序章① 顧客体験って何なの?

『CXデザインの教科書』のマガジンでの連載を始めるあたり、そもそも 「CX(Customer Experience:顧客体験)」とは何かを、序章としてお話したいと思います。

ここで書くのは、UX / UI との比較で語られる、CX の最近の定義とは少し違います。「CRM(Customer Relationship Management: 顧客関係管理)」が一過性のブームを終えようとした2000年頃、商品でもサービスでもなく、「Experience(経験)」こそが重要だといわれはじめた頃のことです。

でも、本題に入るまえに、CRM が登場するまでの歴史を、振り返ってみたいと思います。

【CRM登場までの歴史】

マーケティングに詳しい方は、フィリップ・コトラー氏のマーケティング 1.0 / 2.0 という概念をご存じだと思います。マーケティング 1.0 は、大量生産の製品を作れば売れた「製品中心」の時代を指します。日本では高度経済成長期までが、製品中心の時代です。正確には、1973年までを指しますが、1979年の第二次オイルショックで完全な終わりを迎えました。

第二次オイルショックの翌年、1980年の家電製品の世帯普及率は、冷蔵庫 99.1%、洗濯機 98.8%、カラーテレビ 98.2%です。つまり、製品を作れば売れた時代から、モノ余りの時代になったのです。そこから、マーケティング 2.0 の「顧客志向」の時代が、幕を開けました。消費がモノからコトへと変化しはじめ、東京ディズニーランドは、1983年に開園します。

この頃、企業のあいだで広がりはじめた取り組みが、「CS(Customer Satisfaction:顧客満足)向上」です。日本では1980年代後半からブームになり、CS推進室という組織を、各企業が設けるようになりました。ところが、1991年に日本のバブル経済は崩壊します。それにともない、CS向上の活動も下火になります。

でも、CS向上は多くのものを、日本に残していきました。顧客の共感を得るという考え方も、その一つです。そして、1990年代半ばに CRM が生まれます。日本で知られるようになったのは、90年代後半ですが、2000年代前半にはブームは終わりました。詳しいことは、今後の連載でお話していきますが、いつの時代も、歴史というのは繰り返しますね。(^_^;)

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本当の連載の第1回目です。

1. 顧客体験と経験の違い
 ・体験の重要性を語った本
 ・体験と経験の定義
2. 顧客体験のあらわし方
 ・カスタマージャーニーマップ
 ・顧客の購買行動モデル
3. 顧客接点とチャネル
 ・マーケティングチャネル
 ・あらたな顧客接点

***

1. 顧客体験と経験の違い

【体験の重要性を語った本】

最初に、「顧客体験」を語る上で重要な二冊の本をご紹介します。一冊は、『経験経済』(原題は "The Experience Economy"、B・J・パインⅡ著、J・H・ギルモア著、流通科学大学出版)です。もう一冊は、『経験価値マーケティング』(原題は "Experiential Marketing"、バーンド・H・シュミット著、ダイヤモンド社)です。

二冊とも日本語版の出版は、2000年です。『経験経済』は、2005年にダイヤモンド社の新訳版となります。一方、『経験価値マーケティング』と、その続編にあたる『経験価値マネジメント』(原題は "Customer Experience Management"、バーンド・H・シュミット著、ダイヤモンド社)は、残念ながら今は絶版になってしまいました。

ここで、不思議なことに気づかれませんか? 

Customer Experience は、現在は「顧客体験」といわれます。ところが、紹介した二冊とも、Experience の日本語訳は「経験」なんです。少し話はそれますが、教育学の用語に「体験学習」や「体験活動」というのがあります。観察や実験からの学びではなく、子ども達が対象に触れ、直接関わっていくことで、学びを得ることを重視する考え方です。

皆さんの中には、学校の授業として、田植えや稲刈りをされた方もいらしゃるかもしれませんが、それが体験学習です。体験学習では、「体験すること」が重要なのか、体験を通じて「得られること」が重要なのか、という話があります。もちろん、体験を通じて得られることが重要なのですが、それを「経験」と呼んだりします。

