わると思ってたのに、ここにきて子猫が舞い込んでくるとはねぇ。なんか意味があるんだろうね。まだミッションが残ってるってか? ま、来るもの拒まず去る者追わず。人生成り行き、なんとかなるッしょ』
おばちゃんはブツブツいいながら、ケージの中を掃除しとる。
そや、そや、こうなったら、わーもなるようになれ~やわ。

あ、そや、さっきのごはん、あ、あった、あった。
トロッとしたヤツはなくなっとるけど、カリカリッとしたヤツは残っとる。
こんなん、外じゃ考えられへんな。
いっただきまーす、んがんが、ごっくん。
おぅ、おぅ、んがんが、ごっくんごっくん。
「うへぇ、食べるの超早い。お皿まで舐めてるわ」
「あんまり急いでかっこむと戻すよ」
「わーは戻さへんわい。ほやけどアカン、食べたら呼び水になって急に腹ペコ感半端ないわ」
「もう少しで夕ごはんの時間だよ」
「そりゃ、助かるわ~」


おばちゃんは母屋と離れを行ったり来たりしとった。
わーが来たからちゅうことやなく、いつもそうなんやと。
「あのヒト『思い立ったが吉祥寺』が口癖。閃くと即行動。But 最近『ワタシ、なにやろうとしてたんだっけ』と首をかしげる。明らかにショロー現象」
わこはポツポツ独り言っぽくゆう。

そーか、おばちゃんはショローなんね。
ショロー、ショロー、ショロー♬
ショローってなんやねん?

そんなことより、わーはおうち探検と情報収集や。
奥のパソコン部屋は、ヒノキの床で肉球にいい塩梅や。
玖磨じぃちゃん以外のみんなはこっちの部屋か廊下にいるんやね。

ベッド用のカゴがぎょうさんあるなぁ。
みんなは、そんときそんとき好きなカゴに入っとるみたいや。
「どこでもええん?」
「そうだよ、ここにあるのは誰が使ってもいいんだ」
そうゆったちぃちぃはたいていトーマといっしょにおる。
「あのふたりはオッサンズ」
そうゆうわこは、いっつも単独行動や。

廊下のガラス戸を開けたら「くまホーム」やよ。


夕ごはん


ついに夕ごはんのときが来た。
おばちゃんが離れの流しに立ってごはんを用意し始めると、ちぃちぃ、トーマ、わこがおばちゃんの足元に集合。
『ちょっと待って、ちょっと待って。今日は6皿用意しなきゃならないんだからね。いつもと配分を変えて、と。サイレン君のお皿はコレにしてと……』
おばちゃん、お盆に並べた器に、缶詰を開け、ドライフードを盛り付け、大忙しや。
うーーん、ひとりでに唾が、じゅるる~。
わーは廊下からこの様子を見とった。
おばちゃんが、ちぃちぃ、トーマ、わこの前にお皿を置いていく。
玖磨じぃちゃんのテントの中にも一皿。
『玖磨ちゃん、今夜チビちゃんを頼むね』
「わかっただす、なんりさん」
玖磨じぃちゃんはむっくり起き上がって、迷わずお皿の前に行くと、ムシャリムシャリと食べ始めた。


『さて、サイレン君、君はここで食べよか。はい、こちらにどうぞ~』
お、おう!
おばちゃんは3段ケージの真ん中の段の扉を開け、そこにお皿を置いた。その瞬間、わーはお皿に顔をつっこんどったんやわ。

『お、チョッパや! さすがです。お水はここね。下の段にトイレがあるから使ってね。あ、砂は食べないこと』
そうゆうと、おばちゃんはサッと扉を閉めた、カッチャリンコ。
音は聞こえたけど、食べるのが先や。

『うぁ~、いい食べっぷりねぇ。あら、もうなくなっちゃった。これじゃ、みんなといっしょに食べたら、みんな食べはぐれるわね。ところで、どう、うちのごはんは美味しい?』
「味は分からんかった。けど、ようやっと猫らしゅうなった氣ぃがするわ。ごっそうさん」
そいから、わーは超久しぶりに食後の毛繕いをした。
あぁね、これがうちなんやねぇ……。
なんやら頭の芯がぼぅーっとしてきたなぁ。

玖磨じぃちゃんとの夜


結局ケージに閉じ込められてしもうたけど、別段困ることはなかった。
かぁやんはゆうてた。
「そうなったら、そうなっただけことやよ。考えてもしょうもないことは考えんこと。そないなときは無駄に力を使わずに蓄えとくこっちゃ」
そやな、かぁやん。

それにしても部屋の中はこんなに温いんやなぁ。
おりゃ、毛布を敷いたかごがある、ここに寝ろちゅうことやな。
おぅ、おぅ、こりゃぬくいわ、石のベッドとは段違いや。

石ベッド時代


夜、灯りが消えた部屋で、テントの玖磨じぃちゃんが身じろぎをした。
「じぃちゃん、聞こえる?」
「ん、ああ、アンタ、この前の子猫さんだすな」
「うん、そうやよ。わー、ここに住んでもええな考えて、今日思い切って入ったんやけど。まーだなんも分からんから、いろいろ教えてぇな。そや、じぃちゃんはいつから、ここにおるん?」
「そうだすか。ジブンからここに入ったんだすか。そりゃ大したもんだす。オラ、ここには7年前くらい、だすかな。ただ、オラがナンリさんと会ったのはもっと前だす。ここに来る前、オラたちみんな東京にいただすよ」
「トーキョー?」
「そうだす、ここから東京までは8時間くらいかかるだすよ」
「トーキョーは遠いんやねぇ」
「ほうだすな、オラは飛行機と電車を乗り継いでここに来ただす」
「ヒコーキって、空飛ぶヤツ? じぃちゃん、空飛んで来たんか、スゴイやん」
「いや、オラはキャリーケースに入っていただけだすから……。東京の部屋は春、大きな窓いっぱい桜の花が見えて、それはきれいなとこだしたなぁ」
「へぇ、ほんじゃ、そのころは目ぇが見えてたんやね」
「そうだす。すっかり見えなくなったのは去年からだすよ」
「ふーん、でもここは、目ぇが見えへんでも食うもん出るし、困らんのとちゃう」
「まぁそうだすな。ところで、アンさん、これからここでどうするだす?」
「そこなんよ、わーがじぃちゃんに聞きたいんは……」
「ほう、なんが知りたいだすか?」

わーはその晩、玖磨じぃちゃんがポツン、ポツンと話すのを聞きながら、いつの間にか眠ってしもうた。
かすかに覚えとるのは、じぃちゃんが10年前、おばちゃんとこに来た日のこと。

それからもうひとつ。
「アンさん、ここにおる氣なら、いつまで『おばちゃん』ゆうのは変だすな」
たしかに、そうかもしれん。
ほなら、わーもこれから、みんなのように「ナンリさん」ゆことにしよか。

家猫になったんよ。


「玖磨問わず語り」に続く


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