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玖磨問わず語り 第5話

ヤムヤムのトイレ

クンクン、ンフンフ、どうもなんか匂うわね?
この辺かな?
ん、ここ? ありゃ、使い捨て雑巾全滅だわ、やれやれ。
ケージベッドもやられたけど、この子、布物におしっこする癖がついちゃったかも。でも、みんなといっしょのベッドにはしてないのよね。
ひとまず表に出ている布物は全部収納しましょ。
ナンリさんは、わーに何も言わへんかった。

ヤムヤム、ペットシーツのトイレを用意したから使ってみて。
玖磨ちゃんと同じで、いかが?
玖磨ちゃんはね、お腹の穴からおしっこするからペットシーツ派なのよ。
砂だとお腹の穴に雑菌が入り込んじゃうからね。
廊下のトイレスペースを見ると、ペットシーツを敷いたトイレが増設されとった。
せっかくやから使ったろか。

あら、さっそくペットシーツでおしっこしたのね。
ふむ、これがヤムヤムのおしっこの匂い、しっかり覚えたわよ~。
で、ウンチは猫砂の方でするわけね。
まぁ、それがヤムヤム流ってことで了解!
なんや、ナンリさん、おしっこの匂いを覚えるなんて、猫みたいやんか。
んにゃ、待てよ、そいうやこのヒト、キャットシッターやったわ。

月子さん

桜舎でのオラの仕事


そのころ、ナンリさんは桜舎でいろんなことをやっていただす。
そのひとつが猫セミナーだした。
週末になると、全国から猫好きさんたちがやってきて、猫の勉強をするんだす。

最初のときは、オラ、ナンリさんのベッドの下に隠れていただすよ。
ところが、猫好きさんは目ざといというか、猫アンテナが効くというか、
「あそこに大きな黒猫ちゃんがいるんですけど~」
という第一声で、みなさんがオラを覗き込んだんだす。
「やっだー、かわいいー」
「クマのヌイグルミみたい」
「ひょっとして、ナンリセンセのブログに出てた玖磨ちゃん?」
ひそひそ、わくわく、こそこそ、うふうふ。

「緊張させちゃだめですよ。さっき授業で勉強したように知らんふりしましょ」
「そうですね、『猫の方から来るまでこちらから手出しはしないこと』でしたね」
みなさん、そう言ってオラから目をそらしたんだす。
でも、なんというかだすな、ただならぬ「見たい見たい」光線が突き刺さってくるという感じだした。
ただ、それは決して嫌な感じではなかったんだすよ。
ですから、オラ、ベッドの下から出て行ったんだす。
そして、静かであたたかいまなざしに包まれて、オラもここでなにかできそうに思えたんだす。

玖磨ちゃんも嫌じゃなかったら、セミナーのお手伝いしてね。
ナンリさんにそう言われて、オラなりに何ができるか考えただす。

初めて桜舎に来るヒトはたいてい緊張しているんだす。
でも、オラたちを見ると、こわばっている顔が緩むんだすよ。
なので、皆さんのお出迎えをしよと思っただすよ、ウエルカム玖磨。
これが好評となって、どんどんバージョンアップしていくことになるんだすが、これについてはちぃちぃさんの登場まで、もうちょっと待ってくだせぇ。

あと、皆さんから「可愛い」と言われるのも照れ臭かっただす。
たくさんの人に見られるのも最初はドキドキしたもんだす。
でも桜舎に来るヒトはみんな親切だとわかってから、オラ、セミナー中もリラックスできるようになったんだす。

セミナーでは、爪切りやコーミングの実演助手をやっただす。

玖磨ちゃんはおとなしいので、こんなふうに切らせてくれます。
おうちの猫さんがこんなふうに爪切りさせてくれなくても、そっちの方が普通だと思ってくださいね。
ただ、どの辺で爪を切るのか、切る際猫の支え方なんかを見といてください。
はい、玖磨ちゃん、ご協力ありがとね。

こんな感じだした。

オラはこんな具合に桜舎での生活になじんでいったわけだすが、ある日、あわただしい動きが起こったんだす。

緊急入居の相談

「亡くなった両親の猫をやむなく動物病院に預けています。この子は両親の形見なのですが、私たちは事情があって引き取れません。17歳になる彼女を1日も早く病院のケージから出してやりたいのです。なんとかお引き受けいだけませんか」
そう言った男のヒトは、オラたちを見てかすかに微笑んだんだす。