【体験と経験の定義】

Customer Experience は、日本語でどう表現するのが正しいのでしょうか。ここで私がお話するよりも、先ほど紹介したバーンド・H・シュミット氏の『経験価値マネジメント』の翻訳者である嶋村和恵さんが、「訳者あとがき」で書かれているので、そちらを引用しておきます。

「体験」という言葉は、たとえば「体験型テーマパーク」「新しい商品を体験するコーナー」といった使い方に見られるように、実際に身体を動かしてエンジョイしてもらうとか、実際に試してもうらうなど、肉体に刻み込まれたものという雰囲気を強く感じる。一方の「経験」という言葉はもっと範囲が広く、肉体的な経験だけでなく、精神的な経験や記憶なども含まれるように思う。
※『経験価値マネジメント』バーンド・H・シュミット著、ダイヤモンド社、嶋村和恵/広瀬盛一訳、2004年

Customer Experience という言葉は、『経験価値マネジメント』の出版以降、広く使われるようになり、当初は「顧客経験」と訳されてました。経験価値マネジメントは、"Customer Experience Management" の略語である「CEM(セム)」とよばれ、CRM に置き換わる概念として、2000年代後半に日本でも知られるようになりましたが、今はほとんど使われません。

最近は、顧客体験として感動を提供することが重要だといわれてます。「WOW!(ワォ!)」といってもらえる体験とも表現されます。ただ、感動の体験だけでは十分ではない、というのが私の考えです。企業にとって、顧客が自社のファンとなり、また商品やサービスを購入・利用してくれるためには、顧客の記憶に残らない体験は意味がないからです。

そうした意味で、企業が提供すべきなのは「体験」で、そこに顧客が価値を感じると「経験」になるのだと考えています。だから、Experience は「体験」でもあり、「経験」でもあるのです。「体験」と「経験」という二つの言葉を使い分けることが、私のお話する「CXデザイン」では重要なので、以下のように定義しておきたいと思います。

◆ 体験(顧客体験)
顧客の一時的な感情で、企業が顧客に提供していくこと。それを「顧客体験」と呼びます。

◆ 経験(経験価値)
顧客の記憶に刻まれる感情で、顧客にとって価値ある体験。それを「経験価値」と呼びます。

顧客に「体験」を提供し、顧客にとって価値のある体験としての「経験」に昇華していくための考え方や手法が、『CXデザインの教科書』を通して、私がお話していく内容です。

2. 顧客体験のあらわし方

【カスタマージャーニーマップ】

CXデザインを考える上では、顧客体験を可視化することが必要になります。「カスタマージャーニーマップ」という言葉を、ご存じの方も多いと思います。カスタマージャーニーとは、企業の商品やサービスを知り、それを購入や利用し、感想を SNS やクチコミで広め、ファンになるまでの一連の顧客の購買行動を、旅(ジャーニー)の行程に例えたものです。

その一連の顧客の購買行動を、一枚のシートにまとめ、顧客体験の全体像を俯瞰できるようしたものが、カスタマージャーニーマップと呼ばれます。顧客体験のあらわし方には、いくつものフォーマットがあります。今回は、そこにどのような内容が書かれているのか、お話しておきます。

① 一連の顧客の「行動の流れ」
② 顧客接点での「行動の内容」
③ 行動における「顧客の思考」
④ 体験に対する「顧客の感情」
⑤ 改善の必要な「体験の課題」

カスタマージャーニーマップでは、顧客の購買行動を時系列で表します。そのベースになるのが、購買行動モデルとよばれるものです。S・ローランド・ホール氏が提唱した「AIDMA(アイドマ)」、インターネットの普及にともない広告代理店の電通が提唱した「AISAS(アイサス)」、SNSの影響を考慮して電通コミュニケーションデザインセンターが提唱した「SIPS(シップス)」などがあります。

これらを見たり、聞いたりしたことがあるけれど、具体的な内容までは、ご存じない方のために、簡単に解説しておきます。もっと詳しく知りたい方は、ネットで検索すると、分かりやすく解説したページがいくつも見つかると思いますので、そちらを読んでいただければ幸いです。m(_ _)m

