マガジンのカバー画像

創作物入れ

18
小説とか入れてます。
運営しているクリエイター

記事一覧

母の想い

母の想い

「赤ちゃんができたの」

そう娘から報告を受けたときは、本当に嬉しかった。これまで苦しい思いをしてきたあの子には、幸せになってほしいとずっと願っていたから。

ときにははち切れんばかりの笑顔で、またあるときは不安げに眉を下げて。娘は頻繁に私のところへやってきた。

「お母さん。初めて赤ちゃんの顔を見られたのよ。ほら見て。今どきのエコー写真って、すごいよねえ」

「お母さん……わたし、ちゃんとした『

もっとみる
【小説】肉屋のガチャガチャ

【小説】肉屋のガチャガチャ

授業が終わって、学校を出て、家へ帰る途中でさびれた商店街を通る。本当は、一本隣の大通りを通った方が早く帰れるんだけど、あえてそうする理由がわたしにはあった。肉屋のガチャガチャだ。

何十年前からなのかわからないくらい昔から、商店街の端っこに建っているお肉屋さん。老舗、と言えば聞こえは良いが、単に古くてボロいだけじゃないだろうか。大通りに大型のスーパーマーケットができるまでは、よく母に連れられてこ

もっとみる

【小説】お月さまが見ている。

湿気が肌にまとわりついて離れない。まるで世界にぴっちりとふたをするように、真っ黒な空を分厚い雲が覆っていた。

空気中をただよう水蒸気と、人が吐く息とが混ざり合ってじっとりとしていて、けれどもどこへも逃げ道がない。そんな、地獄のような夜だった。

どこだっていい、なんだっていい。確実ならば。

いつからだったか。もうずっとそうやって、私は私を終わらせる場所を、方法を、探していた。

もしかしたら

もっとみる
【小説】今宵、図書館で逢いましょう

【小説】今宵、図書館で逢いましょう

『夜の図書館探検ツアー☆ランプを持って集合しよう!』

まるっこいフォントでそう大きくタイトルがつけられているプリントに、何度も視線を滑らす。あたかも今、たまたま手にとってチラ見していますよ、というテイを装いながら。

内容はこうだ。夜の21時、普段なら学校の図書館(厳密には図書室、なのだけれど、うちの高校の図書室は規模が大きくて別館に入ってるから、みんな図書館って呼んでる)は閉まっている時間だが

もっとみる
【小説】ひまわり色のワンピース

【小説】ひまわり色のワンピース

「おはよう」

鈴を転がすような声がした方へちらりと目をやると、クラスメイトの女子が登校してきたところだった。すぐに数人の女子が近寄っていって、「おはよう」合戦が始まっている。

輪の中心で微笑んでいる彼女は他の女子と比べるとやや大人びていて、整った顔立ちをした美少女だ。カラフルなTシャツにデニムを合わせたカジュアルなスタイルが多い同級生たちの中で彼女は一人、裾がふわふわと揺れる紺色のワンピースを

もっとみる
【小説】鳴らない着信音

【小説】鳴らない着信音

♩〜

バッグの中に突っ込んだままのスマホから、何やらメロディが流れている。私は少しだけ躊躇って、それからスマホを取り出し画面を見た。

予想通り、そこに表示されていたのは見知った名前。つい数週間前まで「恋人」だった男の名前だ。

――今さら何の用よ。

知らず知らずのうちに眉間に皺が寄るのを感じながら、画面に表示された緑と赤のアイコンのうち、赤い方をタップする。途端、「着信中…」の表示は消えて、

もっとみる
【小説】時空の旅人

【小説】時空の旅人

【時空の旅人】

ここはどこなのか、どうやって来たのか、まったくわからない。ただ確かに言えるのは、ここは私がまったく知らないところだということと、この幻みたいな世界には確かに人が生き、生活しているのだということだ。

金の髪と青い目を持つその人たちは、これまで見たこともないようなきらびやかな服を身にまとっている。真っ白い壁、美しい装飾、どこまでも続く廊下にはふかふかで真っ赤な絨毯が敷かれている