「わかりました。こちらは急いで受け入れ態勢を作りますから、明日にでもその猫さんをここに連れてきてください」
ナンリさんがそう言った途端、男のヒトは急に力が抜けた様だした。
少しすると、近づいて行ったオラの頭を、慣れた仕草で撫でてくれたんだす。
ああ、このヒトは猫と暮らしているだすな。

「さぁ、みんな、明日、新しい女子猫さんが来ますよ。ズズさん、今回もよろしくね。ミンちゃんは上納フード、楽しみねぇ。あら、玖磨ちゃんは早くも先輩になれるわね」
実はこのときもうモントン姉妹さんは、一足先にネコクス舎に移動していたんだす。それで、桜舎の猫はズズさん、ミンさん、オラの雄3匹だったんだすよ。

その晩、ナンリさんは契約書類を作ったり、ケージを組み立てたり、いつもよりちょっと忙しそうだっただす。

グレーの長毛さん


翌日の夕方、日も大分暮れかかってから、昨日の男のヒトがキャリーケースを運んできただす。
そして、そっと床に置かれたキャリーケースから、灰色をした長毛猫さんが出てきたんだす。
「この通り、年をとっていて、喘息の持病もありますが、感染症などはありません。クマちゃん、今夜からここでお世話になるからね、他の猫さんと仲良くしてね。また会いに来るから元氣でね」
クマちゃん? オラと同じ名前だすか?

でも、クマちゃんの目にはなんにも映っていないようだした。
無。
灰色のベールが全身を包んで、クマちゃんはどこか別の世界にいるような……。
いったい、どんなことを体験したら、こんな目になるんだろう?

「昨日ご説明しましたが、桜舎入居にあたって、猫さんの名前を変えさせてもらう件、夕べ『月子』という名が閃いたんです。昨夜お月様がきれいだったこともあるんですが、桜舎でこの猫さんにいっぱいツキが来るといいなと思って……。ご了承いただけるようでしたら、今日から『月ちゃん』って呼んでいいでしょうか?」
「はい、月子、月ちゃん、いい名前です。私たちもこれから、そう呼びます」
「よかった、ありがとうございます。では、責任を持って月ちゃんをお引き受けします。いつでも月ちゃんに会いにいらしてくださいね」
「はい、よろしくお願いします」

「月ちゃんの様子は、毎朝ワタシのブログでアップしていきますので、覗いてみてください」
「わかりました。今日はこれで失礼します。じゃぁね、月ちゃん、元氣でね」

ズズさんと月子さん


さぁ、月ちゃん、今日は移動で疲れたでしょう?
ゆっくりごはんを食べて、安心して眠ってください。
この前までいた女子たちは、ちょっと前に和歌山に行っちゃったから、今うちは男子ばっかりなの。でも、みんな優しいから心配しなくて大丈夫よ。

月子さんは、相変わらずからだの周りにバリアを張り巡らせているようだした。
オラ、なにかしようにも、結局遠くから見ているしかなかったんだす。
上納フードのミンさんも、それは同じだした。

ところが、そんな中、ズズさんがスタスタひょいひょいと月子さんのそばに歩いて行ったんだす。
ごく自然に、ひょうひょうとして。
そして、ズズさんは月子さんになにか伝えたようだした。

月子さんは、空洞のような瞳でゆっくりズズさん見上げただすよ。
すると、ズズさんはスッと月子さんから離れて、何事もなかったかのようにいつものバスケットに戻ったんだす。

ズズさんは何と言ったのか?

オラはそれを見ていただけだした。
なにも起こらなかったようでもあり、なにかが起こったようでもあり。
この後、ズズさんの不思議はたびたび目にするようになるだす。
とにかくオラ、思ったんだすよ、ズズさん、カッコいい……。

おばぁちゃん猫さん

元クマちゃんの月子さん。
後でわかったんだすが、名前の由来は、胸のあたりにツキノワグマのような白い毛が生えていたので、そう名づけられたんだすと。
ナンリさんが閃いた「月子」とつながるのが面白いだすな。

なんと言っても、オラと月子さんはクマ繋がりだす。
月子さんはオラより年上だけど、桜舎では2ヶ月オラが先輩なわけで……。
月子さん、大変なことがあったのかもしれないだすが、もう終わったことだす。

だから、月子さん、ここで分からないことがあったら、遠慮なくなんでもオラに聞いてくだせぇよ。
こうして、この年の晩秋、月子さんとの暮らしが始まったのだした。

続く


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