【顧客の購買行動モデル】

「AIDMA」は、1924年に発表された90年以上前のモデルなのですが、購買行動の基本的な考え方を知るには、今でも役に立ちます。アメリカでは、AIDMA の "M" がない「AIDA(アイダ)」というモデルも使われます。古いモデルなので、企業が顧客をどう行動させたいのか、という企業視点で捉えてもらうと分かりやすいかもしれません。

Attention:広告で顧客の注意を引く
Interest:商品に興味を持ってもらう
Desire:顧客に欲しいと感じてもらう
Memory:顧客に商品を覚えてもらう
Action:顧客に商品を買ってもらう

「AISAS」は、インターネットによる購買行動の要素を加えたモデルです。10年以上前に発表されたので、今では時代遅れといわれたりもします。もちろん、AIDMA と同じく、購買行動の基本を知るには役立ちます。AISAS の最初の二文字 "A" と "I"、四文字目の "A" は、AIDMAと同じ意味なので、残った二つの "S" だけを説明します。

Search:興味を持った商品をネットで検索する
Share:商品を使った感想をネットで共有する

Desire と Memory がないのは、ネットで興味を持った商品があれば、すぐに検索して、欲しいものリストやショッピングカートに入れてしまうので、重要性が薄れたからです。

「SIPS」は、SNS を軸とした顧客の行動を表したモデルで、AIDMA や AISAS とは、少し違った捉え方をする必要があります。具体的には、商品の購入が必須の行動ではなく、公式アカウントのフォロー、「いいね」やリツイート、キャンペーンなどへの参加など、購買を伴わない行動も含めて "Participate"  と表現されています。

Sympathize:SNSの情報に共感する
Identify:情報を自分で確認する
Participate:様々な体験に参加する
Share & Spread:SNSで情報を共有・発信する

他にも、フィリップ・コトラー氏が提唱するモデル「購買決定プロセス」などがあります。こうした顧客の購買行動モデルをベースに、企業ごとの商品やサービスに合わせて、時系列で顧客の行動を整理したものが、カスタマージャーニーマップの基本となる部分です。そこに、顧客が何を考え、どのように感じたかを書き加えます。

顧客が感じたことが、体験にたいする顧客の評価ともいえます。不満を感じた体験を「ペインポイント」といったりしますが、それを軽減することが顧客体験を改善する上での課題です。ただ、ある顧客にはペインポイントでも、別の顧客にとっては異なる場合もあるため、誰の体験なのかを、あらかじめ決めておくことが大切です。

3. 顧客接点とチャネル

【マーケティングチャネル】

顧客体験のデザインでは、顧客接点ごとの役割の明確化と、そこでの提供価値がポイントになります。顧客接点は「カスタマー・タッチポイント」とも呼ばれます。似たような意味の言葉として「チャネル」がありますが、顧客接点とチャネルはイコールではありません。チャネルは顧客接点の一部ですが、顧客接点の全てではないからです。

まず、チャネルとは何かを説明したいと思いますが、エドモンド・J・マッカーシー氏の「マーケティング・ミックス」の概念をご存じでしょうか。マーケティングの「4P」といえば、多くの方が分かるかもしれません。マーケティング戦略の基本的な考え方ともいわれますが、4つの "P" の意味する内容は、以下のとおりです。

Product:製品(製品やサービスに関する戦略)
Price:価格(価格設定に関する戦略)
Promotion:販促(広告や販促に関する戦略)
Place:流通(流通経路に関する戦略)

本来、流通経路のことを「マーケティング・チャネル」と呼び、流通と販売の2つのチャネルに分けられます。流通チャネルとは、製品が作られてから顧客の手に渡るまでの経路のことで、卸売業者や販売代理店、小売業者のことを指します。また、販売チャネルは、顧客が商品やサービスを入手するチャネルなので、店舗、オンラインショップなどのことを指します。

広告や販促のための「コミュニケーション・チャネル」と呼ばれるものもあります。新聞、雑誌、テレビなどのマスメディア、ダイレクトメールや電話、そしてインターネットです。現在では、「流通」「販売」「コミュニケーション」の3つをチャネルと呼びます。これらのチャネルを、どのように組み合わせ、活用するのかが、マーケティングでは重要となります。