もっとみる
【小説】紫色の彼女

【小説】紫色の彼女

春。

僕と、あいつと、彼女が出会ったのは、大学の入学式の日だった。

うんざりするほど長い学院長の話を聞きながら船を漕いでいた僕の脇腹を、つんつんとつつく感触。それで不意に、意識が現実に引き戻された。目を向けた先にいた女の子は僕を見ていて、にかりと笑ってこう言った。

「ね。抜けちゃわない?」

それが、僕と彼女――ユカリとの出会いだった。

結論から言って、僕たちが入学式を抜け出すことはなかっ

もっとみる
【小説】絡まる糸

【小説】絡まる糸

――いつもと変わらない、月曜の朝だ。

清々しいほどに広がった青空と、青々と茂る街路樹。この爽やかな情景と自分はなんて不釣り合いなんだろうと、滝沢は苦笑まじりに歩を進めていた。

自宅から最寄り駅までは徒歩10分。規則正しい生活を送る滝沢は、毎朝8時40分頃にこの道を通って駅へ向かい、電車に揺られて会社に行く。この時間になるとほとんどの学校では授業が始まっているため、学生の通学時間と通勤時間が

もっとみる
インフルエンザみたいな

インフルエンザみたいな

恋ってなんだっけ。

遠い記憶を手繰っても、それは霧がかっていて、その輪郭をはっきりととらえることができない。それほどぼくにとって「恋」というやつは、遠い遠い過去のものとなってしまった。

どうして急にこんなことを考えたのかと言えば、最近ちょっとおかしいからだ。あれ、これって「恋」に似ているかな?なんて思うことが増えた。

けれど、これはきっと恋ではない。なぜかと聞かれても、はっきりとは言えないん

もっとみる
二度あることは

二度あることは

「二度あることは三度ある」というでしょう。まさに今、三度目がやってこないかな、と期待しているぼくがいる。

一度目は、向こうから歩いてきたキミを見かけて、つい視線をそらしてしまった。べつに避けていたわけじゃないけれど、なんとなく、反射的に「あっ、見ないふりしとこ」と思ったんだ。

二度目は、たまたまやった視線の先にキミが立っていて、不意に目があったよね。覚えてるかな?あの時ぼくはなぜだか、少しだけ

もっとみる
ずっと一緒にいようとキミは言った

ずっと一緒にいようとキミは言った

「ずっと一緒だよ」

いまもキミのそんな言葉が耳に残っている。あれはそう。ボクとキミが入籍する、朝のことだった。

ボクたちは結婚式をしなかった。理由は簡単。お金がなかったからだ。

「アナタと一緒にいられれば、それだけで幸せ」

満開の桜のように微笑んだキミ。それから、ちゅっと軽い音をたてて頬にキスをくれたね。

こんなにも甘ったるく、まぶしく、あたたかい。これをきっと、人は幸せと呼ぶのだと、素

もっとみる
ありきたりな日常のなかで

ありきたりな日常のなかで

「それ、楽しいの?」

わたしの耳にはまっていたイヤホンのうち、片方を外して彼が声をかけてくる。ゲームをするときはいつもイヤホンをしているので、用事があるとき彼はこうするのだ。

「楽しいよ」

…とは答えてみたけれど、ホントのところはどうだろう。楽しいとか、楽しくないとか。もはやそういうレベルの話じゃない気もしている。

そう。乙女ゲームは、わたしにとって日々の営みの一つだ。趣味という枠をこえて

もっとみる
妻だけど、母だけど、恋をしました。(その4・最終話)

妻だけど、母だけど、恋をしました。(その4・最終話)

その3はコチラ。

久しぶりにお酒を飲んだせいだろうか。
全身が熱く、ぼうっとする。

そんなほてったてのひらに置かれたタカの手は、ちょっとだけひんやりとしていて。
なんだか気持ちがいい。

(え、えっ?)

こんな状況、もう何年も陥っていない。

どう反応したらいいのかわからないし、もしかしたら夢なんじゃないの?

彼の手は少しカサついていて、それでいて男の人らしく、ゴツゴツと骨ばっている。

もっとみる