一般の顧客(Consumer)にとって、流通チャネルの卸売業者あるいは販売代理店は、通常は顧客接点ではありませんが、法人の顧客(Business)にとっては、顧客接点となり得ます。ちなみに、BtoC(B2C)や BtoB(B2B)の "B" と "C" は、企業(最初の "B" )の顧客が、一般の顧客 "C" なのか、法人の顧客 "B" なのかを示しています。

BtoBtoC という言葉も使われますが、真ん中の "B" は流通チャネルのことを指します。BtoC のビジネスを行っているメーカーの多くは、卸売業者や小売業者が介在しているため、BtoBtoC です。BtoBtoC ではないビジネスモデルが、直販(最近は D2C <Direct to Consumer> )と呼ばれていて、企業は顧客に商品やサービスを直接提供します。

【あらたな顧客接点】

一般的には、チャネルのことを、顧客接点と呼んだりします。でも、顧客体験をデザインする上で、顧客接点はチャネルに限定されません。顧客の購買行動モデルでお話した、AISAS や SIPS では、インターネットの検索エンジン、商品・サービスや価格の比較サイト、オンラインショップのレビュー欄、そしてSNSやブログなども関係してきます。

そして、商品やサービスそのものも、顧客接点に含まれます。CX はその名前の通り、顧客体験全般を対象としますが、個々の顧客接点を対象とするのが、UX(User Experience)です。CX は経営手法であるの CRM から生まれましたが、UX は HCD(Human-centred Design)や UCD(User-centerd Design)という、商品などのデザイン手法からの流れにあります。

顧客体験では、企業戦略からマーケティングの個別戦略/施策へとブレイクダウンしていく CX と、顧客が見たり・聞いたり・触れたりする商品やサービスからアプローチしていく UX 、両方の視点が必要です。CRM が全盛のころは、両者で重なる部分もありましたが、基本的には別世界の考え方でした。それがようやく、お互いに繋がりを持つようになったのです。

最後に、もう一つだけお話をしておきます。CRM が対象としてきたのは、主にチャネルで、しかも企業自身がコントールできるチャネルでした。ところが、インターネットの普及により、「CGM(Consumer Generated Media)」とよばれる、一般の顧客が生み出すコンテンツやメディアが生まれました。

CGM には、比較サイトなどのクチコミサイト、ユーザー同士で質問や回答をするナレッジコミュニティ、そして SNS やブログ、掲示板などがあります。従来の企業と顧客の関係は、「情報の非対称性」とよばれる、売り手である企業と、買い手である顧客が持つ情報に格差があり、その流れも企業から顧客への一方通行でした。この関係を、CGM は変えたのです。

そうした状況をあらわす概念として、2005年にティム・オライリー氏が提唱したのが「Web 2.0」です。言葉自体は一過性のブームとなり、現在はほとんど目にすることはありません。ただ、顧客の購買行動モデルとしてお話した AISAS や SIPS が登場したのは、Web 2.0 が示した情報の非対称性が薄れたことが背景にあります。

***

◆ 次回の予告(第2回)

CXデザインの教科書』の第1回目、いかがでしたか?

文字ばかりだと、退屈されるんじゃないかと思って、チャート(図)も入れたかったんですが、余力がありませんでした。スミマセン。(>_<)

有料化するときには、追加したいと思いますが、そのうち頑張ります!

ということで、次回の予告です。序章は第2回の後編で終了し、連載の第3回目から本編に入っていきます。

序章② 顧客体験って何なの?
・顧客とお客様の違い
・顧客にとっての価値

***

CXデザインの教科書』の記事内容と関連させて、『新人マーケッターCXデザイン入門』という連載も不定期で投稿してます。

新人マーケッターと、職場の先輩やマスコットの猫が、CXデザインを会話調で語る、ちょっと違った雰囲気なので、読んでいただけたら嬉しいです。



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

みなさんからのサポートは、ほかの投稿者さんの有料noteや、わたしの投稿の参考資料の購入に、使わせていただきます。

続けてく元気をありがとうございます。
78

本多尚

CXデザインの教科書

CRMをアップデートし、新たな体験価値を考えていくマガジンです。CXデザインの考え方やメソッドを連載で書いていきます。
1つのマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。